恋愛観測物語

祭 仁

第1話デネブ・アルタイル・ベガ

 空を眺めると、彼女を嫌でも思い出してしまう。

 俺と彼女が出会ったあの空を。

 すれ違ってしまったあの夜を。

 さよならを告げたあの星を。

 思い返せば、彼女は俺の心を小さく照らす星空だった。

 そんな彼女との関係が少しずつ動き始める。

 ────満開の桜が葉桜に変わり高校生活の最後の1年がスタートした頃に。

「・・・今年も0か。」

 教室の窓から雲一つない空を見上げながら、ちょっぴり感傷的になる。

「じゃあ、ここのページを鶫屋つぐみや鶫屋つぐみやソラ。」

「はいっ!!」

 先生の名指しに、慌てて起立した。

 全く聞いていなかった、授業中という事も忘れるほど耽っていたのか。

「すみまっ・・・。」

「教科書18ページ3行目よ。」

 隣からの助け舟。

「あっ、えーっと、『今年はよく雨が降る。これでは君との約束を守れないかもしれない。・・・』。」

 何とか、その場を凌いだ。

「ありがとう。助かったよ、宇美うみ

「空なんて眺めてるから、いつも注意散漫になるのよ。」

「はっはっ…。」

 頬杖を付き、退屈そうに僕を一瞥した。

 その瞳は何処までも黒く、全てを吸い込む宇宙のようだ。

 真っ直ぐな黒髪も瞳同様、綺麗だ。

 その美しい容姿はまるで日本人形で、どこか儚く不思議な雰囲気を纏っている。

 彼女は、早乙女さおとめ宇美。

 天ノ橋高校3年A組、俺のただ1人の席隣りだ(窓側席だから必然的にそうなる訳だが)。

「続きのところを、えーっと、早乙女。」

 後ろもいないから、これもまた必然的にお隣さんになる訳で。

 慌てふためけ!

「はい。『星の降る街で、彼女と僕は甘ったるいメロンソーダを飲みながら雨が上がるのを待つ。…』」

 どや顔でこっちを見るな!!いちいち可愛いのが腹が立つ。

「残念だったわね、。」

 彼女は微笑し、含みのある言い方をわざとしているように感じた。

「色々、余計なお世話だ。」

 しかし、残念なことは確かだ。

 このままでは困ったことになる、いやなっている。

 四月も、もう終わる。

 そんな集中力の欠けた言い合いがメインの授業が終わる。

 さあ、いよいよ学生の本文、部活が始まる。

「入るぞー。」

 許可の声を待たず、部室のドアを開ける。

「あっ!ソラ部長、お疲れ様~。」

 そう元気良く迎える。

 黒縁眼鏡でありながら茶髪に大きなリボンというアンバランスさにもかかわらず、不自然に見えないのは地が良いからだろう。

 彼女は、天道てんどう織姫おりひめ

 3年D組でA組の俺の教室とは階が違うこともあり、休み時間には見かけない。

 でも、放課後はいつもこの天文部で顔を合わせていた。

 もう、2年間もそういう関係だ。

「部長はしてくれよ。2人しかいないんだから、織姫副部長。」

「あはは、それもそうだね…。」

 気を使った微笑みを零す。

 それもそのはずだ。

 言葉通り、俺たちはしかいないんだ。

 このまま行けば来年の廃部は免れない。今年だって、どうなるか。

「今日も行くの?ビラ配り。」

「いや、ビラ配りはさっきして来た。1枚しか受け取って貰えなかったけど…。」

 もう、この時期だ。

 受け取った子も、きっとお情けだろうけど。

「今日は天気も良いし、久々に屋上に行かないか?」

「それって、天体観測するってこと?」

 彼女の顔が嬉しさからか、夕焼け色に染まる。

 本当に星が好きなんだな。

「するってこと!準備、少し急ごう。」

「うんっ。」

 もう四月も終わろうとしているが、とは言っても四月。

 日が暮れれば、少し肌寒い。

「はい、ソラ君。」

 望遠鏡を組み立てている俺に、そっとブランケットが被さる。

 沢山の星が散りばめられた柄は、なんとも女の子らしくて暖かい。

「出来た。織姫、ピント合わせてないから調整は頼むな。」

「はい、はーい。」

 黒縁眼鏡を胸ポケットにしまい込み、レンズを覗く。

 をなくした彼女の顔は、可愛らしい。

 そんな彼女を見つめられるのは、もう俺だけの特権に感じてしまう。

 だから、俺は「眼鏡を外した方が、可愛い。」なんて言わない。

 まだ、自分だけの特権にしておきたいから…。

「あっ!流れ星。」

 彼女は、望遠鏡から目を外し空を見上げる。

 俺は、彼女から目を外し同じ空を見上げる。

「わああ、綺麗…。」

 彼女の吐息が。

 星の降る空が。

 変な感情を引き起こしてしまう。

 いけない。どうにかして、いつも通りにしなければ。

「おっ…織姫。知ってるかっ?流れ星の大半は宇宙ゴミだって!!」

 彼女は、少し悲しそうな顔をした。

 その後、仕方ないなあ。という呆れた笑顔になった。

「そんなの関係ないよ。空から光って降ってくるなら、それは流れ星だよ!それにこんなに沢山降ってるんだもんっ、1つぐらい本物があるよ…そういうことにしとこ。」

 嗚呼、完敗だ。そんな笑顔で答えられたら、言い返せない。

「そうだな。じゃあ、1つぐらい夢叶うかもなっ。”新入部員が来ますように”。」

 俺は今の恥ずかしい空間を打ち破るかのように、大きな声で願った。

 二番目の夢を願った。

「ふっふ、そうだね。夢叶うかもね。」

「織姫は、何か願わないのか?」

 彼女は迷った顔を見せる。

「私は…いいよ。」

 少し寂しそうな顔に見える、気のせいか。

 ブランケットをしても寒く感じてきた。

 もう、流れ星も降りやもうとしている。

「寒くなってきたな。帰ろうか。」

「そうだね。」

 望遠鏡を部室に戻さなきゃいけない。

 ほとんど使わなかったな。

 ちょっとした運動不足の解消には丁度いい。

「望遠鏡戻すから、先行くわ。屋上のカギ頼むな。」

「うん、ありがとう。」

 屋上で見た彼女は、最後まで空を見上げていた。

 やっぱり、名前が物語っているように星が大好きなんだろう。

 「―――”どうか、どうか、このままで”」

 このとき織姫が降らした1粒の流れ星を、俺は知る由もなかった。






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