第3話 彼女を連れてきてロボットに乗せた
太い車道をバイクに乗って風を切って走っていく。
バイクに乗るなんて桃乃には初めての体験だった。気持ち良くてどこまでも行けそうな気分だった。
彼の背中に頼もしさを感じ、しっかりと腰に抱き着きながら桃乃は訊ねた。
「隼人さんは高校生なんですか?」
「高校ならもう卒業したぜ。今はそうだな……ロボットのあるところで働いている」
「へえ、凄いんですね」
「別にそんな凄かねえよ」
本当はそこで働いてもねえしな。小学生を相手に少し誤魔化したことを苦く思いながら隼人は前を見た。
桃乃は何も気にせずに話を続けた。子供らしく純粋な興味を示して話をする。
「バイクの免許持ってるんですね」
「バイクの運転ぐらい出来ねえとロボットの操縦なんて無理だろうからな。軽く取ってきたぜ」
「隼人さんはロボットを操縦する人になるんですか?」
「どうだかな。着いたぜ」
旅は意外とすぐに終わった。もう少し長くても良かったのにと思いながら桃乃はバイクから降りた。
その場所は町はずれの山間に広がる草原だった。その先には工場のような建物が見えた。バイクを降りて隣に立った隼人が言う。
「ただの工場に見えるだろ? だが、これの凄いのは地下にあるんだぜ」
「地下に?」
その凄いのがどんな物か桃乃には想像できない。地下というのもなじみの無い場所だった。バイクを押す彼と一緒に建物へと近づいていく。
彼は入り口の横でバイクを止めて、桃乃に向かって言った。彼の眼差しに見つめられて、桃乃は少し頬を上気させてそわそわしてしまった。
「あんたに来て欲しい目的の場所はこの地下にあるんだ。どうする? 引き返すなら今のうちだぜ」
「あたし、行きます!」
桃乃の答えは決まっていた。かっこいい運命の彼が連れてきてくれたのだ。行く選択しかなかった。
少女の元気のある返事に隼人は少し驚いていた。
半ば強引に連れてきてしまったが彼女は臆病に逃げたりせず、勇気を持って突き進む強さを持っていた。
その事に嬉しさと戸惑いを感じながら、隼人は口元に僅かに笑みを浮かべて桃乃に言った。
「そうかい、度胸はあるじゃねえか」
「はい! 度胸には自信があります!」
桃乃は喜んでいた。連れてこられた不安は何も感じていなかった。
隼人としては嫌だと言っても彼女を強引にでも連れていって、パイロットにふさわしくないことを証明するつもりだったが、彼女はなかなかどうして勇気があるようだった。
さすがパイロットに選ばれるだけのことはある。隼人は少し悔しく思いながら彼女の顔から目線を逸らせた。
桃乃としてはかっこいいお兄さんの役に立って良いところを見せたいだけだったが。
隼人は小学生に嫉妬するような見苦しい真似は見せず、ぶっきらぼうに言った。
「じゃあ、行くか」
「はい!」
桃乃は元気に答える。学校の先生から元気があって良いねと褒められる持前の明るさで。
隼人が先生なら同じように元気があってよろしいと褒めてやるところだったかもしれない。
もっとも今回は褒めてやるために彼女を連れてきたわけではない。
彼女がパイロットにふさわしくないと証明するために連れてきたのだ。
いかに元気な彼女でも、ロボットに乗って戦えるかは分からない。
隼人は桃乃と一緒にエレベーターに乗った。桃乃はわくわくと弾むようにしてついてきた。見ているだけで彼女がやる気なのが伝わってくる。
「あんた、恐くないのか?」
「何がですか?」
桃乃の答えはあっけらかんとしている。隼人は思わず鼻の下を擦ってしまった。
「参ったな。最近のガキは肝が据わってやがるぜ」
エレベーターが到着の音を鳴らし、二人は降りた。そこは地下に大きく広がる格納庫だ。桃乃は高い天井を見上げてはしゃいだ。
「ここが隼人さんの言ってた地下なんですね。ひろーい」
