第34話 無政府テロのサンタさん
「ジン、鞄は持ってるか?」
北のポータルゲートに到着して、ジンにショットガンの弾を渡していない事を思い出し尋ねると、ジンが嫌々しながら服の後ろを捲ってうさぎちゃんの鞄を俺に見せた。どうやら恥ずかしくてずっと隠していたらしい。
「あら? 随分とかわいい鞄ね。私も欲しいわ」
「婚期を逃しそうな女性は可愛い物で寂しさを紛らわす傾向があるらしいぜ」
それでリボンを付けた白い猫が「ハロー」と言いながら稼いでるけどな。
「…………」
俺の言い返しにカタリーナがショックを受ける。
「ほら、ショットガンの弾だ。ところでお前は人を殺したことはあるか?」
質問するとジンはショットガンの弾を鞄に入れながら首を左右に振った。
「相手を人と思うな、襲って来るのは人の容姿をしたクソだから汚れない内に処分しろ。それと、殺人鬼からのアドバイスだ、楽しめ」
ジンが困惑な表情を浮かべて頷く。
「酷いアドバイスだな。だが、それぐらい思ってないと、やってられないのは事実だ。だけど楽しむのだけはやめておけ、コイツのくだらない冗談だ」
会話を聞いていた義兄さんが呆れながら訂正を入れる。
ジンが頷きながら弾を詰め込んだうさぎちゃんを背中に背負った。あら、かわいい。
「飛ぶぞ」
義兄さんの合図で全員がポータル内に入る。今の時間は深夜に近いから他に移動する人は誰も居なかった。
時間になってポータルゲートが青く光ると、俺達はワープして中央へと移動した。
ゲートの床の光が収まりワープが完了すると、俺達は大勢の兵士に囲まれていた。
ゲーム好きには面白いかも知れないが、俺はもうちょっと温いゲームが恋しい。
「お前等、ここは現在使用禁……待て! お前達は『ニルヴァーナ』か!!」
俺達に向かって警告していたクソ野郎は、義兄さんのヒデエ面を見て態度を一変した。どうやら俺達を囲んでいる連中は貴族派らしい。
「国王派は何をやってるのよ。既に中央が占拠されてるじゃない!」
俺達を取り囲む貴族派にカタリーナが悲鳴を上げる。
「捕まえろ!」
貴族派が俺達を捕まえようと一斉に剣を抜いた。
捕まえろと言われて剣を抜く行為は、どう考えても殺る気満々だと思う。
「ジン、ぶっ放せ!!」
俺の合図でジンがショットガンを貴族派に向けてぶっ放した。
「ギャーー!」
ジンの放った銃弾が一人の貴族派の肩の辺りに当たって腕が吹っ飛ぶ。
「何だあれは!」
敵が驚いている間にテクノブレイカーを鞘から抜く。
「ショットガンが進化してやがる……」
横に居た義兄さんがモスバーグM500の攻撃に呆れていたが、正気に戻ると前の敵に向かって王国の剣を抜いた。
「相手は50人ぐらい居るのよ。いったんポータルで戻った方が良いわ!」
カタリーナが俺と義兄さんの後ろで叫ぶが、ポータルは移動を終えたばかりで、再度転送するのにも時間が掛かる。
彼女の悲鳴を背後で聞きながら、俺と義兄さんが同時に笑った。
「レイと二人だけで戦うのは今回が初めてだな」
「義兄さんでも足手まといになるなら、容赦なくクソをぶっ掛けるからな」
「クソは二度とゴメンだ!」
俺の言い返しに義兄さんが顔をしかめた。
どうやらカバにクソをぶっ掛けられたのが、今でもトラウマになっているらしい。
(ふぉふぉふぉ、なかなか楽しい事をしているのう。儂も手伝うとするか)
俺と義兄さんの会話に王国の剣の爺さんが加わる。
「お? 爺さんもやるのか。ぎっくり腰にだけはなるなよ」
「腰なんてないだろ」
横で義兄さんが突っ込みを入れると、剣から「確かにないのう。ふぉふぉ」と笑い声が聞こえた。
(ぼくもがんばるよー)
テクノブレイカーもやる気を出しているらしい。
「お前は途中でへばるから適当でいいよ」
(ええー!)
