第6話 工場に来た人達

 律香が桃乃の事を心配して走っているその頃、当の桃乃は博士と一緒に工場の地下の部屋で能天気にお茶を飲んでいた。


「ぷはー、お茶がおいしいです」

「そうじゃろう、それでロボットの操縦はどうじゃった?」

「とても上手く出来ました。隼人さんも褒めてくれました」

「成果は上々のようじゃな。こちらでも戦いの様子は見ておったぞ」


 桃乃と博士がロボットの話で盛り上がっている。隼人は手持無沙汰になって少し離れて壁に背中を預けながらそんな二人の様子を眺めていた。

 時計を見て、そろそろトレーニングをしに行くか、桃乃を送ってからと思った時だった。玄関のチャイムの音が鳴った。

 博士は手元の端末で外の様子を確認した。


「来客のようじゃのう」

「あ、ではあたしはこの辺で」


 桃乃は腰を上げようとしたが、博士は止めた。


「お前さんはもう少しいてくれ。おそらく桃乃ちゃんにも関係があることじゃろう」

「あたしに?」


 桃乃には思い当たることが無いようだったが、いてくれと言われたのでいることにしたようだ。上げかけた腰を再び椅子に下ろした。

 博士は端末を操作して外へ呼びかけた。


「開いておる。入ってこい」


 それだけ言って通信を切ってしまう。何ともぞんざいな言い方だが、これが博士だった。

 桃乃は誰が来るんだろうと気になっているのかそわそわしている。隼人はやる事が無かったので、そんなそわそわしている彼女をじっと見ていた。

 そうしていると不意に桃乃が顔を上げてこっちを見てきた。顔が強張っている彼女に軽く片手を上げて見せると、何に納得したのか桃乃は頷いて両手を握った。

 今ので何が伝わったのだろうか。よく分からなかったが、今は来客を気にしよう。エレベーターの表示が動いている。

 やがてこの階に辿りつき、現れたのは国防軍の藤岡長官だった。

 威厳のある顔つきをし、国防軍の制服を着ている。年はまだ地位のわりに若い方で、隼人の親ぐらいの年代だ。

 隼人の高校の時の同級生の親がこの長官なのだから、それも当然かもしれない。彼は数人の部下を一緒に連れてきていた。

 藤岡長官はお茶を乗せたテーブルの席に座ったままの博士に近づいて見下ろすなり言った。


「やってくれたましたね、空崎博士」

「藤岡、わしのロボットは凄かったじゃろう」


 博士は椅子に座ったまま堂々と向かい合った。彼ら二人は旧知の仲だった。博士の実力をよく知る長官は何度も彼をスカウトしようと誘っていたが、博士はそれを全部断って自分の研究に没頭する道を選んでいた。

 長官としては今回改めて博士の実力を見せられた形となっていた。それも実際の戦場で。災獣まで一体のロボットだけで倒して見せて。

 なので長官は改めて博士をスカウトしに来たのだった。


「何故こちらに来ていただけないのです? 国防軍にはここより良い設備や優秀な技術班がいます。この工場であれほどのロボットが造れるのならもっと良い物が造れるはずです。協力してはいただけませんか?」

「お前も分からん奴じゃのう。わしは自分の好きなようにやりたいのじゃ。自分の好きな時に寝て食ってロボットを造っていたいのじゃ」

「もちろん好きなようにやってくれて結構です」


 長官は譲歩する姿勢を見せるが、博士はのんびりとした態度だった。


「そうは言ってもなあー。わし、人の多いところって苦手じゃし」

「極力邪魔をさせないようにします!」

「出かけるの面倒じゃし」

「宿泊場所を手配しましょう!」

「やっぱ面倒じゃし」

「何が面倒なんですか!?」

「ええと……働くのが?」

「働いてください! あなたほどの叡智を眠らせておくなんて人類の損失ですよ!」

「そうは言ってもなあ」


 そんなのらりくらりとしたやりとりがしばらく続いた。隼人としては見慣れた光景だったが、桃乃は退屈そうだった。ゆっくりと口を付けていたお茶を飲み終わって、もぞもぞと二人の様子を見守っていた。