「まあな。あんまり遠くへ行くなよ」
「はい!」
桃乃は両手を広げてくるくる回っている。こんなところはガキだなと思いながら隼人がそんな彼女を眺めていると、博士がやってきて声を掛けてきた。
「連れてきたようじゃな。ロボットに乗るパイロットを」
「ああ、あの子がそうだ」
気づいた桃乃が元気に走り寄ってきて、ぺこりと頭を下げた。
「桜田桃乃です! よろしくお願いします、お爺さん!」
「最近の子は礼儀正しいのう」
博士はすっかり上機嫌だ。最高のロボットと最高のパイロットが揃ったのだ。彼の気分が良くなるのも当然だろう。
その事に自分は無関係だ。隼人は面白くない思いで床を蹴った。
だが、ここからは違う。今こそ間違いを証明する時だ。隼人は改めて前を向いて言った。
「それでこの子に何をさせるんだ? パイロットになるためのトレーニングから始めさせるのか?」
「あたしあんまり運動が得意じゃありませんけど」
トレーニングと聞いてさすがの桃乃も少し緊張した顔をしている。
やっぱり小学生だよなと隼人は安心の心地を得た。
そんな不安気な顔を見せる小学生の女の子を相手に、博士は堂々と言い切った。
「パイロットが来たならやる事は一つしかない。ロボットに乗るのじゃ!」
「いきなり乗っていいんですか?」
桃乃はおっかなびっくりだ。隼人だって驚いている。何の訓練も教育もせずにいきなりロボットに乗れなんて常識外れにも程がある。
ましてや桃乃はただの小学生だ。普通は高い知識と体力が無いとパイロットとしてのスタートを切ることすら出来はしない。
だが、博士は全く気にせずに小学生の女の子にロボットに乗れと再び言い放った。
「そのためにお前はここに来たのじゃ!」
博士にはやる気しか無かった。小学生の女の子をロボットに乗せることに何のためらいも持っていなかった。
さすがに元気さが持ち味の桃乃でも視線を彷徨わせていた。
隼人が何を言う間もなく、博士は話を決めてしまう。
桃乃の物問いたげな視線が隼人を見た。その戸惑いに揺れる視線は語っていた。本当にロボットに乗っていいんですかと。
彼女も出来れば期待に応えたいようだったが、さすがにいきなりこんなロボットに乗るとなるとどうしていいか分からないようだった。
専門知識も経験も無い小学生の女の子がいきなり連れてこられて乗れと言われているんだから無理もない。
隼人としては彼女には乗ってもらわないと困る。実際にやってみなくては適正があるのか本当は無いのかも証明できない。
だからここは心を鬼にして、彼女に言ってやることにした。
「ああ、このロボットに乗ってもらうために、あんたにはここへ来てもらったんだ」
こうなっては早く彼女がパイロットにふさわしくないと証明した方が桃乃にとっても良いだろう。博士も子供に無理なことはさせないはずだ。そう信じたい。
隼人が少しの後ろめたさを感じながら言った言葉に、桃乃は決意を固めて頷いた。その瞳はやる気に満ちていた。
「分かりました。隼人さんがそう仰るなら、あたしロボットに乗ってみます!」
「お……おお、そうか」
元気で思い切りのある小学生だ。改めて隼人はそう思う。
「良い心意気じゃ! では、さっそく乗るがいい!」
博士が調子良くリモコンのスイッチを押すと、ロボットのコクピット近くの床から昇降機が降りてきた。頼りないエレベーターのようなそれに乗って、桃乃は足元を気にした。
もしかして高い所に上がるのが苦手なのだろうか。隼人は彼女を心配して声を掛けた。
「無理なら無理と早く言っていいんだぜ。俺達もあんたの嫌がることは無理強いしないからな」
「大丈夫ですよ。あたしやります!」
桃乃の顔はやる気に満ちていた。意気揚々と決断の言葉を発して、スイッチのボタンを押した。桃乃はわざわざ敬礼までして見せて昇降機に乗って上に上がっていった。