「ん? 誰かいるのか?」
「何でもない」
テクノブレイカーの声が聞こえない義兄さんが話し掛けてきたのを、適当にごまかした。
ジリジリとにじり寄ってくる貴族派に向かって、義兄さんが剣を前に突き出すと自分自身にエンチャントを発動させる。それと同時に王国の剣が光り出した。
「何だあれは!」
敵が動揺している間に義兄さんのエンチャントが完了して準備が整う。
「さて、激しいファ〇クタイムの始まりだ! 相手のケツはスタンバイオッケー、ブチ込むぞ!」
「お前は何でも下ネタに例えるのは止めろ!」
俺のセリフに義兄さんが呆れる。
「お先に失礼、『ホップ』!」
「おいっ!」
軽業スキルを発動して敵に向かって急接近する。
「な!」
「スポーツ整体に来ました」
敵が驚いている間に、左の拳で鳩尾にボディーブローを一発叩き込む。
「ぐっ!」
怯んだ隙に『バックステップ』を発動、後ろに下がるのと同時にテクノブレイカーを横に薙ぎ払って顔面を切り裂くと、相手は顔を血まみれにして絶叫していた。
その横から新たな敵が迫って来たから、『ダブルジャンプ』と『バックステップ』を発動。
空中で後方宙返りをしている間にジンがショットガンを放ち、弾丸は俺の下を通り抜けて、俺を追っていた敵に命中していた。
俺が後ろに下がると、今度は義兄さんが敵へ突っ込んだ。
義兄さんは敵へ接近すると、『シールドバッシュ』を発動させて敵を盾でぶん殴って、殴られた敵は後ろに居た味方諸共後方へ飛ばされた。
さらに、義兄さんはその場でクルリと一回転して、右手に持った王国の剣を横払いする。
敵は攻撃を防ごうと盾を前に出したが、光り輝く王国の剣がその盾を紙を切るかの如く切裂いた。
「なっ!」
(ふぉふぉふぉ。そんなもんで防ごうと考えるのが甘いぞい)
敵が真っ二つにされた盾と剣を見比べて驚いている間に、義兄さんが前蹴りを喰らわせる。
「ぐげ!」
前かがみの敵に追い打ちで盾を振り下ろして後頭部を殴ると、相手は地面に倒れて気絶した。
パン!
再びショットガンの銃声が響く。
ジンが義兄さんを襲おうとした別の敵を撃って吹っ飛ばしていた。
(ぼくも戦う!)
「OK、ブレイカー行くぞ!」
(任せて!!)
テクノブレイカーを敵に向けてぶん投げると高速で飛び敵と戦い始めた。
俺も後を追うように、サブウェポンのスティレットを抜いて敵へと突っ込む。
空を飛ぶテクノブレイカーに驚いている敵の太腿へスティレットを突き刺す。
その直後、横から新たな敵が襲って来たがしゃがんで躱し、そのまま地面に手を付いて体を回転させると、水面蹴りで相手を転ばした。
「『ホップ』!」
足を地面に付けるのと同時に『ホップ』を起動。
その場で高く飛ぶと、俺の真下を義兄さんが突っ込み、近くに居た敵を『シールドバッシュ』で吹き飛ばす。
「ブレイカー!」
テクノブレイカーを空中で掴むと、義兄さんの背後を狙っていた敵の肩に向かってテクノブレイカーを突き刺す。
怯んだところを左のスティレットで腹を突き刺し、おまけでケリを腹にぶち込んで後方へ吹っ飛ばした。
敵に囲まれ、義兄さんと背中同士を合わせる。
俺は二刀流で構え、背後の義兄さんは王国の剣と盾を構えて目の前の敵を睨んだ。
離れた場所ではジンが迫る敵に向かってショットガンを放ち、近づいた敵はカタリーナが戦って防いでいた。
「お前の剣はいつの間に勝手に飛び出す様になったんだ? まるでお前じゃないか、後で詳しく聞くぞ!」
背後の義兄さんから話し掛けられて、敵を見ながら肩を竦める。
「一緒くたにされるのは甚だ心外だな。詳しい事はその爺さんに後で聞きな。今は目の前のクソ共だ!」
「確かにその通りだ、行くぞ」
義兄さんと俺は頷くと、同時に敵へ突っ込んだ。
振り下ろされる剣を右手のテクノブレイカーで打ち払い、左手のスティレットで肩関節を貫く。
さらに襲って来た別の敵をテクノブレイカーを絡ませて巻き上げると、喉にスティレットを突き刺した。
テクノブレイカーを横に払い、けん制して敵との距離を開けると、テクノブレイカーで武器を持つ手首を切り裂き、相手が怯んだところをスティレットで太腿を刺す。
俺が戦ってる様に見えるだろ。だけど、テクノブレイカーが勝手に動いているんだぜ。俺はただスティレットを前に出してぶっ刺すだけ。
楽だけど、何となくお刺身にタンポポを乗せるだけのアルバイトをしている気分。
(お前、ノリノリだな)
(お爺ちゃんから力を貰ってから、何か調子が良いんだ)
(よく分からねえけど、お前は調子が乗ると戦いたくなる性癖でもあるのか?)
