第3.5話

『編入生の名』

 私立劉浦りゅうほ高等学校。この学校に東西南北よもひろ花魁おいらんが校長として赴任してきたのは、三年前。大して人気のある高校ではなく、所謂いわゆる滑り止めとして受けに来る中学生が多かったが、東西南北花魁の赴任後、劉浦高校の人気は爆上がりし、今では定員オーバー、倍率二倍は優に越える超人気校に変化した。東西南北が校長になり、様々な改革を行った結果である。

 普段、面倒ごとを葬哉と朱々を筆頭に押し付けているが、基本的に東西南北花魁のスペックは高く、非常に優秀な人材であることは間違いない。事実、大学を首席で卒業し、新卒である中学校の一年の担任を持っていた。大抵新卒の新人教師が担任に就くと、親からはクラスが荒れないか心配されることが多い傾向にあるが、東西南北の場合は全くそんなことはなかった――。調子が良かったのは、あくまで途中までだった……。


「よぉ〜しっ! ドン勝つまで残り四人!!」


 例によって校長室に持ち込んだモニターとプレ◯テ4でゲームに勤しむ東西南北校長。校長の仕事は基本的に教頭に任せているため、ほとんど毎日がゲームをしているか、マンガを読みふけっているかの自堕落な生活を送っているのだ。

 

「あっちゅー! あぁ〜ちゅー!!」

「うんうん、そうだぞよもぎ。花魁ちゃんはもうちょっとで勝ちゅんだぞ〜!」


 楽しそうに手拍子しながら校長の周りをよちよち歩きする月見うさぎの娘、よもぎ。女の子は男の子よりも言葉を覚えるのが早いと言われるだけあり、一歳になりたてのよもぎはいくつもの単語を喋るようになっている。


「ふっ、うぁっ!! だぁーー! 殺られた……」

「あーえた?」

「むぅ〜よもぎ〜! 花魁ちゃん殺られちゃったよぉ〜!」

「あぁえた!! あーえたぁ〜!」

「ちょっと校長先生? よもぎちゃんが殺られたって言葉覚えたらどうするんですか。今よもぎちゃん、なんでも言葉真似してますから、ホントに覚えちゃいますよ」


 校長室は職員室と保健室の真ん中に位置しており、そのどちらにも校長室に入る扉がある。保健室側扉から養護教諭であり、スクールカウンセラーでもある十七夜月かのう罅己ひびきが書類片手に校長をジト目で見て言った。


十七夜月かのう先生は固いなぁ考え方が。いずれは覚えるさ、覚えるのが早いか遅いかの違いだよ」

「そういう問題じゃないんです! もっと道徳的で倫理的で常識的な範疇での話なんです!」

「わかったわかった。そうカリカリするんじゃない。シワが増えるよ?」

「ぐッ……私よりも年上のクセにぃ……ッ! でも東西南北校長、小ジワのひとつもないですよね。やっぱり金の力ですか」


 東西南北花魁は、一応学校内で美人校長として通っている。つややかで腰ぐらいの長さまである黒髪にスラッとした高身長、ビジネススーツが非常によく似合う。いかにも出来る女という感じで、美しくそれでいて女性としてカッコいい、そんな印象が強い。この容姿も劉浦りゅうほ高校を人気校にしたひとつの要因であると言っても過言ではないだろう。


「金の力だなんて、失礼しちゃうなぁ~。わたしはなぁ~んにもしてないよ」

「絶対嘘じゃないですかそんなの。だって校長、もう三十路みそじ手前でしょう?」

「ふっ。美しさに年齢は関係ないということさ!」

「納得いかない……あ、そうだ。これ一学期の保健室関連をまとめた書類なんですけど」

「あ~そういうのは教頭先生に渡しといてー」

「校長先生、ホント仕事しませんよね。教頭先生も言いなりですし」


 まだ今年入ってばかりの十七夜月かのうは、校長が多くの職員の弱みを握って仕事を代わりにやらせているということを知らない。いずれは十七夜月の弱みも握ってやろうと、校長は狙っているのだが、表裏がそんなになく何でも口に出すタイプの彼女はなかなか付け入る隙がなく、苦戦しているのが現状だ。


「まぁみんなわたしのことが好きなんだろうさ」

「だとしても限度ってものがあると思いますけどね」


 納得いかないといった表情で首を捻る十七夜月。と同時に職員室側扉からノックが響いた。校長が『どうぞ』と言うと、噂をすれば何とやら、白髪交じりの初老教頭が扉を開けた。


「あの、校長先生。明後日のことなんですが」

「明後日? なんかあったっけ?」

「一応編入試験を予定しているんですが、その面接官をしていただきたくて……」

「編入試験~? なにそれわたし聞いてないよ」

「いや校長先生に編入試験の申し込みの電話がかかってきたことをお伝えしたら、手続きとか全部任せるって仰ったので、やっておきました」

「あぁ~そうなんだ! 優秀で助かるねぇ!」

「校長としてどうなんですかそのテキトーっぷり」


 またも十七夜月は校長にジト目を向ける。校長はそれをさして気にもせず、教頭に問う。


「どんな子なの? その手続き書類見してよ」

「あ、はい」


 教頭は手に持っていたファイルを校長に手渡す。校長は抱いていたよもぎを十七夜月に預け、ファイルを開き、編入生についての情報に目を通した――刹那、東西南北花魁の雰囲気が変わった。冷房のガンガン効いた部屋で、ツーっと一筋の汗が流れる。文字通り、冷や汗が流れる。


「校長先生?」

「大丈夫ですか? お顔、急に青白くなりましたけど……」

「……」


 教頭と十七夜月の声に反応せず、ただ黙って書類を見つめる校長。次第に書類を握る手に力が入っていき、グシャリと書類にシワが出来てしまった。


平戸ひらど凶壱きょういちくん……? 知ってる子なんですか?」

「……あぁ、まぁね。すまない、少しひとりにさせてくれないかな」

「は、はい……っ!」

「じゃ、じゃあよもぎちゃんは保健室の方で見ときますね!」


 校長の今まで見せたことのない表情を見て、異様な雰囲気を感じ取った教頭と十七夜月は、そそくさと校長室を出て行った。


「もう二度と……。あんな惨劇は起こさせない……!」

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