「ここは軍隊でも国防軍でも無いんだが……」
「やる気があって結構なことではないか」
隼人と博士は上に行く彼女を見送った。
「さすがはロボットの選んだパイロットじゃな。堂々としておる」
「態度だけは認めてもいいかもな」
上の足場を歩いてロボットのコクピットまで辿りついて、桃乃は身を屈めて中に入っていった。博士と隼人は下から見守っていた。
さて、ロボットはどう動くのだろう。少し離れた方が良いのではと隼人は思ったが、博士が動かなかったのでその場にいた。
しばらく待ってもロボットは動かなかった。代わりに桃乃がコクピットから顔を出して言ってきた。
「動かし方が分かりません」
パイロットの純粋な言葉に博士が答えた。
「まずは動力のスイッチを入れるのじゃ。後はお前さんに最適化されたコンピューターがフォローしてくれる」
「え……と、ボタンがたくさんあって」
「隼人、教えてこい」
「仕方ねえな」
隼人はやれやれと思いながらも、あこがれのロボットに近づける喜びに少しウキウキしながら昇降機に乗って上に昇った。
そんな浮かれた感情は悟られないように、真顔で気を引き締めてコクピットの中にいる少女に声を掛けた。
「ボタンが分からないのか?」
「はい、たくさんあって……」
隼人は外から身を乗り出して中を覗き込んでみるが、その角度では薄暗いコクピット内のスイッチ類はよく見えなかった。
「ちょっと入るから横にずれてくれ」
「はい」
桃乃は椅子の上で横に身を寄せた。隼人は彼女の隣に座ってスイッチ類をチェックした。
「これだな」
Pawerと分かりやすく書かれてある。小学生には難しかったかもしれない。
隼人はその電源のボタンを入れた。ロボットが起動し、コクピット内に光と画面が灯った。
「凄い! 隼人さん!」
「別に。ただ電源を入れただけだろ?」
ただスイッチを入れただけなのに彼女が妙に上機嫌で褒めてくれるものだから、隼人は照れてしまう。灯った画面に目を向けた。
「それより何か表示されているぜ」
「なになに、ロボットの名前を決めてください? 何にすればいいんでしょう?」
訊かれても隼人に特に素晴らしい案があるわけではなかった。
自分のロボットならやる気に満ちて考えただろうが、あいにくこれは桃乃のロボットだった。素晴らしい案は自分のために取っておきたかった。適当に答える。
「何でもいいんじゃないか? あんたのロボットなんだから、あんたの好きに決めればいい」
隼人にとっては所詮は他人の持ち物だ。パイロットが決まっているのだから、そのパイロットが好きに決めればいいと思う。
「うーん……」
桃乃は頬に指を当てて少し考え、やがてその答えを決めたようだ。指を下ろして言った。
「じゃあ、ハヤトサンダーで」
「何で俺の名前だよ!」
「フフ」
桃乃の嬉しそうな顔からは、彼女の考えが読み取れない。ロボットに乗る緊張ももうすっかり感じていないようだった。小学生でも油断は出来ねえなと思う隼人だった。
桃乃は指で文字を打っていく。隼人は少し恥ずかしかったが、好きに決めていいと言った手前、特に反対する言葉を持たなかった。
名前の認証を済ませ、桃乃は満足する顔をした。画面が操縦モードに切り替わる。いよいよロボットを動かす段になったのだ。
「じゃあ、俺は外に出てるから」
「え? もっと見ててくださいよ。また分からないところが出てきたら困るし」
「いいけど、狭くないか?」
「大丈夫ですよ」
「そうか? 仕方ねえな」
コクピットの中は二人で乗るのには狭いと思ったが、桃乃に頼まれ、ロボットに興味のある隼人としては特に断る理由は無かった。
ロボットの動く現場に乗り合わせられるなら歓迎とも言えた。
「じゃあ、ちょっと移動しますね」
「お……おう?」