 長官の目線が不意にそんな桃乃の方へと向かって、桃乃はびっくりして目を見開いて背筋を伸ばした。


「お孫さんからも言ってやってください。博士に働けと。うちに来て働けと」

「そいつはわしの孫では無いぞ」

「では、何だと……」


 隼人は自分が名乗り出る時かと思ったが、博士の方が早かった。

 彼は長官にとっては衝撃的な言葉を口にする。


「桃乃ちゃんはうちのパイロットじゃ!」

「はああああああ???」


 その時の長官の顔を隼人はしばらく忘れられないかもしれない。大人でもこんな顔をするんだなと思った。

 呆けた声を発した大口を閉じ、藤岡長官はすぐに博士に詰め寄った。


「こんな少女があのロボットに乗って戦ったというんですか?」

「そうじゃ」

「こんないたいけな少女が?」

「そうじゃ」


 いたいけと言われて頬を赤らめる桃乃。他人事のように見ていたら、今度は矛先が隼人に向いた。

 博士と話を続けながら、長官の指先が突きつけたのは隼人の方にだった。


「あの少年がそうだと言った方がまだ説得力がありますよ!」

「ふざけるな。あんなクズと桃乃ちゃんを一緒にすんな」

『誰がクズだあああああああああ!!!』


 と桃乃がいなかったら隼人は叫んでいたかもしれない。桃乃と目が合ってしまったので、隼人は言いたくなった言葉を呑んで頭をクールにすることにした。

 子供の前で大人が取り乱すわけにはいかない。そんなのはヒーローの態度では無いし桃乃にもうこんな場所に来ないと思われても困るし、単純に恥ずかしいところを見せたくない。

 ロボットに乗るような男はかっこよく無ければいけないのだ。

 長官は熱く語り続ける。博士を説得しようと熱心だった。


「うちには! もっと優秀な! パイロットがいます!」

「一人でもあの時の桃乃ちゃんの動きについていけた奴がいるのかのう?」

「ああもう!」


 長官と博士の言い合いはしばらく続きそうだった。こんな大人の諍いの場に居続けてはさすがに桃乃が可哀想だと思い、隼人は連れ出そうと声を掛けようとしたのだが、その前に長官と一緒に来ていた国防軍の兵士の一人に声を掛けられた。


