第1話『ボク、多分これが最初で最後の文化祭なんだよねw』
No.1『せっかく芸能人とのお近づきのチャンスだったのに』
教室を出て、駆け足で体育館へ行くと既に数人の見た顔が集合していた。おそらく文化祭実行委員たちだろう。
「ちょいちょい〜ww
「すんませんね。てか別にそんな遅れてなくないですか」
俺の顔を見るなり半笑いで話しかけてきたのはかなりヤバめのサイコ野郎、
自分を殺そうとした母親を正当防衛で殺害し、その後も中学一年生時に暴行事件を起こしたりと、言うまでもなくわかるサイコパスなのだ。 その反社会性が母親を殺した際に生まれてしまったものなのか、はたまた生まれつきのものだったのか。どちらにせよ、平戸さんは気持ち悪い。
ちなみに暴行事件を起こした中学一年生時の平戸さんのクラス担任は若き頃の
金の亡者なんて揶揄しているけれど、夏祭りに乗ったクルーザーやそれに対して幼馴染である月見さんは『東西南北家のもの』と言っていたりと、東西南北校長には弱みになりそうな秘密があるはず。一時期は春夏秋冬と校長の弱みを握ってやるべく色々試行錯誤したいたのだが、体育祭文化祭など忙しさの方が
「あれ。そういや
「アイツはクラスの劇の練習で来ませんよ、実行委員長も」
「あぁ、そういや聖柄委員長そんなこと言ってたねぇww。春夏秋冬ちゃんもヒロイン役なんでしょ?
平戸さんは常に笑っている。それ以外の表情を知らないかのようにいつも笑っている。サイコパスだって知らない時はそういう人なんだろうなと思っていたが、流石に自分で殴った相手の血溜まりの上で満面の笑みを浮かべていた時は気持ち悪くて鳥肌が止まらなかった。
「君たちのクラスもギリギリではあったけど、しっかりとしたものが完成しそうだねw」
「そうですね。先週の金曜からクラス全体がウザいくらい団結して良いもの作り上げようとしてますよ、表面上は」
「……と言うとw?」
「どこのクラスもそうなのかもしれないですけど、うちは学級委員が犠牲になることで周りが楽しくやれてますね」
「あぁ〜wあるねぇそういう空気感。まぁうちのクラスには最強の盛り上げ上手とリーダーシップを具現化したような人がいるからねw」
最強の盛り上げ上手は多分
そもそも俺の知ってる先輩が一番合戦さんと平戸さんと月見さんと
「あ、ほらちょうど来たよ」
平戸さんが指差す体育館入り口を見ると、冬の寒さに対抗するかのような活発な印象を受ける褐色肌の美人な女子生徒が駆け込んでいた。
「ごめんねみんな! クラスの方で指示出してたら遅れちゃいました!」
そう言って申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げる褐色肌が俺のフェチズムを猛烈に刺激する女子生徒、劉浦高校生徒会長の
韓紅会長は実行委員では無いのだが、生徒会長として行事の実行委員会には参加しなくてはいけないらしく今となっては副委員長よりも副委員長っぽくなってしまっている。今日もこっちに来れない聖柄から指示出しを任されていたようだ。
「それじゃあ、早速始めましょっか! まずは床のシート引きするんで、二人一組になってそのステージに置いてあるシートを縦に引いてってください!」
「組むw?」
「組みましょう」
ここで変に知らないヤツと組むよりも知ってるサイコ先輩と一緒に組んだ方が良い。
「いやー、それにしてもついに文化祭だねぇw。体育祭から文化祭まであっという間だった気がするよ」
「はあ。ま、文化祭の俺の楽しみは
「穢谷くんは相変わらずそこに重きを置いてるんだねw」
「当たり前ですよ。俺学校行事大嫌いマンですから。楽しみはそこだけです」
芸能人を間近で見れるんだから楽しまなきゃ損だし。元々は当日俺と平戸さん、春夏秋冬の三人で雲母坂黎來のお世話係だったのだが、残念なことに事務所の方からボディガードを出すとのことでその係は無くなってしまった。
チクショー、せっかく芸能人とのお近づきのチャンスだったのに。
「ボク、多分これが最初で最後の文化祭なんだよねw」
「これまで一回も経験無しなんですか」
「うん。中学生の時はずっと施設だったし、そのまま高校入る年になっても施設にいたからさー」
「でも俺もそんな感じですよ。これまでほとんど参加してないようなもんだったし」
マジで中学生時の文化祭の記憶が一切無い。唯一残っている文化祭の記憶と言えば、去年生徒指導室で一日反省文を書かされていたということだけだ。
そんなことを話しながら床にシートを引き終わり、続いて体育館の壁に暗幕を張ったり紙で作った花を飾ったりと細々したものを済ませ、約四十分弱で作業は終了した。