(一応武器だからね)
(……激しい性癖だな)
会話をしながらも、テクノブレイカーは次々と襲う敵の攻撃を防いで、俺は相手の隙を狙ってタンポポ、違う、スティレットを突き刺していた。
「レイ、強くなったな」
敵を盾でぶっ飛ばしながら、義兄さんが話し掛けて来た。
「え? ああ、うん」
半分はテクノブレイカーが戦っているから、何とも言えず曖昧な返答をする。
「このまま、全滅させるぞ」
そう言うけどさ、まだ30人ぐらい居るぜ……仕方がねえ、あれを使うか……。
「お前等、これから俺は本気を出す。地獄のような苦しみを味わいたくなければ、今すぐこの場から立ち去れ」
俺達を取り囲む敵に向かって最終警告を告げても、誰一人として逃げようとしなかった。
「そうか……俺も無駄な殺生はしたくなかったんだけどな……ブレイカー、義兄さんのアシストだ!」
(了解!)
テクノブレイカーをぽいっと後ろに放ると、宙を飛び回って義兄さんのフォローに回った。
そして、俺はスティレットを鞄にしまい、鞄から
「さあ、彼女の前で食中毒と下痢と小便を漏らす気分を味わいたい奴から前へ出ろ」
「ふざけんな、死ね!」
突然武器をしまって薬瓶を出した俺を見た敵は馬鹿にされたと思い込み、怒りをむき出しに斬り掛かって来た。
コルクを口で抜き、そいつ目掛けてゲロポーションをぶん投げる。
「まずはお前か、
ゲロポーションを浴びた敵は動きを止めると、剣を落として蹲りゲロを吐いた後、自分の吐いたゲロまみれの地面に倒れて、小便と糞を漏らしていた。
『…………』
その様子に囲んでいた敵がギョッとして、倒れた男と俺を見比べる。
「……毒か?」
敵の一人が呟いたから人差し指を左右に振る。
「チッチッチッ。安心しな、毒じゃない。コイツはただのポーションだ。ただし、こいつは大衆の前でクソを漏らしたという事実から、社会的に死んでいる」
「……相変わらず酷いポーションだ」
俺が答えると、後ろで戦っていた義兄さんが呆れた様子で呟き、遠方に居るジンとカタリーナも様子を見ていたのか顔を露骨にしかめていた。味方の反応が酷いけど、今の俺は本気モード。
という事で……。
「さあ、良い子の坊や準備はいいか? 俺は異邦の国からきたサンタさんだ。お前達に特別なプレゼントを持ってきたから、無政府オフ会のテロパーティを始めようぜ!」
そう宣言すると、ゲロポーションを身近な敵から順に投げ始めた。
鞄から次々とゲロポーションを取り出しては近寄る敵にぶん投げる。それで俺を襲おうとした貴族派が逃げ惑っていた。
「ほらほらほら、もっとあるぞ。遠慮せずにプレゼントを受け取れ」
俺がブリトンでしか取れない毒の素材を師匠に送ると、毎回お返しにゲロポーションを大量に送ってくれるから、鞄の中がゲロポーションで溢れてるの。そろそろ処分しないと鞄の中が酷いから、一気に消費させてね。
後から義兄さんが語った話だと、俺が嘲笑いながらゲロポーションを投げる様子は、サンタではなくサタンだったらしい。
ゲロポーションを全て消費すると敵が居なくなった。
いや、正確に言えば、全員が倒れて社会的に死んでいた。そして漂う悪臭。
「……やり過ぎだろ」
肩を叩かれ振り向くと、義兄さんが呆れた表情で俺を見ていた。
彼の後ろでは義兄さんとテクノブレイカーにやられた貴族派の敵が、床に倒れて呻き声を上げていた。
「俺から見たら、義兄さんの方がやり過ぎだと思う」
「一応NPCだからな。殺しては居ないぞ」
「舐めプーかよ」
相変わらずこの脳筋野郎は強えな。
どうやら義兄さんは、イキって戦った相手をみねうちにしていたらしい。
「それよりも、あのポーションは封印したんじゃなかったのか?」
