第16話 桃乃と律香と遊ぶ
玄関を出て、隼人は桃乃と律香を案内して、敷地の裏手にある古ぼけた倉庫に向かった。
この場所自体が人のいない山の中腹にあるが、裏手に回るとさらに人里から離れる感じがした。
「これから倉庫に行くんだよね。ドキドキ」
桃乃は緊張している様子だ。手を胸元に当ててドキドキと口にしている。
お化けでも出ると思っているのかもしれない。隼人は安心させようと言ってやることにした。
「恐がることはねえよ。俺が一緒だ」
「はい!」
桃乃は彼女らしい元気な笑顔で答えてくれた。
「お兄さんのこと信用してますよ」
「おう」
律香はなぜか不審な者を見る目付きだ。博士のロボットに乗れない奴には頼れないと思っているのかもしれない。
確かに強さではロボットに乗って災獣とも戦える二人の方が上だろう。
「気持ちだけでも負けないようにしないとな……」
そう思い、気を引き締める隼人だった。
古ぼけた倉庫に辿りつき、隼人は鍵を開けて安全を確かめながら先に入っていった。
辺りを見回し、振り返って声を掛ける。
「ドアは開けたままでいいからな。入ってこいよ」
「はい、ここで隼人さんと……何かあったりして」
「何も無いからね、もーちゃん」
二人が何か話し合っている。隼人は倉庫の棚に目を向けた。色んな物が箱に入ってごっちゃになって置かれている。
「何か面白いもんが無いか。探してみようぜ」
「はい!」
そうして三人であちこち回って探すことになった。
「お、懐かしいな。こんなのもあったなあ」
隼人が梯子を昇って上の棚の玩具の入った箱から見つけたのは、子供の頃に遊んでいた古いロボットの玩具だった。
「俺はガキの頃からロボットが好きだったんだな。今じゃ小学生がリアルのロボットに乗って災獣と戦っているんだから凄い時代になったもんだぜ」
触って遊んでいると下から桃乃が声を掛けてきた。
「隼人さん、こんなのを見つけました」
「お、何だ?」
桃乃が見つけた物が気になった。
隼人は玩具のロボットを置いて、梯子を下りるのも面倒で飛び降りた。
桃乃がちょっと驚いて身を引いた。そんな桃乃が差し出してきたのは鉄の玉がいくつか並んで吊るされた置き物だった。
「見ててください」
桃乃が並んだ玉を凝視しながら、一番端の玉を持ち上げて、そっと離した。
降りた玉は下の玉とぶつかって、今度は反対の端の玉が跳び上がり、またそれが降りて打ち返す。気持ちの良いリズムの音が鳴った。桃乃は喜んだ。
「あは、面白い」
「ああ、面白いな」
桃乃が面白いなら何よりだ。隼人はそんな彼女の喜んでいる顔を見ている方が面白かった。
「お兄さん、もーちゃんをからかっちゃ駄目ですよ」
「お、律香か。お」
振り返って見ると、律香は手にパペットの人形を嵌めていた。顔に縫い目のあるゾンビの人形だ。薄暗い倉庫を気にしていたのにゾンビは良いのだろうかと隼人は思った。
律香はその口をパクパクさせながら訊いてきた。腹話術をやるつもりは無いらしい。
「お兄さん、学芸会をやっていたんですか?」
「いや、俺のじゃないな。父さんのかな」
「隼人さんのお父さんの!」
桃乃がなぜかそこに反応して顔を上げていた。その顔を見て律香がいたずらっぽい笑みを浮かべ、桃乃の顔に向かって手のゾンビを突きつけた。
「お父さんのゾンビだぞー」
「もう、止めてよ、りっちゃん」
「あはは」
律香は喜んでいる。
小学生の無邪気なじゃれあいに隼人はついおかしくなって含み笑いをしてしまった。
矛先がこっちに向かないように声は出さないように我慢した。
桃乃はゾンビから顔を離して宣言する。
「今度はあたしがりっちゃんを驚かせるもの見つけるからね」
「こっちこそ」
「お前ら、あんまり散らかすんじゃないぞ」
隼人も小学生に負けてはいられない。
それからも三人でいろいろと倉庫の中を物色していった。
倉庫からは色んな物が出てきたが、結局無難にボールを投げて遊ぶことになった。
工場の横の空き地で三人で三角形になる。
隼人が緩く投げたボールを桃乃は真面目な顔をして受け取り、挑戦的な態度を取ってきた。
「思いっきり投げていいですか?」
「おう、どんと来い!」
「ええい!」
小学生が思いっきり投げたボールを隼人は軽く受け取り、すぐに片手だけで律香に回した。
良い音が鳴って、律香は少し手を痛そうにしていた。
「悪い。強かったか?」
「平気です。これぐらい」
律香の投げたボールを隼人は軽く受け取り、今度は思いっきり手加減して桃乃に回した。
ひょろひょろっと投げ上げたボールを桃乃は上手く着地点に移動してキャッチした。
「器用だな、お前」
さすがパイロットに選ばれるだけあって、二人ともまずまずの運動神経を持っていた。
桃乃は少し不満そうな顔をしてボールを投げ返してきた。
「あたしもりっちゃんぐらい強くして大丈夫ですよ」
「ああ、お前らがもっと強くなれたらな」
桃乃の方を見ていて少し手元が狂ってしまった。少し高めに飛んだ弾を律香はタイミングよくジャンプして両手を上げてキャッチした。
