No.6『相手を傷付ける勇気』
文化祭開会式が終わると、熱気冷めないままに生徒は解散。開場が間近に迫っているため、それぞれのクラスで最後の最後に確認などを行う。ただ開場と同時に有志のバンド演奏やダンス披露なども始まるため、そのまま残っておくという生徒もチラホラいる。ま、その辺には興味ないんで俺は戻るけどね。
体育館から教室へ戻る際の混雑を避けるために、俺は生徒解散の指示が出るよりも先に体育館を出ておいた。教室前でその日一日鍵の管理をする日直が来るのを待っていると、
「あれ、
「いなかった。普通に寝坊した」
「あ、だよねだよね。ビックリしたー」
大してビックリした感じの声ではないが、驚かせてしまったのであれば申し訳ない。俺がいるかいないかなんて誰も気にしてないだろうに、この学級委員長は気付いてくれていたのだ。優しいなぁ、でも
「そう言えば鍵の管理って、日直がやるんじゃなかったか?」
「うんそうだけど、私が一回だけちょうど休んだ人の分日直の仕事したら、鍵の管理は全部私がしてくれるみたいな感じになっちゃってさ」
「また断れずにいるのかよ」
「そう。全く困ったもんだよねー」
解錠し、たははーと照れた笑い方をする掌。だけどやっぱりその目は悲しそうで悔しそうな複雑な感情を抱いているように思えた。
教室内に入り、お互い自分の席に着く。掌は俺の斜め前の席だ。
「俺がどうこう言うのも変な話だけど、もっと文句言って良いと思うぞ」
俺はそう思って掌にアドバイスもどきのことを言ってみたのだが、掌はふるふると首を横に振った。
「無理だよ。私にはそんな勇気無いもん」
「文句言うだけなのに勇気っている?」
「いるよ。私の文句で相手が傷付くかもしれないって考えたら、相手を傷付ける勇気がいるんだよ」
相手が傷付くかもって……自分は充分良いように使われて傷付いてるんじゃないのかよ。
俺のその反論は、帰ってきた数人の生徒たちによってかき消された。続々と帰ってくる生徒たちの目には俺のことなど映ってはおらず、やはり掌だけが俺の朝の不在に気付いていたようだ。
そんな風に教室扉をボーッと眺めて体育館から帰ってくるクラスの連中を観察していると、ヤンチーギャルとモブっ娘と一緒に帰ってきた
「おーし、開会式お疲れ様〜。つってもまだ始まったばっかりだからな、これからが文化祭本番だぞ」
程なくしてクラスの生徒が揃い、担任が口を開いた。その言葉に生徒たちはニコニコと楽しげな笑みを浮かべて耳を傾ける。
「一時間後体育館でスタートだからな。すぐ準備に取り掛かった方が良いと思うぞ。聞いた話じゃかなり人来る予定なんだろ?」
「当たり前っすよ先生! 朱々と綾が主演ってだけで大量の人が来るのは確実だぁ!」
「そーかー。そういう諏訪は本番で緊張して二人の邪魔しないようになー」
「うっわ先生俺への信頼ゼロじゃん!」
諏訪と担任のそんなくだりに微笑が起こる。諏訪は結局あの大根役者のままで変わらないらしく、俺の期待する体育館中が大根過ぎて逆に笑えない状況に陥ってくれると嬉しい。
「春夏秋冬と聖柄は完璧だけど、諏訪はヤバいって
「おいマジかよ初〆〜! 面と向かって言ってくれた方が良かったよ!!」
「ちょ、ダル絡みやめてください。本当にウザいです」
「あははは。諏訪ウザいってぞ」
「ドーンマイ! でも大根役者なのは事実だしね〜」
「朱々までひどいよ〜」
初〆の毒舌と春夏秋冬の言葉にクラスが再度ドッと湧いた。しかしさっきのは初〆の顔がガチ過ぎるので、聖柄と春夏秋冬は調和を取るために諏訪へあの言葉を投げかけたのだと思う。もし二人が何も言っていなければ、ただ初〆がキッツイ言葉諏訪にぶつけただけになってしまうから、それを避けるために。
聖柄はそれを多分無意識でやっているはず。彼は生まれ持っての陽キャということなのだろう。やっぱりいけ好かねぇ。対して春夏秋冬は作られた、体に叩き込まれた無意識によるもの。人気を得るためには並大抵の努力では足りないんだなと、俺は最近気付き始めている。というか気付かされた。
「まぁとにかく、この後すぐ体育館裏集合でいいのかな?」
「あ、はい。裏方の人は作った道具とか衣装とか色々持って集まってください」