「留置所で一つ使ったから、もういいやって感じでね。それにプレイヤーに使わなかったら別に平気じゃないかなと……」
「確かにプレイヤーに使ったら強制ログアウトになるから運営も目を光らせるとは思うが、ゲームバランスは確実にぶっ飛ばしてるから、あまり使い過ぎるのは自分のためにも止めておけ」
その義兄さんのアドバイスに、周りを見て心の中で合掌してから素直に頷く。
「それで飛んで行ったテクノブレイカーは?」
「酷い名前の剣だな。だけどあれのおかげで助かったのは確かだから礼は言う。ホラ、途中で床に落ちたから回収しといたぞ」
肩を竦めた義兄さんからテクノブレイカーを受け取る。
(魔力が切れた~)
手にした途端、テクノブレイカーから情けない声が聞こえる。
「お前も毎回無茶し過ぎなんだよ」
「その剣に言っているのか? よく分からないが、それは俺からお前に言うセリフでもあるな」
俺と義兄さんが会話をしていると、無事だったジンとカタリーナが歩いて来た。
「二人共強いわね。ついでだから言うけど、君は酷いわね」
カタリーナはそう呟くと、クソと小便を垂れ流しながらゲロ塗れで倒れている敵に同情していた。
「んーあれだ。糞とゲロだらけのこの惨状でも責任は皆で負うのが当然だと思わないか」
「死んでも嫌よ」
「俺も同じだ。ギルドメンバーだけど遠慮する」
カタリーナに言い返すと、彼女だけではなく義兄さんも否定。ついでに後ろのジンも首を横に振って同じように否定していた。
「お前も無事だったか」
俺がジンをねぎらうと頷いていた。
「それ、凄い武器ね。軍で支給するように申請しようかしら」
隣のカタリーナがショットガンを見て呟く。
「多分無駄だと思うぞ」
「なんで?」
「魔法を使った方が安上がりだから」
以前、別のNPCに同じ事を質問したら、魔法を使った方が楽だし面倒くさいって回答だったし……。
「……確かにそれを考えると申請は通らないわ」
その通りだとカタリーナが溜息を吐いていた。
「ほら、休憩は終わりだ。ギルドへ向かうぞ……ん?」
義兄さんに促されてギルドハウスへ向かおうとした俺達の先には、新たな集団がこちらに近づいて来ていた。
俺達の前に現れた集団を見て眉をひそめる。
「義兄さん。ログアウトしてもいい? もう面倒くさいんだけど……」
「ジンとカタリーナを置いてか?」
義兄さんに言われて、後ろの二人を思い出して溜息を吐く。
「まあ、どうせ後一年の命か……ここで散るのも悪くはないな」
「……知っていたのか」
俺の呟きを聞いた義兄さんが驚き振り向いた。
「自分の命の寿命ぐらい知ってるよ」
「そうか……だけど安心しろ。お前の命は俺が必ず守る!」
義兄さんは再び正面を向くと、近づく軍団を睨みながら俺に告げる。
その言葉には断固たる決意が含まれていた。
「期待してるぜ……兄貴」
冗談を言ったつもりだったが、それを聞いた義兄さんは驚くと、俺に向かって笑顔を見せた。
「弟に頼られる兄というのも悪くないな」
「兄弟愛が強すぎる兄とかちょっとキモイ」
そう言い返すと「もっと素直な弟が欲しかった」と呟いていた。
「それでどうするの? 今度は100人以上居るわよ」
カタリーナが後ろから心配そうな様子で俺達に声を掛ける。
「向こうの出方次第だな。襲って来るようならレイはジンとカタリーナを連れてポータルゲートで逃げろ。飛ぶまでの時間は俺が稼ぐ。二人はポータルゲート付近で隠れていてくれ」
「分かったわ。ジン君、隠れましょう」
カタリーナが心配そうなジンを引っ張って後ろへと下がった。
その様子を見届けた後、義兄さんが一歩前へ出て近づく軍団を睨む。