少し服がめくれ上がっておへそが見えた。だから何と言うことはないが、良い運動神経だ。伊達に銃を撃っているわけではない。
「お前も器用な奴だな」
「わたし達を甘く見ていると痛い目に合いますよ」
「おう、だったら少し本腰を入れるか」
隼人は真面目に構えて見せる。
確かに律香の言った通り、遊びに真剣になった小学生はなかなかにしつこくて、昼を回る頃には隼人は少し疲れてしまった。
「お前ら、元気だなあ」
少し参った気分でいたところに博士がやってきた。
「昼ご飯ができたぞい」
「わあ、お昼ご飯」
「もーちゃん、手を洗ってからよ」
元気な子供達を見送って、隼人はボールを倉庫に片づけに行くことにした。
部屋のテーブルの中央の桶に盛られた蕎麦を4人で囲む。
「お蕎麦おいしい」
啜って食べながら桃乃はとてもご機嫌だった。律香もおいしそうに食べている。
食べながら博士が世間話のようにパイロット達に訊いた。
「それでどうかな? ロボットの乗り心地は」
「最高です」
「今まで逃げることしか出来なかった災獣に自分達で立ち向かえるのが誇らしく思います」
桃乃は単純明快に、律香は真面目に格式ばって答えた。
パイロット達の肯定的な意見に、博士は満足した顔で頷いた。
「ふむ、ロボットの調子は順調のようじゃな」
しばらく食事を進めてから桃乃が訊いた。
「それにしても災獣ってどこから来るんでしょうか」
「そうじゃな……」
博士は考える。律香は気楽に答えていた。
「自然に現れるものなんじゃないんですか?」
「俺も律香と同じ意見だぜ」
災害がなぜ起きるのかと聞かれれば、それは起きる物だから起きるのだ。
災獣も同じで世界に現れて当然の物だから現れるものだ。昔は違ったかもしれないが、今ではそれが一般の認識だろう。
だから隼人も律香もそれを不思議に思わなかったものだが。
博士は違うようだった。少し考えてから答えた。
「わしはこう考えておるのじゃよ。現象には必ず発生する原因がある。だから災獣の現れる原因もこの星のどこかにあるのではとな」
「発生源があるってのか?」
それは隼人も初耳だった。国防軍の知識を持っている手毬との話にも出なかった。
博士は何かを掴んでいるのだろうか。隼人は期待したが、博士は笑い話のようにそれを否定した。
「何か根拠があるわけではない。そう思うというだけじゃ。わしはロボットは造れるが、災獣の専門家では無いからの」
「そうか……」
何かの進展を見込めるわけではないようだった。しばらく箸を進めていると、今度は律香が話を切り出してきた。
「博士はお兄さんのためにロボットを造る気は無いんですか? はっきり言いますけど……わたし達よりお兄さんの方がずっとパイロットとしての能力は上だと思うんですけど」
気になる質問だ。隼人はありがたく思いながら博士の返答を待った。
博士はまた少し考えてから答えた。
「こればっかりはロボットの決めることじゃからな。誰かの能力に合わせて造るとなるとその分だけわしはロボットの力をセーブすることを考えねばならん。そうなると今の70パーセントの力も出せなくなるじゃろう」
「そうなんですか……」
隼人のことなのに律香は自分のことのようにしょんぼりとしてしまった。
隼人は申し訳なく思いながら二人に言った。
「悪かったな。小学生なのに爺さんの道楽に巻き込んだ形になっちまったみたいで」
「いいんです。あたしもその……人の役に立てて嬉しいですから」
「そうか?」
桃乃は肯定的に答える。律香も同じ意見のようだった。
「わたしも今まで逃げることしか出来なかった災獣と自分の手で戦えて気持ちいいです」
「何とも頼もしい答えだな」
さすがパイロットに選ばれた少女達だ。
頼もしく思いながら、隼人はそんな少女達に報いる方法を考え、言った。
「じゃあ、昼飯が終わったらまた遊ぶか」
「はい! 喜んで!」
「もーちゃんは元気だなあ」
そうして、その日は遅くまで遊んだのだった。
二人が帰っていくのを見送って、隼人は風呂に入り、ベッドに寝転んで考えていた。
「人の役に立てることが嬉しいか……」
桃乃が言っていたことを思い出す。
思えばそんな風に考えたことは無かった気がする。
隼人は自分がロボットに乗って活躍することだけを考えていた。他人の迷惑は二の次にして。
律香が言っていたことを思い出す。
「逃げることしか出来なかった災獣と自分の手で戦えて気持ちいいか……」
確かに言われてみれば災獣が現れるたびに避難しないといけない住民は大変だと思う。
政府から保証が出るとはいえ、いろんな物が壊されるのも大変だろう。
律香もこれまでかなりのストレスを溜めていたことが想像できる。
国防軍がしっかりと大事になる前に防衛をしていたし、この工場が崩されることは無かったので隼人はあまり深刻に意識したことは無かったが。
「小学生に教えられるなんて、俺もまだまだだな……」
頼もしいパイロット達のことを思い浮かべながら、隼人は瞼を閉じていった。
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