第4話 実戦へ
「何あれ!?」
桃乃を連れ去ったバイクを追って町外れの工場へと続く道を走っていた律香は、足を止めて空を見上げた。
まるでロケットのようにアニメで見るようなロボットが飛び立っていく。これが現実だと言われると冗談でしょと言いたくなるような光景だった。
だが現実だ。
そしてそれが今、自分の目指している方向から来たとあって、完全に自分達と無関係だとは律香には思えなかった。
「もーちゃんはいったい何に巻き込まれているの……?」
友達のことは気になったが、今は災獣が現れたので避難するようにと警報が出ていた。
賢明で常識的な小学生としては指示を無視するわけにはいかない。律香は大人の誘導に従って近くの避難所に避難するしか無かった。
桃乃もきっと安全な場所に避難している。そう信じて。
桃乃と隼人は危険であることには違いが無いが、地上で暴れている災獣の危機からは遠く離れた場所にいた。そこは高い空の上だった。
遠くまで見通せる町。湾岸のコンビナート付近で暴れている災獣とそれと戦っている国防軍のロボット達も見えた。
大空高くにあって、隼人は粟を食って叫んだ。
「あの爺! ここからどうやって着地しろって言うんだ!」
「任せてください!」
桃乃は強気だった。自信のある手で操縦桿を握り、ロボットの行く先を湾岸のコンビナートへと定めた。
彼女は運転が出来る。自分の思った通りに。ロボットに乗ったのが初めての小学生であるにも関わらず。
常識ではロボットを操縦するのはそんなに簡単なことではない。一般的な庶民が自転車や三輪車を漕ぐのとは違うのだ。
隼人は彼女の操縦テクニックに驚きながら叫んだ。
「あんた、運転できるのか!?」
「はい! 何か知らないけど……手に馴染むようです!」
「そうか……」
さすがは祖父の造った最高のロボットが自ら選んだパイロットだ。その組み合わせの優に隼人は感嘆と嫉妬を感じずにはいられない。
次の桃乃の言葉はよく分からなかったが。
「それに隼人さんがいますから」
「え? 俺なんていても何の役にも立たないだろ?」
「そんなことありませんよっと」
桃乃がよっとと言ったのは、地上が近づいてきて操縦桿を引いたからだった。
ロボットはタイミングよく姿勢を正し、たいした衝撃も無く無事に着地することが出来た。
不可能と思われた大空からの着地を決めてみせた。隼人は彼女の操縦技術に感嘆することしか出来なかった。あるいはロボットが優秀なのか。その両方だろう。
「よく着地出来たな。初心者とは思えないぜ。本当はどこかでロボットに乗る特訓をしてたんじゃないのか?」
「いえ、勘でやってみただけです。上手く出来て良かったです」
「勘か」
さすがは選ばれたパイロットだ。彼女は常人では計り知れない才能を持っているのかもしれない。
桃乃の後ろ頭を見ながら、ぼんやりと考えている暇はなかった。この場所はすでに戦場なのだから。
どこかで爆発の音が鳴り、空に黒煙が上がっていった。
「あの場所に行けばいいんですね」
「ああ、そうだ」
桃乃は早速ロボットを現場に向かわせる。走らせるのは始めてのはずだが、桃乃は実に上手くロボットを操っていた。
それはもうまるで自分の手足のように。彼女は子供らしく難しいことは何も考えていないようだった。すでに動かせるのが当然とばかりに足でペダルを踏み、両手の操縦桿を前後させて動かしていた。
隼人は桃乃の手元からモニター画面に目を移す。
辺りに人の姿はない。今までに災獣は何度も現れているのだ。人々も避難することに慣れていた。
避難は終わっているが、施設には被害が出ていた。
建物の角を飛び越えて、ハヤトサンダーは現地に到着した。
国防軍のロボット達が災獣を半円形に包囲して戦っている。作戦は順調のようだった。
この調子なら消防車が炎を消すように順調に敵を排除できるだろう。
現れた者に気づくや、近くにいた国防軍のパイロットが声を掛けてきた。物騒な銃を向けて。
「何者だ!」
「えっと……」
いきなり現場に未知のロボットが現れたのだ。警戒するのも無理はない。
隼人は上手い答えを考えようとするが、思いつくよりも前に桃乃が答えていた。
「ハヤトサンダー見参!」
ロボットにかっこいいポーズを決めさせて。
隼人も自分がパイロットなら同じような事をやっていたかもしれないが、他人がやっているのを見ると痛さを感じてしまうのは何故だろうか。
桃乃は強気に頬を上気させ鼻を鳴らしている。自分の行いに満足しているようだ。
対する国防軍のパイロット達は戸惑っているようだ。隼人は事情を正直に話そうと思ったが、その前に相手から声を掛けられた。
「ハヤトサンダーか……確か博士のお孫さんの名前が隼人と言ったような」
「そうか、あの変人の爺さんのロボットが完成したんだな!」
「孫の名前をロボットに付けるなんて、あの爺さんらしいや」
どうやら勝手に納得されたようだ。場の雰囲気が和やかになった。
名前を付けたのは桃乃なのだが、特に訂正させる必要はないように思えた。
博士にそんな義理はないし、桃乃を選んだのは祖父の造ったコンピューターだからだ。