「ところで義兄さん」
「何だ?」
声を掛けた俺に振り向かず義兄さんが応じる。
「あの集団の先頭を歩く女って、つい最近見た記憶があるんだけど気のせいか?」
「……奇遇だな。俺もお前と一緒に見た記憶がある」
そう。俺達に近づく集団の先頭を歩く少女は、以前『ニルヴァーナ』とトラブルを起こした『ラブ&ピース』のアイドルマスター、違った、ジュニアアイドルだった。
「お久しぶりですね」
彼女は背後に100人以上のメンバーを引き連れて俺達の前に立つと、義兄さんに話し掛けてきた。
しかし、凄いな。背後に居るメンバーの殆どが男性じゃねえか。全員セフレか?
名前は忘れたけど、その少女のすぐ後ろには髑髏の兜を被った男、確かケ……ケ……ケインだったかな? そんな男も居たけど、相変わらずクッソダサい髑髏の兜だな。もしかして気に入っているのか?
髑髏のアクセサリーが好きなヤツは確かに居るが、趣味が高じて顔面に着けるのはどうかと思う。
俺はセシなんとかが来る前に、義兄さんの後ろに隠れてフードを深めに被った。
理由は俺が交渉するとついうっかり煽っちゃって、相手が怒っちゃうから。俺は煽ってる自覚はないんだが、なぜか皆が怒り出す。だから『ラブ&ピース』との交渉は義兄さんに任せることにした。
「現実時間で一日だからそうでもないだろ? 俺達は急いでいるから、そこを通してはもらえないか?」
セシリア……ああ、そんな名前だったな。
乳首一つ見せないジュニアアイドルなんて興味ないから、名前なんて覚えなかった。
「残念ながらそれは無理です。あなた達『ニルヴァーナ』はアサシンを保護している容疑が掛けられています」
「アサシンの保護? 何を言っているんだ?」
義兄さんが首を傾げるその後ろで、俺も首を傾げる。
なぜ『ラブ&ピース』が突然現れて、俺達の前に立ち塞がると『ニルヴァーナ』を犯罪者扱いしだしたのか、その理由が分からない。
「今、この国は二つの派閥に分かれているのはご存知ですか?」
セシリアは義兄さんの質問に対して、逆に質問する。
「それぐらいは知っているぞ」
「でしたら国王派と自称する傀儡政権を狙う者達が、貴族派から国政を奪おうとプレイヤーのアサシンを雇って被害を与えているという現状はご存知ですよね。
何故ならそのアサシンは『ニルヴァーナ』の12人目。この間の少年なのですから」
「随分と自信のある言い方だな。証拠でもあるのか?」
義兄さんの問いに、セシリアが話を続ける。
「もちろんです。私達のギルドは一時期、貴族派からアサシンを保護していると容疑を疑われましたが、その誤解を解くついでにプレイヤーの犯罪を阻止する考えを持つ同じ目的を持った貴族派に属しました。
そして、貴族派のトップである宰相からアサシンの正体が『ニルヴァーナ』のメンバーで、既にその本人からも証言を得たと聞いています」
「つまり、お前はその宰相の話を信じて俺達を捕まえようとしていると?」
「ええ、その通りです」
セシリアが義兄さんの顔を見て頷いた。
「そうか……だったら、その本人にアサシンかどうか聞いてみろよ。レイ、ちょっと相手をしてやれ。遠慮はいらないぞ」
「了解」
何か許可が出た。俺も鬱憤が溜まっていたから丁度良い。
義兄さんの横に立つとフードを脱いで、クソ女のセシリアと後ろに群がるハエ共に顔を晒す。
「やあ、アミーゴ! 久しぶりだな、お嬢ちゃん。元気そうで何よりだ。そのおしゃべりな口で元気を俺にも分けてくれよ」
「あ、あなたは! 捕まっている筈では……?」
俺の姿を見たセリシアが驚いていた。
どうやら、この女を相手にする場合、下ネタは正しく言わないと通じないらしい。
