第6話 「オネェさんのお願い」

 結果的にアリスの尾行は失敗に終わった。

 言うまでもないだろうが、残念な人達を鎮めて帰らせるのには苦労したよ。何だろうね、オタクとオタクだから一度かち合うと激しく燃えちゃうみたい。

 今後も明日葉さんと撫子さんはぶつかるかも。まあぶつかれるほど距離が縮まってきたとも言えるけどね。

 さて、今はその日から時間が経っているわけですが……俺はとある喫茶店に訪れています。撫子さん達の暴走を止めるためにもアリスから事情を聞かないといけないからな。

 ちなみにこの場所を指定したのでアリスの方なので、何が美味しいとかそういうのは知りませんのであしからず。

 店員に案内されて窓側の席に座り、それぞれ飲み物を注文すると向かい側に座ったアリスが話しかけてくる。


「ふふ、零次からお茶に誘ってくるなんて珍しいじゃない」


 色気のある声でそういうことやめてもらっていいですか。

 ここ俺の部屋じゃなくて喫茶店なの。客の目もあるんだからね。今時の女子の中に腐っている方も居るだろうし、誤解されちゃうでしょ。ボソッとだけどそれっぽい声が聞こえたし。

 あと店員さん、ちょっとドキドキしてそうな顔するのやめてもらっていいですか。断じて俺とアリスはあなたが考えているような関係ではないので。早く俺のコーヒーとアリスの紅茶を置いて仕事に戻りなさい。

 そう思っていると、その店員は別の客に呼ばれて去って行った。

 俺はそれを見届けながら手元に来たコーヒーを一口飲む。一度心を落ち着かせなければ……


「……まあ、たまには良いだろ。ここ最近は色々あって前ほど男だけでってこともなかったんだから」

「そうね。零次の周りの女の子も増えたわけだし」


 何故に俺だけ増えたように言う?

 少なくとも俺の周りの女子はお前の知り合いでもあると思うのだが。

 まあアリスをオネェとして扱った場合、純粋な男というのは俺だけになるかもしれないが。しかし、アリスはオネェでも男寄りだ。その証拠に恋愛対象は普通に女だと以前に言っていたし。


「何だその意味ありげな言い方は。俺が理由で増えているような言い回しに聞こえるんだが?」

「そういう風に言ってるのよ」

「あのな……増えた理由の大半は撫子だろ」


 撫子の知り合いがムラマサであり、そのムラマサの知り合いがエルダだったのだから。

 俺があのメンツに紹介したのは明日葉と京華くらいなもんだぞ。でもこのふたりは撫子やアリスにとっては昔から顔見知りとは言えるだろうから、知り合いを増やしたのはやはり撫子だろう。