担任の視線を向けられた掌が立ち上がってクラスに指示を出す。それに対してクラス全体は『はーい』と返事をした。これだけ見りゃちゃんとクラスをまとめている委員長なんだけどなぁ。
まぁ俺が憂慮する必要はない。学級委員は一年間勤めなくてはいけないので、来年になれば終了。時間が解決してくれる問題なのだ。それに何度でも言うが俺は良い人じゃない。校長からの面倒ごとのように弱みを握られて強制的にだったり、報酬が発生するような場合じゃないと俺は動かないつもりだ。
ただあくまでもつもりであって実際にそう出来ているかと問われれば出来てないと答えるしかない。事実報酬無しに一二から頼み込まれて面倒ごと引き受けたり、一二のことをレイプされてるかもしれないと頼まれてもないのに勝手に探し回ったりしてしまっている。
一二関係ばっかりじゃねぇか……。可愛い後輩をもう甘やかすのはやめようと俺は心に誓う。
「よし、それじゃあ劇頑張れよ。解散ー」
担任の話が終わると同時にクラスの連中はそれぞれ小道具やら衣装やらを入れた段ボール箱を抱えて移動を始めた。俺も教室の後ろに置いてある段ボール箱をひとつ抱え、教室を出て行く流れに乗って体育館裏へと足を向けた。
△▼△▼△
体育館裏には、俺たち二年六組以外にも有志のバンドやダンス披露組、コントグループなど多くの生徒が待機していた。それぞれ練習したりお喋りしたりして緊張を紛らわしているようだ。うちのクラスも演者たちはセリフを頭から読んで最終確認している。
そんな中、既にステージを終えたある一団体は対照的に晴れ晴れとした表情をしていた。
「おっ、
「えぇ、それはもちろんしっかりと」
「ほんとー!? どやったどやった?」
既にステージを終えた一団体、吹奏楽部の部員たちが楽器を片付けている中、楽器を持たず暇そうにしていた蓼丸さんが俺の姿を発見し、嬉々として話しかけてきた。
蓼丸さんの猛烈な勢いの追求に俺は少々たじろぎながらも、返答する。
「えっと……そうですね、演奏してる側も聴いてる側も皆んなが楽しそうで良かったです」
「穢谷くんも、楽しかった!?」
「はい。悔しながら楽しませてもらいました」
「おぉー、そいは良かったばい。人に楽しかったって言ってもらえるだけでこんなに嬉しかとは思わんかったー」
「私も楽しかったですよー蓼丸先輩」
突然、俺と蓼丸さんの会話に入ってきたのは、先ほどまでセリフ練習していた春夏秋冬。蓼丸さんは春夏秋冬の登場により一層表情を綻ばせた。
「春夏秋冬ちゃん、相変わらず可愛らしかね〜。劇で主演っちゃろ? しっかり観さしてもらうけんね!」
「ありがとうございます。かなりレベル高く仕上がってるので、観て損はないと思いますよ」
「そっかそっか! それじゃあ楽しみにしとるけん!」
そう言い残して蓼丸さんは吹奏楽部の元へと戻っていった。やっぱり長崎弁は抜けていない。あれ、博多弁だったっけ。どっちだったかまた忘れてしまった。
「蓼丸さんって、どこの方言だったっけ?」
「本人曰く長崎弁。そろそろ覚えなさいよ」
「んな細けぇとこまで普通覚えないだろ」
「そうね。だから無理にでも覚えるの」
「俺がそこまですると思うか?」
「思わない」
よくお分かりで。
「ていうか穢谷、あんた今日いつ来たの。遅刻?」
「うん。開会式のカウントダウンが始まる数分前に学校着いた」
「よくこんな日に遅刻するわ……サボったのかと思った」
「ばっかお前、今日だけはインフルで猛烈に熱あったとしてもサボらず学校来るっての!」
「あーはいはい、
めっちゃ呆れた顔で俺の思考を読んでくる春夏秋冬。やめろよその反応、ちょっと傷付くじゃねぇか。多分コイツは相手を傷付ける勇気100%なのだろう。
「はぁ……どうしようかなぁ」
「……なにが」
「んーん、こっちの話」
なんだよ気になるため息吐きやがって。
とその時、二年六組全員を呼ぶ声が届いてきた。振り返ると、掌が手招きで散らばった六組を集めていた。
「最終確認しまーす。全員集まってくださーい」
掌のいる方へ歩む春夏秋冬の目をチラッと見てみると緊張なんて言葉は全く見当たらず、キラキラと楽しそうに輝いていた。
クラスメイトと文化祭の劇本番前に打ち合わせするという状況も、彼女の愛する青春の一ページなのかもしれない。
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