変人同士、気が合うのかもしれない。と言ったら桃乃に対して失礼だろうか。
国防軍のパイロットは言う。
「見ててもいいけど、俺達の仕事の邪魔だけはしないでくれよな!」
そうして、国防軍のロボット達はそれ以上はもう隼人達には取り合わず、再び敵へと注意を向けた。
自分達の仕事を片付ける職人の姿。彼らはもうこっちのことは気にしていない様子だった。
戦いは順調に運んでいる。国防軍のロボット達の巧みに連携の取れた攻撃に、暴れている災獣は徐々に海へと後退していく。災獣から時たま放たれる攻撃を国防軍のロボット達は上手くシールドで防御していた。
訓練が行き届いている動きだ。災獣が海にまで追い返されるのは時間の問題のように思えた。
「ここは任せておいても良さそうだな」
隼人は安心の息を吐くのだが、桃乃は憤慨していて体を震わせていた。彼女の顔は何だか不満そうだった。その瞳が光を増す。
「邪魔なんてしません。力を見せてあげましょう!」
少女の手が操縦桿を押し倒す。桃乃は敵に向かってロボットを走らせた。
「おい、大丈夫なのか?」
「大丈夫です! 見ていてください!」
彼女にこんなにやる気があるなんて驚きだ。隼人も自分がパイロットなら同じことをしたかもしれないが、今の気分は危ない奴にハンドルを握らせた同乗者のようだった。
自分なら暴れるのは楽しいかもしれないが、暴れる奴に命運を託すのは別に楽しいわけではない。
桃乃は張り切っている。もっと穏やかな奴だと思っていたが、これがハンドルやコントローラーを握ると性格が変わるという物だろうか。
桃乃は瞳を煌めかせて声を上げて言った。
「隼人さんのために活躍しますから!」
「安全運転で頼む」
「はい!」
隼人としては若葉マークの初心者に操縦を任せていることに冷や汗を感じずにはいられないが、桃乃の操縦技術は確かだった。さすが選ばれたパイロットだけのことはある。もう何度目になるだろうか、何度でもそう感じずにはいられない。
ロボットのコンピューターも巧みに桃乃の操縦をフォローしているようだった。
「ちょっと邪魔よ」
桃乃は災獣を包囲する国防軍のロボットの一体を強引に押しのけて包囲網を突破した。ロボットの力に差があったようだ。
「うわあ!」
国防軍のロボットは派手に無様に地面に倒れていた。
「さすが博士。やることがえげつない!」
「奴に構うな! 任務に集中するんだ!」
予期せぬ味方によって隊列を乱されてしまう国防軍に、隼人は少し同情してしまったが、そちらに構う余裕はもう無かった。
攻撃の緩んだ隙と見て災獣が近づいてくる。ちょうど国防軍の隊列に穴の空いたここへ向かって。
迫る脅威に対して桃乃は恐れず踏み込んだ。これが小学生女子の度胸なのか。
「ハヤトサンダーパンチ!」
「なぜ俺の名前を使う……」
災獣の顔面を容赦なく殴りつけ、さらにキックし、バルカンまで放つ。
操縦は始めてのはずだが、桃乃はもうロボットの機能を理解しているようだった。
小学生の頭の中がどうなっているのか。隼人にはちょっと理解できない。
「グギャオオオウ!」
災獣は悲鳴を上げて後退した。ちょっと敵に同情してしまった。国防軍が声を掛けてくる。
「危ないですから! 民間人は下がってください!」
「なんて博士の関係者に言っても無駄か……」
「博士の関係者がまともなはず無いもんな」
俺はまともだと叫びたい気分だったが、ここで自己アピールしても恥を重ねるだけだろう。隼人は言葉を呑み込むことにした。
桃乃は構わず操縦を続ける。隼人にいいところを見せることしか彼女の頭には無かった。
国防軍はすっかり傍観者となった。災獣が口から炎を吐いてくる。桃乃はロボットを巧みにジャンプさせて回避し、流れ弾に当たりそうになった国防軍はシールドを立てて防御した。
「お前、運動神経いいな」
「はい、運動神経には自信があります!」
ロボットの反応も上々のようだった。コンピューターは巧みに桃乃の動きをフォローしているようだった。さすがコンピューター自らが最高のパイロットだと選んだだけのことはある。桃乃とロボットの連携の取れた動きに、隼人は舌を巻くしか無い。
桃乃はロボットの足で災獣を蹴って着地した。
「そろそろ止めを刺しますが良いですか?」
「ああ、思いっきりやってやれ」
「では、ハヤトサンソード!」
ロボットは長い鉄の剣を抜いた。なぜまた俺の名前をと思ったが、パイロットの邪魔をする必要はない。黙って状況を見守ることにする。
「たああ! 一刀両断にします!」
桃乃はロボットを走らせ、宣言通りに敵を一刀両断に斬り伏せた。災獣は爆発し、赤い炎の中に消え去った。戦いは終わった。ハヤトサンダーは剣を収めてポーズを決めた。
「では、飛び去りますね」
「このロボット飛べるのか?」
「はい、その機能があるみたいです」
聞くまでも無かった。桃乃とロボットはまるで一心同体のようだった。
ハヤトサンダーは飛び去り、後には呆然と見上げる国防軍が取り残された。
後の現場の片づけは国防軍の仕事だった。
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