「でもワタシと撫子を繋げたのはあなたじゃない。最近では明日葉ちゃんもだけど。結局のところ、元を辿ればあなたに行きつくのよ」

「そいつは暴論だと思うんだがな。明日葉に関しては認めるが……」

「もう、そういうところは頑固なんだから」


 頑固も何も……自分が変人を集めている張本人と言われて、素直に肯定できる人間はいないと思うのだが。そこで肯定できるなら紛れもなく変人だろうし。

 類は友を呼ぶ。

 それを体現しているのは自分ではない。そう思いたいのは常識人としては当然だと思う。少なくとも俺は自分のことを常識人だと思っているのだから。


「まあ……そうやって誰に対しても態度が変わらないのが零次の良いところなんだけど」

「……いや変わりますよ。相手がおかしければおかしいほど言動は冷たくなりますよ?」

「そうね。でも相手がどれだけ普通じゃなくてもなんだかんだで相手はするじゃない?」


 そりゃあ……話してみれば案外まともかもしれないし。会話が成立するならどうにかなることも多いからね。

 まあ一方的に言葉を投げつけてくる奴は無理だけど。それはもう変人じゃなくて傍若無人だから。変人耐性のある俺でも無理というか相手にしたくない。


「まあこのへんはいつでも出来るから置いておくとして……今日はどんな用件があるのかしら?」

「それはだな……その顔からして大体予想ついてるんじゃないのか?」

「それは否定しないわ。この間も撫子達と一緒にワタシを尾行してたみたいだし」

「気づいてたのか?」

「零次みたいに普通にされてたら気づかなかったでしょうけど、あなた以外は気づかれないようにして逆に目立ってからね」


 ですよねー。

 通行人が居る場所で物陰に隠れながら移動とかしてたら逆に目立つよね。それ以外にも言い争ったりもしてから気づかれる要因は多々あるんだけど。


「どうせ今日も撫子から頼まれた……ではないっぽい顔ね。ということは、撫子の相手をするのが面倒になってきたから自分から動くことにしたって感じかしら?」

「ご名答」

「賞品はあるのかしら?」


 財布とスマホ以外持ってきていない奴に何を言うとるんですか。あげれてもこの紅茶分の代金くらいですよ。だからってあげないけどね。


「俺に撫子に渡す情報を提供する時間をやろう」

「それって逆に損してない?」

「俺との友情は育まれる」

「なるほどね。確かにそれはワタシにとっては十分な報酬かもしれないわ」


 そうでしょそうでしょ……でも何で周囲に聞かせるようなトーンで言ったのかな。またまた周囲(主に女子)の視線がこちらに向いてるんだけど。

 ねぇわざとなの?

 わざとこういう空気を作ろうとしてるの?

 それだとお兄さん的には許容できないな。だってお兄さんはノーマルだから。

 BなLが好きな人を否定するつもりはないけど、自分がその対象に入ったりするのはダメだから。そういうのは妄想の中だけでやって口とか視線には出さないでください。僕は普通に女の子が好きです。


「なら手短に話してもらおうか」

「ワタシとしてはゆっくりと語りたいのだけど?」

「俺の精神的に手短でお願いします」


 この喫茶店のお客さんは少し危ない人が多そうなので。

 男子からの嫉妬めいた視線も嫌だけど、女子から向けられるピンクやら黄色めいた視線も嫌ですね。だって自分が何かしらのカップリングやオカズにされているかと思うと、やっぱり落ち着かないじゃないですか。


「仕方ないわね。でも女の子にそういうことしちゃダメよ? 早い男は嫌われるから」


 その言い回しは悪意がないですか?

 早いって何を指してるの。早いってあれだよね、気が早いっていうことだよね。

 断じてアッチが早いとかそういう意味じゃないですよね。そっちだったらまだ経験がないので僕は分からないですよ。

 というか、アリスさんはすでに経験されてるんですか。関係に亀裂が入りそうだから口にはしませんが。


「それで?」

「そういう強引なところも良くないわよ。場合によっては良いことだけど♪」

「さっさと話してもらっていいですか」


 そういう話はせめて二人っきりの時にしてくれませんか。恋愛面だろうがエッチぃことだろうがその状況なら話してやるから。

 アリスは小さく息を漏らすと、紅茶を一口飲んでからこれまでよりも真面目な顔で話し始める。


「別に大した話じゃないわよ。撫子あたりはワタシが忙しくしてるのは伊集院さんと付き合ってるとか思ってそうだけど」

「違うのか?」

「違うわ。あの子には相談に乗ってもらってただけ」

「相談?」

「ギルドリーダーを決める時に軽く服のデザインとかしたいって言ったでしょ?」


 そういえば……そんなことを言っていた気がする。

 ここ最近撫子と一緒に居る時間が長かったせいか、記憶が圧迫されてうろ覚えになっているが。


「ああ……でも何でそれと伊集院さんが関係するんだ?」

「それはね、伊集院さんのお母様ってファッションデザイナーらしいの。伊集院さんも意見を求められたりするらしいし、ドレスみたいな一般的な女子が着ないものも着てるみたいだしね。だから最近の流行りとかデザインのことを教えてもらってたの」


 ふむ、なら楽しそうな雰囲気だったのも納得は出来るな。

 伊集院さんからすれば自分の興味のある話をしているだろうから自然と口数は増えるだろうし、アリスも真剣に聞いているわけだから気になったことは質問をするだろう。

 美男美女の会話が弾んでいれば、はたから見れば楽しそうにデートしているように見えてもおかしくはない。だって人は想像する生き物だから。そこに妬みやらが入ると自分勝手に考えちゃうものだから。


「今日俺に付き合ってくれたってことはもう一段落したのか?」

「大体ね。だから零次と話したいって思ったの」


 ファッションに関する知識は得た。よし、次は零次ね。

 いやいやいや、その論理はおかしいでしょ。俺はファッションのセンスなんて人並みだから伊集院レオナ様よりも良いことは言えませんが!

