No.19『朝っぱらからテンション高ぇ』
学校に着き、自転車を自転車置き場に停めて教室へ。何人かの男子生徒が体操服姿で雑談に花を咲かせていた。机の上に着替えた後があったりバッグがかけられているのを見るに、他のクラスの連中も学校に登校はしてきているのだろう。俺は廊下側の一番端の真ん中という良くも悪くもない自分の席で制服から体操服に着替え、椅子に腰を下ろす。別に体育祭の日だからといって何か係になっているだとかテントの設営をしなくてはいけないとかがあるわけでもないので(そういうのは運動部が借り出される)、俺は静かに机と見つめ合うことにした。
「「おっす穢谷くん!!」」
いきなり早朝とは思えないバカデカい声量で俺の名を呼ぶ二つの声。もう振り返るまでもなく誰なのかわかる。この双子かと思わせるほど美しく揃った声音はあの二人にしか出せない。うん、誰なのかわかるし顔を上げて確認する必要もない。このまま顔を伏せて気付いていないフリをすることにしよう。
「おい! おいおいおいおーい!」
「実は起きてんだろこんにゃろー!」
俺の席の右真横はちょうど廊下側の窓があるので、おそらくそこを開けられているのだろう。そこから伸びてきた二つの手が俺の背中をバシバシぶっ叩いてくる。痛い痛い、痛ぇって。力加減出来ないのかお前ら。
全然叩くのをやめる気配がないので、仕方なしに俺はギロっと横目で睨む。案の定、三度の飯より恋バナ大好き交友関係広く浅くがモットーのバレー部マネジ仲良し二人組、
「おっ! 起きたな汚れ役ん!」
「んだテメぇ、喧嘩してぇのか?」
「怖っ!」
「目付きヤッバぁ!」
華一の軽口に思いっきり睨みを利かせると、目を丸くして飛び上がるフリをする華一。隣で籠目は俺の目を指差してケラケラ笑っている。相変わらず毎日楽しそうだコイツらは。悩みとか絶対ないだろうなぁ。
「いやはやにしても穢谷くん。朝っぱらから机につっぷしてて、すっごい元気なさそうだね!」
「……そういうお前らは朝っぱらからテンション高ぇな」
「何言ってんのさ! 今日は体育祭だよ! 体育の祭りだよ!?」
「バイブス上げていっきましょお〜〜!」
お前ら祭りって付けば何でもテンション上がる口だろ絶対。そもそもテンション上げようにも学校行事嫌いだし、運動も嫌いでそれがミックスされた体育祭なんて俺にとっちゃゴミだゴミ。それに今はだいぶ落ち着いたが、春夏秋冬のこともある。まぁ俺が勝手に罪悪感感じて萎えてるだけなんだけど。正直、春夏秋冬のことについて落ち着いて気持ちの整理したい気分でもあったが、一度コイツらに捕まったが最後、あっちが満足いくまで解放してもらえない。
「いやーにしても、今年は残暑も残ってないから涼しくていいね」
「それまた意味被ってないか?」
「って思うでしょ? 昨日気になってググってみたら、重言だから日本語として間違ってはないらしいのよ!」
そのツッコミ待ってましたと言わんばかりに食い付いてくる華一。籠目の方はケラケラ可笑しそうだ。マジで何が面白い……。
「……じゃあこないだの『肘でエルボー喰らわす』も重言なのか?」
「いやそれは普通に頭痛が痛いとかと一緒だよ」
当然でしょみたいな顔をする華一。なんだよ、流れ的にそれも重言なのかと思ったよ。でも重言って、言葉としては同じ意味を持った言葉を重ねて強調する技法のことだから、『頭痛が痛い』も『肘でエルボー喰らわす』も『残暑が残ってない』も一概に間違っているとは言えないんだよな。まったく、日本語は難しいぜ。
「そんなことよりさぁ。最近、朱々とはどうなの~?」
「っ……! 春夏秋冬とは何もねぇって」
「えー、だって今でも一緒にボランティアしてるんでしょ? こないだ朱々に聞いたら言ってたよ?」
「一緒にボランティアしてるだけでどうもこうもならねぇだろ」
「それはわかんないじゃーん! ウチら、結構ガチで朱々に初のスキャンダルが出るんじゃないかって」
「初スキャンダル……。お前らって、春夏秋冬といつ知り合ったんだ?」
俺はなるべく何気ない単純に気になったから聞いただけという感じで二人に問う。すると籠目がピンと長い指を二本立てて言った。
「小二ん時! ウチらの学校に転校してきたんだよ~」
「すごかったねぇあん時は……男子みんな朱々に告白合戦だったもん」
「小二の時に転校……」
朝のお袋の話によれば春夏秋冬の母親、人気モデル『Shiki』が癌で亡くなったのは十年前。そして当時春夏秋冬朱々は七歳、小学二年生の歳だ。その歳に転校ということは、やはり母親の死が何か関係しているのだろうか。
「てことはお前ら春夏秋冬と結構長い付き合いなんだな」
「いやー、小学校は結局一度も同じクラスになれなかったからそんなに絡んでなかったし、中学校もなんか違うとこいっちゃったし、実質高校入ってからの付き合いだよ」
「交友関係は広く浅くだったんじゃないの?」