「捕まる? ああ、捕まっていたぞ。店の中でクロスボウをぶっ放した件でな。お前等の言うアサシンの容疑はこれっぽちもなかったけぞ」
そう言いながら、面前で右手の親指と人差し指を少しだけ開けたジェスチャーを入れる。
「しかし、私が聞いたのは……」
「オーケー、
「この、変態!」
話を遮って話し掛けると、セシリアが赤面して叫ぶ。
「イイね。アンタから言われると、そのセリフは最高に興奮するぜ。それよりもまず最初に謝らせてくれ」
「え?」
突然俺から謝罪すると聞いて全員が驚いていた。
「俺は最初、お前をヒッピー特有のリベラル思想がねじ曲がって、ギルドメンバー、それ以外のプレイヤー、果てはNPCにモンスター。誰、構わず全員の男性とヤリまくる乱交パーティー大好きな性病もちのアバズレ女だと思っていたが、違ってたんだな」
「な、何を言っているんですか!!」
そう言った途端、セシリアが怒り出した。
そして、背後に控える『ラブ&ピース』のギルドメンバーも怒鳴り始める。
「そ、そうだ! セシリア様はこのゲームの秩序を守るために努力しているんだ!」
「お前等みたいな自分勝手なギルドに何が分かる!!」
両手で「まあまあ」と宥めるジェスチャーを入れて、相手を落ち着かせてから、再び話し始める。
「おいおい、今は真夜中だぜ。叫ぶのはドッキングして気持ちのイイ時だけにしろよ。ついでに「ぶっかけなう」なタイトルで動画を世界中に晒して、一気にファンでも増やしとけ」
「変態!!」
セシリアが再び俺に向かって叫ぶのを見て、嘲笑った。
「益々イイね。思わず見抜きしたくなる引きつったその顔、最高にソソルぜ! さて謝罪の続きだ、勘違いは謝ろう。先ほどの話を聞いてやっと分かったぜ。
リベラル派って奴は自由を愛するがゆえに我儘なのは知っていたけど、リベラルが転じてテロリストですら通り越し、独裁者にまで我儘が発展するとは思わなかった。愛と平和のために粛清でもするのか?」
「なっ!? あなたは私達が独裁主義とでも言うのですか!!」
言い返すセシリアの口調に怒気が含まれているが構やしねえ。
「違うのか? 俺は別にアサシンじゃないぜ、なのに俺を捕まえる? その理由はそのNPCの宰相が言ったから? だったらその宰相が本当の事を言ったという証拠がどこにある?
俺は確かに牢屋に入ったけど、その後に貴族派の人間が俺を拉致して無理やりアサシンだという証言を手に入れようと目論み、それを口実に貴族派は『ニルヴァーナ』の財産を奪うつもりで暗躍していたと、俺が、このプレイヤーの俺が言ったら、お前は信じるのか?」
言い返してから、セシリアに向かって指をさす。
彼女は驚き、背後の『ラブ&ピース』のギルドメンバーも彼女と同じく驚いていた。
「そ、そんな事、俄かには信じられません」
「あははははっ、笑わせてくれるぜクソビッチ。自分が信じた相手しか信じず、秩序を押し付け、従わないなら粛清する。実に素晴らしいクソな思想だな。最高だ、笑いが止まらねえ。
ヒトラー、スターリン、ポル・ポト、それに中国共産党!!
気付いていないなら教えてやる、大量殺人を行った奴等と今のお前は同じだぜ。
無実の国民を殺すのは楽しいか? チベットの僧侶を生きながら燃やすのは気持ち良いか? ユダヤ人、ウイグル人を虐殺しての民族浄化は最高かい?
アンタみたいな愛国心たっぷりの連中がこのゲームを守ってくれて感謝するよ……このクソに溢れたゲームをな!」
両腕を広げて叫ぶと、広場に静寂が訪れた。
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