 それ以上に息混じりの声でそういうこと言うのやめろ。周りが湧くだろ、偶然聞き耳を立てている見ず知らずのお嬢様方がフィーバーしちゃうだろ。

 マジでお願いだからやめてください。変な噂が広まって学校の連中にまで伝染したら学校に行きたくなくなるから。


「何でその流れで俺の名前が出てくる?」

「それは簡単よ。零次が明日葉ちゃんの好みを誰よりも知ってるから」

「……何でその流れで明日葉の名前が出てくる?」

「それはほら、撫子は二次元知識を活かして仲良くなれそうじゃない。でもワタシはあの子ほど詳しいわけじゃないでしょ?」


 お前まであいつほど詳しかったら俺の身が持ちません。これからもそのままで居てください。知識は有してもノリと勢いでネタを出すような人間にはならないでください。


「だからお近づきの印にAMOで服でもプレゼントしようかなって。街を出歩くためだけの服があっても良いだろうし、現実でいきなり渡すのはあの子も戸惑うだろうから」

「まあそうだな。……つまりアリスは、俺にその服作りを手伝って言うんだな?」

「そういうこと。ワタシの今のスキルレベルだと元のデザインを活かさないと上手く作れないんだけど、でもその元を作るのが地味に大変なの。だから零次に手伝ってもらおうかなって」


 さりげない流し目とか要らん。

 そういうこと自然にするからお前は撫子を苦しめるんだよ。自分は男子にすら女子力も乙女力も劣っている、と自覚させられちゃうの。

 撫子にとっては良いことだからそのままで良いけど、俺の相手にするのはやめて。


「別に手伝うのは構わんが……お前って人のために頑張る奴だよな」

「ふふ、ありがとう。まあそこがワタシの魅力のひとつだから。あぁでも、明日葉ちゃんはもちろんだけど撫子にも秘密でお願いね」

「明日葉は分かるが撫子にもか?」

「だってあの子……ふとしたことでさらっと言っちゃいそうじゃない。ワタシとしてはサプライズでやりたいの。明日葉ちゃんってそういうの経験少なそうだし」


 まあ友達と呼べる人間もこれまでは俺くらいのもんだったからね。

 中二病全盛期はよく分からん同僚の名前を口にしてたりしたけど。エア友達の存在を口に出さなくなったわけだからあいつも成長したよな。こうして振り返ってみると、俺も自身の努力を感じられる。


「まあ別にいいが……あとで撫子が腹かいても知らんぞ」

「それはそのとき何とかするわ」


 本当ですか?

 そのとき俺に押し付けるような真似をしてきそうで凄く不安なのですが。

 ちなみに『腹かく』って言葉は方言です。確か福岡あたりのものだったと思います。意味としては『腹を立てる』ってことです。いやはや、日本語って難しいというか面倒ですな。


「ならいいけど……用意する素材は俺達ふたりでどうにか出来るのか?」

「うーん……まあ大丈夫だとは思うわよ。クエストクリアの推奨レベルは30台のものが中心だし……でもグリフォンには苦労するかも」


 笑いながら言うことじゃないよ。どう考えても苦労するでしょ。

 だって俺は近接特化でアリスは回復支援がメインなんですよ。グリフォンさんは空を飛べるし、風属性の攻撃もしてくるんです。動きだって俺の慣れてるドラゴン系とは違うし、射撃系武器の奴や魔法使いは欲しいところっすよ。


「だからグリフォンの時はエルダさんにお願いするわ」

「…………」

「そんなに嫌そうな顔をしても手伝ってもらうからね。さっき手伝うって言ったんだから」


 いや確かに言いましたけど……そこでわざわざエルダリンデさんを使う必要はなくないですか。

 そのへんのプレイヤーに協力してもらってもいいわけですし。何でわざわざ俺の精神力を削る奴を選出するの。グリフォンを倒す上では理想的な攻撃役なのは認めるけど。


「というわけで……話もまとまったことだし、今日から素材集めと行きましょう。グリフォンはエルダさんへの根回しもあるから後回しするとして……今すべきことは明日葉ちゃんへの根回しね。零次をしばらく借りることになるわけだし、そのへんの準備はしておかないと」


 うん、そうだね……今だけ見ればありがたい。非常にありがたい。

 けども、後々のことまで考えると面倒なだけだ。絶対アリスとふたりで何をコソコソしていたんだ、とか聞かれる羽目になるし。アリスとふたりで何かしてたのなら自分とも、みたいな子供じみたことを言いかねないし。

 憎い……今だけはこのオネェの優秀さが非常に憎い。

 そういうのを発揮するのは、好きな異性相手か文化祭の準備が始まってからにしてくれ。その思いを飲み込むように俺はコーヒーを勢い良く飲むのだった。



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