早速ロボットの操縦を始めるのかと思ったが、桃乃は操縦桿に手を触れる前に腰を上げた。
移動したのはロボットではなく桃乃の方だった。彼女は隼人の横から膝の上へと移動した。
彼女の体重と匂いに隼人は少し照れくさくなってしまう。桃乃は子供らしいはにかんだ笑みを向けてきた。
「へへ、こっちの方がやりやすいです」
「あんたがそれでいいならいいけどよ」
隼人が見ている前で、桃乃は二本の操縦桿をそれぞれ右手と左手で握った。ロボットのコンピュータがパイロットの最適の位置になるように自動で調整される。桃乃の頭越しに見ながら隼人は訊ねた。
「あんた、ロボットの操縦の経験は?」
「初めてです。隼人さんは?」
「俺も初めてだな。本で基本的な操縦のやり方は読んでいたんだが」
「隼人さんは読書家なんですね」
「そんなもんじゃねえよ。自分の好きなことなら勉強すんのは普通だろ」
「うーん、あたしは勉強はあんまり好きじゃないです……」
桃乃が苦笑いしながら操縦桿を動かそうとする。博士の話ではパイロットに最適化されたコンピューターが操縦をフォローしてくれるということだったが、ロボットはどう動くのだろうか。桃乃に運転出来るのだろうか。隼人は緊張に息を呑み込んだ。
ロボットの起動に合わせて、近くの足場が横にどいた。
桃乃の手がいよいよ操縦桿に力を入れて動かそうとする。その時だった。警報が鳴った。
桃乃が手を止め、隼人は顔を上げた。
ロボットと工場のモニター画面がニュースの映像を映し出した。
『ディザスター08が出現。付近の住民は避難してください!』
災獣が現れたのだ。番号は今年に入って何番目に現れた災獣かを示している。
湾岸のコンビナート地区に災獣が現れ、炎を吐いて暴れていた。
桃乃は慌てて操縦桿から手を離して言った。
「避難しなきゃ!」
こうした時の対処法として小学校で習った避難訓練を実践しようとするのは分かる。隼人は落ち着いてそんな彼女に声を掛けた。
「大丈夫だぜ。この地下の工場は頑丈に出来ているからな」
「そうなんですか」
隼人の落ち着いた言葉に、桃乃も落ち着いて息を吐いた。
「だが、すぐに避難できるようにはしておいた方がいいかもな。降りるか」
「はい」
隼人は桃乃に声を掛けてロボットから降りようと思った。だが、それに待ったを掛けてきた人物がいた。博士だ。
「それには及ばん!」
「何でだ?」
「ロボットの中にいた方が安全なんでしょうか」
隼人も桃乃もこのまま国防軍が災獣を倒すのをいつものように待つのかと思っていた。だが、博士の考えは違っていた。彼はそうするのが当然とばかりに言った。
「災獣が現れたのなら都合がいい。このまま奴を倒しに行くのじゃ!」
「正気かよ! 桃乃はまだ訓練もしていないんだぞ!」
「大丈夫じゃ! わしを信じろ!」
「信じろって……」
「大丈夫です。あたしならやれます!」
桃乃は力強く言い切って操縦桿を握り直した。博士は満足気に頷いた。
「桃乃ちゃんの方がよっぽど肝が据わっておるのう。さすがパイロットに選ばれた少女じゃ!」
「まったく……仕方ねえな」
パイロットに選ばれた少女が決めているなら、選ばれていない少年の出る幕では無かった。
隼人は少し苦々しく思いながら息を吐いた。
邪魔にならないようにロボットから出ようと思ったが、桃乃に声を掛ける暇も無かった。
「では、出撃じゃ!」
博士は本当に人の迷惑や都合を考えない人だった。桃乃が決意を告げるや、すぐにボタンを押していた。その瞬間、強烈なGが掛かった。
「ちょ、おわ!」
「うっ」
ロボットはすでに射出機に乗せられた状態だった。地下から勢いよく投げ上げられ、天井が開くや二人の乗ったロボットは大空高く放り上げられていた。
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