「あんたの爺ちゃんって相変わらずだね」

「変わるもんでもないだろ。お前の父ちゃんだって相変わらずじゃないか」


 国防軍の制服に身を包み、声を掛けてきた少女の名は藤岡手毬。

 隼人とは高校の時の同級生で卒業後は国防軍に入った元クラスメイトだった。今博士と言い合いを続けている長官とは親子に当たる。


「それより良いのか? 任務中に私語なんかして」


 隼人は彼女の迷惑になると思っていたから、彼女が来ているのに気付いていながら声を掛けなかったのだが。

 手毬はきりっと顔を引き締めて、敬礼をして見せた。


「これも任務であります。情報の提供にご協力ください」

「俺なんかと何を話したいんだよ」


 隼人が気楽に応じてやると、手毬も気楽に表情を緩めた。


「あんたは国防軍に入るつもりはないの? 勉強も運動も結構出来てたじゃない」

「前にも言っただろ。俺は量産型に乗るつもりはないって」


 隼人の夢はヒーローになることだった。地味な仕事をすることでは無かった。そのための手段はここにあった。

 ついこの前まで。パイロットが正式に決まるまでは。手毬はそこを突いてきた。


「でも、お爺ちゃんのロボットのパイロットはあの子になったんでしょ? よく分からないけど」

「俺にもよく分からないけどな。まったく小学生にパイロットをやらせるなんざ世の中どうかしてるぜ」

「これからどうするの? 行く当てはあるの?」

「さて、どうしようかね」


 隼人は考える。手毬は明るく気さくに話を続けてきた。

 高校の頃にお互いに話し合っていた時のような近さで。


「うちに来なよ。お爺ちゃんのロボットのことはもう諦めてさ。あんたの実力ならすぐにうちでもエースになれるって」

「そう簡単に諦められるものじゃないだろ。あんたの父さんだって爺さんの実力をよく知っている。だから諦めずにここへ来ている」

「だよねえ」


 そんなことを元クラスメイトと話し合っていると、やがて向こうでも話が纏まったようだ。いつもの結論、決裂へと。


「とにかく! 私は諦めないからな!」

「お前もしつこいのう」

「うるさい! 帰るぞ!」


 長官が肩を怒らせながら歩き、出口のエレベーターへと向かう。手毬は軽く手を振り、隼人も軽く手を上げて挨拶を返した。

 国防軍の人達が去って、工場の地下には平穏が戻った。と思ったら、桃乃が何か鋭い目つきをして近づいてきた。


「隼人さん、今の女の人誰ですか?」

「え? 高校の時の同級生だけど?」

「同級生……と何を話してたんですか?」

「ん、別に。国防軍に入らないかとかそういう話だよ」

「隼人さん、国防軍に入るんですか!?」


 桃乃はとてもびっくりした反応を見せていた。無理もないかもしれない。隼人自身、自分に国防軍に入るぞーと言ったらびっくりすることだろう。

 つまり、それだけ無い可能性ということだった。落ち着いて自分に満足できる結論が出せて、隼人は静かに息を吐いていた。


「入らねえよ。お前がここにいるしな」

「あ……あたしがいるから!?」

「これからもロボットのことは任せたぜ」

「はい! あたし頑張ります!」


 桃乃の頑張りを見ていれば、これからの自分の道も見えるだろうか。隼人はそう思いながら、未来の自分に思いを馳せるのだった。




 律香は町外れに建つ工場の前まで辿りついたものの、中に入る勇気が無くて門の前で戸惑っていた。


「すみませーん、誰かいませんかー」


 背伸びをして呼びかけてみるが、返事が無い。

 町はずれにひっそりと建つこの場所には他に人の姿も無かった。勢いで来たものの、律香は心細くなってしまった。

 門から見える駐車場には国防軍の車が止まっているので人がいるのは確かなのだろうが、みんな建物の中にいるのだろう。見える範囲に人はいなかった。


「よし」


 こうしてても仕方が無い。

 入る決意を声に出しせめてピンポンぐらいは押してみようかと覚悟を決めようとするが、自分のような子供が偉い人達のいる場所に勝手にずかずかと入っていいものか。真面目な律香はやはり考えてしまうのだった。


「用も無いのに入ったら怒られるよね。もーちゃん、出てこないかなあ」


 都合の良いことを考えながら中を覗こうとする。その時だった。


「あ」


 国防軍の偉そうな人達が出て来るのが見えて、律香は慌てて口を閉じて門の影に身を隠した。車が近づいてくる。

 特に何か言われることもなく、国防軍の車は走り去っていった。


「まさかもーちゃんが連れていかれたわけじゃないよね? もーちゃん大丈夫かなあ」


 再び門の前から工場の入り口へと目を向けた。すると今度は別の人達が出てきた。

 白衣を着た老人と桃乃を連れて行ったお兄さんと、それと彼と元気に話しているのは


「もーーーちゃーーーん!」


 律香の探していた桃乃その人だった。門を越えて走り寄る律香に気が付いて、桃乃は振り返って笑顔になった。


「りっちゃーーーん」


 彼女の方でも手を振って迎えてくれる。律香はやっと探していた彼女と再会できて安心した。


「もう、変な人についていっちゃ駄目でしょ」

「変な人?」


 律香が目で示す。隼人の方を。


「?」


 隼人は不思議に思っただけだった。桃乃は言う。


「隼人さんは変な人じゃないよ。あたしロボットの乗り方を教えてもらって災獣をやっつけたんだ」

「馬鹿言って。帰るよ。もーちゃんは返してもらいますからね」

「ああ、送ってやるつもりだったが、迎えが来たなら大丈夫だな」


 隼人は気楽な態度だった。不満を見せたのは桃乃の方だった。


「えー、残念」

「ほら、帰るよ」


 律香に手を引かれて桃乃は去っていく。


「隼人さん、またね。ばいばい」

「おう、ばいばいな」


 手を振る桃乃に手を振り返す隼人。隣で博士が呟いた。


「さて、わしも頑張らねばならんな」

「そうだな」


 つい適当に答えてしまったが。

 博士が何を頑張るのか。隼人が知るのはこれからだった。

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