第25話 鬼、纏う者
アキラの体が炎に包まれる。
中々の威力の爆発だ。TNT換算にして30gといったところか。凡そ対人地雷並の威力。緋々色鎧がなければ手足の欠損は免れなかっただろう。
しかしオブジェクト<緋々色鎧>により外傷は皆無、THAADがやられたのは不意を付かれたからだろう。
アキラは天羽々斬を振り下ろし、黒煙と炎を薙ぎ払う。
「なるほどな……あのオブジェクトの構造、大体分かった」
『アキラも気付いたか、ならばやることは分かっているな』
周囲を見渡すが、シオンの姿が無い。爆発の隙に身を隠したか、逃亡したか。
人の僅な動きによる空気の振動、熱源からシオンの居場所の特定を開始する。
「あの爆発を受けて生きているなんて、流石は元THAADだなっ!」
どうやら探す手間が省けたようだ。
発声による空気の振動で音源を特定できた。
阿頼耶識の予測演算により、空気の流や反響音から、近くにあったコンパクトカーの背後にシオンの像が写し出され。
アキラは天羽々斬の持ち手を変え、銃口を車に向けてアキラは引金を絞る。けたたましい銃声と響きともに発射される徹甲弾は、金属音を撒き散らし車体を瞬く間に半壊させていく。
引金に掛けた指を放すが、弾倉を取り出そうと腰に手を回す。だが弾が無くなったわけではない。弾が無くなったと思い込んだ素人を誘き出すためだ。
シオンが身を体を伏せながら、Ak-47を構え走り出てきた。
相手の弾数を数えない素人は、このような単純なフェイントに引っかかる。
気づいた時には遅し。
アキラから突き付けられる銃口にシオンの顔が凍りついた。
ほぼ同時、二人は引金を引く。空気を穿ちなが進む両者の弾丸は、僅か1㎜の隙間を空けすれ違う。
アキラは次第に迫りくる弾丸をただ見据えている。
私が情報処理を肩代わりしている影響で、アキラは実際数秒足らずの時間を数分に感じられているのだ。
避ける理由は無い。阿頼耶識の軌道予測では、互いの頬を1㎝掠めると出ていたからだ。
乗り捨てられた車の密林を掻い潜りながら、突きつけ合う互いの銃口が激しく火花を散らす。
「……っ!」
豪雨のような弾丸の雨の中、一発の弾丸がシオンの剥き出しの右肩に掠めて
追撃を仕掛けようとするアキラであったが、彼女が上げた苦悶の呻き声に情が絆されたのか、引き金から指を放し、その隙にシオンは車の影に隠れてしまう。
しかし、どうやらシオンは運が良い方らしい。弾丸の雨の中、肩を掠める程度で済んだ。いや違うな、アキラの射撃の腕前のお陰だな。
『アキラ、狙ったな?』
「端から殺すつもりなんかねぇんだ。当然だろ?」
情に絆された訳ではなかった。情だけで言うなら既に絆されている。元からアキラは彼女を止めに来たのであって殺しに来たのではないからだ。
アキラも車の影に隠れ、形だけの射撃体勢を取る。阿頼耶識で写し出された車の影に隠れ悶えて俯くシオンに照準を合わせる。
「なぁっ! 痛ぇだろっ! もう止めにしねぇかっ! こんなことして何の意味がねぇ!」
アキラは声を張り上げ、説得を試みた。
「うるさいっ! アンタにアタシの何が分かるんだっ!」
予想通りこの程度の安い言葉に絆されるシオンではなかった。そうであればそもそも戦争など起こさないだろう。
「分からねぇよっ!? お前何も話さねぇしっ! その癖分かって欲しいみてぇに駄々を捏ねやがって!」
シオンには何か直向きに抱えこんでいる。
それが彼女をテロという行為に駆り立てるものだということは察しがついていた。
しかし何も話さず全て分かれというのは無茶な注文だ。つまり自覚など無論、無いだろうが、シオンは分かって欲しくて、傷ついた心を癒して欲しくて、アキラに甘えているのだ。我が儘をいう天の邪鬼な妹ように。
我が儘いう妹など兄貴冥利に尽きるところだが、彼女の心の傷が戦争を起こしてしまうぐらいに拗らせているところを見るに我が儘というには過激過ぎる。
「うるさいっ! 兄貴ならアタシの気持ち分かってくれると思っていたのにっ!」
叫び声を上げ、黒いジャッカルとともに突っ込んできた。
「勝手に期待して、勝手に失望しただけだろ。そりゃあ……そいつに気づけなかった俺も悪りぃんだけど……」
ボソッとアキラは愚痴を溢す。
『万能な存在などいないさ、誰も責められないよ。君が責任感じる必要もない。結局のところ自分の弱さに向き合えなかった彼女自信の責任だ』
アキラはジャッカルに照準を合わせ発砲。
彼女のオブジェクト、黒いジャッカルの構造解析は済んでいた。
ジャッカルの体は凖安定で配置された異種バリオンで出来ている。恐らく我々が防御で使用しているオブジェクト<緋々色鎧>と同系統のオブジェクトだろう。
シオンの身体とジャッカルは青白い糸で繋がれている。これは非局所性示したたものを阿頼耶識で視覚情報に変換したものだ。
強い衝撃や意図的に励起状態へ転移し、爆発を起こす。
その起爆スイッチとなるのが、青い糸の先端のEPRペアと呼ばれる二つの粒子。
片方の粒子を観測すると、もう片方の量子状態が確定的判明する。
一つの粒子の状態が確定する事で、全体の異種バリオンが不安定な高エネルギー状態、即ち励起状態になる。