「さすがに小学校からその考え方はしてないよー! 小学生で他クラスの人とまで仲良くしようとまでは思わなかったねー。中学に上がってから、狭く深くじゃなくても別に困んないなぁって思って匁と広く浅くにしようってウチが言ったんだよね」
「へぇー。言いだしっぺは籠目の方なのか」
「意外?」
「うん、まぁなんつーか、籠目っていつも華一がふざけてそれに便乗して笑うか、もしくは抜けてる華一のフォローしてる感じだったからさ。籠目の方から何かを発信するってこともあるんだなって」
実際この二人の伝統芸(自称)は、華一が抜けてる部分を籠目が補う形になっている。華一もその芸のフレーズの中で籠目に感謝の言葉を述べていたはずだし。
「だってよ匁。穢谷くんから見たら抜けてるんだって!」
「心外だー! 夏込だってウチとおんなじくらい抜けてるんだぞーって言いたいけど、まぁ確かにそう見えてもおかしくないかー」
「幼稚園の時からそうだもんね」
「お前ら幼稚園からの付き合いなのか……」
「うん。いつもはしゃいで窓割ったり男の子泣かしたりしてたからねー匁は」
「うわ超なつい! それでいつも夏込が幼稚園生とは思えない策士っぷりで先生に誤魔化してくれてたよね!」
「幼稚園生とは思えない策士っぷり……?」
「そうそうww。上手いこと言い訳作って男の子の方が悪いように仕立て上げたりねー。今考えたら、ウチ相当ゲスいことしてたなぁ」
昔を思い出しながら自分の悪行にクスクスと笑みを漏らす籠目。普段のケラケラした馬鹿笑いよりも、こっちの笑い方の方が可愛らしさが倍増しされる。いや、普段の笑い方が下品過ぎるのか……?
「意外と夏込の方からアレしよコレしよって言うことの方が多いんだよ。この劉浦高受験しよって言ったのも夏込だったしね」
「大学はどーするー? ウチ、もう三つくらい候補考えてるんだけど」
「おっ、マジ~!?」
大学の候補を挙げる籠目とそれに一々反応してはしゃぐ華一を見ていると、
「華一はさ」
「ん、なぁに?」
「籠目から劉浦高を受けようって言われて、断ろうとは思わなかったのか?」
「思わなかったね」
即答だった。堂々とした口調がこれまでに何度も同じような質問をされてきて、その度にこうやって答えてきたということを物語っている。
「どうして? いつまでも、死ぬまでも一緒ってわけにはいかないじゃねぇか」
「いかなくなんかないよ。いくかいかないかはウチ次第だから。ウチは夏込と一緒にいたいから夏込と一緒の高校にしたし、夏込と同じ大学にも入るの。もしウチだけ受かって夏込が落ちたら、ウチはその大学にはいかない」
「一緒にいるって意志が固いな」
「もちろん。夏込はウチの親友だもん」
真っ直ぐに俺を見つめて言う華一。真面目な顔も出来るんだな……。対して籠目の方は嬉しそうに目を細めていた。
「ホントに二人でひとりって言葉が似合うなお前らは」
「へへっ。でっしょ~?」
「でも、ひとりじゃ何にも出来なそうだな」
「うん、出来ないだろうねー。幼稚園からお互い助け合ってきたんだもん」
「今さら離れらんないよねー」
幼い時、仲良くしていた友人――これが幼馴染の定義だとされている。この二人に関しては現在進行形で仲良くしているけれど、過去仲良くしていた事実があるのでもちろん幼馴染だ。幼稚園から助け合い、高校生となった今でも助け合っている。そしてひとりになったら何も出来なくなるだろうと何故か胸を張っている華一と籠目は、最早依存症のレベルだ。華一は籠目に、籠目は華一に依存しているのだ。
別に悪いことではない。それで現状成り立っているのだから、外野がとやかく言う必要もない。ただ、本当にいつまでもそうやって依存していてはいずれかは身を滅ぼしかねないとも思える。この二人に限らず、何かに頼り過ぎたり寄りかかり過ぎたりするのは良くない。確かに何かに依存することは楽だ。楽だからこそ抜け出せなくなってしまうのだ。依存で楽に生きる人生は本当に楽な人生なのかどうか。俺は依存のまま生涯を終えた経験がないので知ったこっちゃないし、今後も誰も知ることはないだろうが、果たしてその答えはどちらなのだろうか。
まぁぶっちゃけあーだこーだ言っても俺には何の被害もないから、華一と籠目には勝手に仲良くしてもらっていて構わないんですが。
でも、交友関係は広く浅くがモットーだと彼女らは言う。それはお互いたったひとりの親友がいるからこそ言える言葉なのだと思う。本当に親友と呼べる存在を持っている人は、世の中にいるようでそれほどいない。友人止まりになることが大抵だ。
友人、友達のそのワンランク上。親友という存在を持つ華一と籠目の今後の人生は依存による楽以前に、きっととても楽しいものなのだろう。
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