文化祭仕様に衣替えした体育館は、大して楽しみでもない俺さえも少しだけワクワクさせた。普段と見た目が変わるで人の気持ちは簡単に揺れ動く。これがギャップ萌えの原理か(悟り)。
「そういやさ、春夏秋冬ちゃんの手首に巻かれてるシュシュって穢谷くんがプレゼントしたってホントw?」
「どこ情報ですかそれ」
「一番合戦くん!」
「やっぱりあの人か……」
見かけ通り口軽いんだな。いや黙っててほしいとかは言ってないんだけどさ。この人には言っちゃいけないでしょー、絶対めっちゃイジってくんじゃん。
「いいねぇw。穢谷くんもなかなか青いじゃあないかww」
案の定、平戸さんはニヤニヤ笑いながら俺に肘をぶつけてきた。
「俺に青いとかいうのやめてください。死ぬよりも嫌なんで」
「青春嫌いも健在なんだぁw。冗談抜きで、君と春夏秋冬くんって長く続くカップルになれると思うんだけどなぁ」
「例えそうだったとしてもそんな関係にはなりませんよ、絶対に」
「ホントにそう言い切れるかなw?」
「……どういう意味ですか」
「いやいや深い意味はないさ! ただ、若い男女は何が起こるかわかんないからねw! それに穢谷くん、春夏秋冬ちゃんのことそんなに嫌いじゃないでしょ? いや、嫌いじゃなくなってきたって言った方が良いのかな?」
よくもまぁ人のことを見てらっしゃる。図星の俺は何も言い返すことが出来ず、口を噤んだ。平戸さんはそれを見て満足げにまた口を開く。
「委員会とかで見てるとわかるよ〜。穢谷くんが明らかに人との接し方がわかってない感じがw。春夏秋冬ちゃんと悪口を言い合わなくなって、普通に他愛ない話も出来て、そんな関係で良いのかどうか悩んでるみたいなねw。まぁボクの勘だから本当のとこは知らないけどww」
「いや大方合ってますよ。ただ俺はもう答えを出しました」
「答え?」
「はい。これ、本人には言わないでくださいね」
平戸さんが深く頷いたのを確認し、俺は自分が春夏秋冬とどんな関係でいたいか平戸さんに話した。好きでもないし付き合いたいわけでもない、その先にいきたいわけでもない。でもこの曖昧な馴れ合いの関係で良いから関係を保っていたいんだと。
平戸さんは黙って相槌を打ちながら俺の話に耳を傾け、話が終わると『ふーんなるほどねぇw』と笑って言った。
「それってさぁ、要するに君は春夏秋冬ちゃんと友達になりたいんじゃないの?」
「……友達、ですか」
「うん。多分、今の話は誰が聞いても穢谷くんが春夏秋冬ちゃんと友達になりたいと思ってるって思うと思うよ?」
後半怒涛の勢いで思うが連発され少し頭が混乱したが、何とか理解できた。
俺が春夏秋冬と友達になりたいと思ってるか。
「だってそうだろw? 付き合いたいわけじゃないけど、馴れ合いでもいいから一緒にいたいって。完全に友達になりたいだけじゃんww!」
「そう、なんですかね……」
平戸さんの見抜いた通り、俺は人との接し方がわからない。それはこれまでの人生で他人と交流を持たなかったが故の結果だ。
だから普通なら自覚出来るであろう気持ちもわかっていなかった。
いや友達になりたいという気持ち自体には気付けたのだ。俺は気付かないフリをしていただけで。そんな小っ恥ずかしい感情を自分が抱いているなんて、それも春夏秋冬に対して抱くなんてあり得ないと考えないようにしていたのだ。
「別に関係性をしっかりと断定する必要も無いと思うしね。穢谷くんは深く考え込みすぎなんだよw」
「と言うと?」
「穢谷くん、さっきの話で馴れ合いの曖昧な関係性って言ったでしょw? 普通、自分と他人の関係性をはっきりとさせようとはしないよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだね。それに曖昧で馴れ合いが悪いみたいな言い方だったけど、それでも別にいいと思うよボクは。そもそも馴れ合えてる時点で友達なんじゃないwww?」
平戸さんは愉快げに白い歯を見せる。さすがは先輩、一年先に産まれてるだけあるぜ。教わることばかりだ。俺がそういう人間関係について無知過ぎるということも無きにしも非ずんばだが。
とにかく、俺は少しだけスッキリした気分になれた。自分の気持ちにしっかりと名前が付いていてくれて良かった。
友達になりたい。そんなシンプルな感情だったとは思いもしなかった。考えようともしていなかったし。
さて、それじゃあその気持ちをはっきり自覚した俺はどうするべきでしょう?
俺の答えはこうだ。
何もしない。
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