第2話 夢野小晴はちょっと変わった不思議な子らしい

私、夢野小晴といいます」




純粋な気持ちがある中で、どこかで少女を疑っていた。


僕の手を握りしめながら、何か希望の光でも見えているかの眼差しでこちらを見つめる少女は自分を夢野小晴と名乗った。




「私、この辺りの道に詳しくなくて、道に迷っていた所なんです」




状況を把握できないまま、声を出せずにいる僕に、どこか寂しげな表情を浮かべて小晴はこう切り出してきた。




「ですので、もし時間があればで構わないのですけど、道案内をして頂けると嬉しいです」




聞きたいことは山ほどある。が、これは本当に偶然の出会いなのだろうか。疑り深い僕の心はそんなことを思った。




健気な迷子を演じて相手を騙す。




巧妙な詐欺にはよくある手段だ。出会いの裏では黒服の男が待ち構えていて、道案内をした所で僕のことを捕まえる。俺の女をどこに引きずり回そうとしたのだと僕を罵倒し、共犯者である女が泣き面を見せれば、僕がどれだけ事実を伝えようと警察は味方をしてくれない。終いには金を請求され、その後の人生を滅茶苦茶にされることだってあるという。




しかし、何度も言うが、この公園に他の人物がいる気配は全くと言っていいほどない。ならば、案内先で待機しているのだろうか。単純に僕の思い過ごしである可能性も十分にある。


黙っている訳にもいかなかった。不思議な点は沢山あるが、今は人としてコミュニケーションを取らねばならない。この状況を楽観視するならば、美少女に話しかけられた幸運とも呼べる。




「どこへ?」




僕は聞いた。人目のつく場所を言われれば、疑うのをやめてやろう。




「えっと…」




小晴はしばらく考えて、




「私の家、です」




どう答えればいいのかが分からなかった。


こんなことを言われてしまっては、疑わずにはいられなくなる。想定される範囲内で最も怪しい回答のように思われた。大体、




「どうして君の家を俺が案内しなければならないんだよ?」




冷静に考えて、おかしな話だ。


小晴は苦笑いを浮かべたまま、目を細めて気まずそうな表情をしていた。




「最初は小旅行のつもりだったんです。ちょっと遠くへ行ってみようと、色んな所へ


出かけていました。それが、いつの間にかここへと辿りついていて。状況整理に時間がかかっていたところを」




両手の平を見せるようにして僕を指す。




「あなたが見つけてくれたんです」




そしてまた、にこっと笑った。


誤魔化されているような気もするが、一応、筋は通っているのか?




「で、俺はどうすればいい」




考えるのも面倒になって、聞いた。




「そうですね。ひとまず適当な場所まで連れて行って頂けませんか? 右も左も分からない状態で、どうすればいいのか分からなくて」


「適当な場所」


「どこか、有名な所で構いません。それがなければ、人の多い所でも。とにかく、楽しそうな所であれば私はそれだけで満足です」




満足、と言われても。




「この辺りで有名となると嵐野商店街くらいだが?」


「一体、何がある場所なんですか?」


「何って言われてもな」




ただの道案内に、そこまで求めるものなのだろうか。




「地元の人が使うスーパー。コンビニも入っていたな。それと、飲食店がいくつかと、あとはよく分からない店ばかり」


「ここからだと、歩いてどのくらいかかりますか?」


「ほんの十分もかからない程度だと思うけど」




この子が何を求め、何を考え、僕にどうして欲しいのか。小晴は僕の言葉を聞いて、何やら考えているかのようだった。


しばらくして、小晴は口を開いた。




「だったら、目的を変更します」




僕より背の低い小晴は、こちらを上目遣いで見るようにして、言った。




「そこで、あなたと一緒に買い物をしたいです」


「は?」




思わず、声に出してしまった。道案内のはずが、どうしてそういうことに。




「どうして」




さすがに聞かざるを得ない。詐欺ではないかと疑ってはいるが、まさかそんなことはないだろうとも思っていた。が、ここまで直球に言われてしまうと何が正しいのか分からなくなる。


もしかして、不思議ちゃんというやつなのか。




「せっかくの小旅行なのに、まだ何も見られていないんです。見ての通りの迷子で、ちょっぴり不安で。ここで会ったのも何かの縁ですし、もし迷惑でなければ、です」




迷惑ではなかった。どうせやることは特にない。だが…




「逆に聞きたい。偶然会った男と一緒に買い物をして君は…」


「小晴でいいですよ」


「ごめん。小晴さんは、それで構わないの? 道案内をするくらいなら付き合うが、元々、何か目的があってここに来たのでは」


「ああ、それなら…」




そこまで言って、小晴はまた口を閉ざしてしまった。


代わりに、僕の手を引いて公園の出口へと向かう。




「大丈夫です。きっと、なんとかなりますから」




黒髪ショートに澄んだ瞳。雨の中で照らされる笑顔はやはり美しいと思った。


この得たいの知れない少女が何を思っているのかは分からないが、このまま家に帰るよりは有意義な時間が待っている気がする。直感的にそう思って、余計な考えを捨てることにした。




「分かった。それなら、案内しよう」




随分長居をしてしまった。小晴に連れられるようにして、僕も夜道を歩きだす。


ところで、この右手はいつ離してくれるのだろうか。


それを考えるのは、ひとまず傘を買ってからにする。

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