その演算を担っているのが、彼女の右目の量子コンピュータ。私やケェリィアより一世代前の演算装置。人工意識は搭載しておらず、脳神経と接続し、演算補助を行うタイプだ。
放れた弾丸は空気を切り裂き進む。
命中――
しかし、額を貫いた弾丸は衝撃を与え、爆発するはずが、励起状態に転移すること無く、依然迫ってくる。
『低質量の物質での攻撃では励起状態には出来ないようだな』
「なら、本体を狙うっ!」
シオンの足に向けて発砲。しかし――
『なっ!』
「マジか!?」
ジャッカルと同じ、撃ち抜いた筈の足に傷は無い。
真っ直ぐ此方に向かってくる彼女の顔は人形のように無表情。アキラが傷つけた肩の傷もない。
スペクトルの偽装まで施しているとは、阿頼耶識でも認識が遅れた。
人の形を模した爆弾とは、なかなかえげつない事を考える。これを死体に偽装すればブービートラップにもなりうるな。
車を乗り越え襲いかかる三体の爆弾。アキラは立ち上りその場から離れ、再び車の密林の中を駆け抜ける。
『しかし、解せない……何故君はシオンを止めたがっている?』
「なんだよっ! こんな時にっ!」
ジャッカルは機動性が高く素早い。本物のジャッカルと遜色のない動きで、車を掻い潜り、獲物である我々に迫ってくる。
『シオンが抱いているものは、君がレイズに対して抱いているものと同じものなのではないか? 彼女はアデニ氏が殺され復讐心に駆り立られている』
10時の方向に不自然な空気の流れを観測する。挟撃ちを仕掛けるつもりなのだろう。
アキラが腰に装着したメディカルポーチに手を伸ばす。
アキラが取り出したのはを東洋の鬼をモチーフにしたフルフェイスマスク。アイマスクは無く金属性のバイザーが取り付けられ、角のように取り付けられたカメラと両端のカメラにより視界を取り入れる構造になっている。
圧縮酸素ボンベ搭載し、専ら水中工作の際に使用するもので、THAAD時代の潜水訓練時から愛用していたものを改良したものだ。
『同じ思い持った君は、彼女に同意し手を貸すことはあっても、彼女を止める行為には至らないはずだ』
突如、前方にAk-47を構えるシオンが現れる。
慌てる様子もなくアキラは立ち止まり、冷静に徐にマスクを装着する。
「さあな。何でだろうな……紅、鬼装纏衣」
『了解』
<
<階層性ディスバランサ強制崩壊開始。凝縮グルーボール解放>
至近距離に迫っていたジャッカル達が襲いかかり、アキラの身体に噛みついていく。最後にシオンの人形の腕が首に回され、振動を始め、光が放たれた瞬間――。
爆発――。
さっきの爆発とは比に成らない熱量と衝撃が襲う。
零距離での爆発。
その眩い閃光と激しい爆炎は我々の視界を一瞬に奪っていくが――
包まれる炎の中、アキラの身体の回りを無数の青白い|弦<いと>が、まるでプラズマボールのような触手状の激しく動き回る光となり、爆発の衝撃と熱量を防ぐ。
<
次第に機織りの如く紡がれる弦、織り合わさっていき、強靭なプロテクターに変わっていく。
アキラの身体は金属のような鈍く黒い輝きを放つ外骨格に覆われ、関節部は焔のような真紅の輝きを放ち、動く度に火の粉が弾ける。
「……なんだよ……それ……」
気力が蒸発していくような声を漏らすシオン。表情は陰り、瞳孔が散乱し、軽く開かれたまま口元は震え、恐怖を感じているのは容易に理解できた。
彼女の目にはアキラの姿が灼熱の炎より出でる鬼か悪魔に見えたことだろう。
「
取っておきその2、オブジェクト<緋々色鎧・鬼装纏衣>
何重にも折り重ねた凖安定状態のバリオンを全身に纏うオブジェクト。通常の緋々色鎧より大量のクォークと
「こいつは俺が持つオブジェクトの中で最高の防御力を誇るオブジェクトだ」
銃剣・天之羽斬を肩に担ぎ、アキラは悠然とシオンへと歩み寄る。
アキラ威圧に気圧され、後ずさるシオンの表情は石のように固くなっている。
正直、鬼装纏衣など使用する必要など無い。彼女との戦闘はクォークとグルーオンの消費量からして割りに合わない。
彼女に戦力差を見せつけることにより心を折ることが狙いだ。だが――
「こ――」
「
挑発的な言葉でシオンの台詞を遮ったアキラは、指で手招きをしたことで、彼女を焚き付けてしまったようだ。
「馬鹿にしてっ!」
安い挑発に乗り、顔を真っ赤したシオンは懐から長さ3㎝程の金属筒を三つ取り出し宙へ放り投げる。
金属筒は中央から二つに割れ、中から青白い粒子が放出される。
忽ち粒子が集り、形を成していく。
「まるでサバナだな……といっても映像でしか見たことがねぇけどな」
赤く輝く眼光、黒い毛で覆われた巨体。
かつてアフリカ南部のサバナに生息していたウシ科の生物、ヌーの群れが道路を締め付けた。
2052年の氷河期に陥ったこの時代において生存しているのは、南米にある動物保護区域に数頭のみである。
「……スタンピード……合計200体、これなら、あんたでも無事じゃすまないよな?」
しかし、構築されたヌーは動作がぎこちなく機械的で、ジャッカルより生物らしさを欠いている。
先程から
発想は面白いが、残念だ。
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