第23話 食用ゾンビ

 通路に出ると物陰に隠れて、買いだめしたキンググレイス風サンドイッチを鞄から出して男に渡す。

 サンドイッチの残りストックは残り6つ……若干買い過ぎた感は否めない。


「ポーションで腹がたぷたぷだろうけど、何も食べてないんだろ。まだ少しだけなら時間はある。ゆっくり咀嚼しろ」


 男は頷くと、ゆっくりとサンドイッチを食べ始めた。

 ゲームの時刻を見れば突入から1時間半が経過していた。時間的には順調だが、問題は帰りだ。

 階段の踊り場にあるゲートと、二階の途中で通る必要がある監獄部屋をコイツを連れて抜けるのは難しいだろう。


「お前、盗賊隠密スキルは持ってるか?」


 男に尋ねるとサンドイッチを食べながら頷いた。


「レベルは?」


 今度はサンドイッチを口に咥えたまま、両手をパーに広げてから片方の手で3を作った。


「13?」


 男が頷くと口に咥えたパンが落ちそうになって、慌てて掴み直すとモグモグ食べる。

 少しレベルが足りないな……。

 男が食べ終わると、今度は以前使っていたリザードレザーを鞄から取り出して渡す。


「いつまでも裸だと、また守衛にケツをやられるからこれでも着てろ」


 慌てて着替えるのを見届けてから、手をサッと振る。


「まだ本調子じゃないだろうけど、そろそろ行くぞ」


 男が頷くのを確認して、俺達は独房が並ぶ廊下を移動した。




「ぐげ!」


 三階の入り口まで移動したら、突然男が俺のマントを掴み、その反動で首が締まる。


「急にマントを掴むな。首が痛てえだろ!!」


 小声で怒鳴ると、男が守衛控室の方を指さした。


「帰りはあっちじゃねえよ。もしかして守衛のちんこが気に入ったか? お前がケツに何かを突っ込むのが好きだとしても、時と場所を考えろ」


 文句を言うと、男がブンブンと首を横に振る。


「埒が明かねえな。チョット待ってろ」


 鞄から紙とペンを取り出して男に渡す。


「言いたい事があるならこれに書け。ついでに何時までもお前って呼ぶのもあれだから名前も書け」


 男は頷くとペンで紙に何かを書いてから俺に渡す。


『以前、義父にここの隠し通路の事を聞いた事がある。そこを使えば下を通る必要がない。それと俺はジン』

「場所は分かるのか?」


 そう言うとジンが頷いて、再び守衛控室を指さした。

 本当は一か八かで二階の監獄部屋に入ったら、ロープを垂らして一階に降りようと考えていたが、安全に出れるならそちらを優先にした方が良いだろう。


「分かった。案内しろ」


 そう言うと、ジンが歩く方へと俺も付いて行った。




 ジンが向かった先は守衛控室の近くにあったトイレだった。

 目の前のトイレを見て、ここに来る途中で守衛が「トイレにお化けが出る」と言っていたのを思い出す。


「お化け……出るの?」


 確認するとジンが頷いた。


「そう……」


 どうやら簡単には出れないらしい。

 ジンがトイレの一番奥の便座に乗って天井を開けようとするが、手が届かずピョンピョンと便座の上で飛んでいた。


「そんなに「自分が可愛い」をアピールしなくても、お前は守衛がケツに突っ込みたくなるぐらい可愛いからこれを使え」


 鞄からパイプ椅子を取り出して便座の上に置いた。

 そのパイプ椅子をジンがじっと見つめる。ああ、コイツはこれでノックダウンしたんだっけ。


「殴らねえから早くしろ」


 そう言って、便座の上のパイプ椅子を掴む。ジンがパイプ椅子に乗って天井を押すと、パカッと開いてその先に空洞が見えた。

 パイプ椅子の上からジンが俺をジッと見下ろしていたから、顎をしゃくって「行け」と促す。

 ジンは頷くとパイプ椅子から飛び上がり天井を掴み、身軽な動きで天井裏に登った後、天井から腕を伸ばした。


「いや、自分で登るから離れていろ」


 ジンに向かって首を横に振る。


「……?」


 ジンを後ろに下がらせると、パイプ椅子を鞄に入れて便座に上った。


「『ホップ』!」


 真上に飛ぶようにホップを起動、さらに空中で『ダブルジャンプ』と『ステップ』を起動。

 それでスタイリッシュに天井裏まで飛び上がると、足を広げて天井裏に立った。


「何、ケツの穴にションベンを直接入れられた様な顔をしてるんだよ」


 俺の行動を見て驚いているジンに向かって言うと、慌てて首を左右に振っていた。




 隠し通路は明かり一つなく、先ほど開いた天井を元に戻すと暗闇に覆われ何も見えなかった。


「少し待ってろ」


 鞄からペンライトを取り出し明かりをつけて周囲を照らす。


「まるでどこかの鉱山みたいだな」


 俺の呟きにジンがジェスチャーで書くような真似をしたので、鞄から紙とペンを取り出して渡す。

 ジンの持つ紙をペンライトで照らしながら、書く文字を読み上げた。


「何々? 『この監獄は元々鉱山跡地に作られたから、隠し通路が数多くあって、鉄鉱石を下に運ぶ通路がどこかにある』……なるほどね。それで通路がどこかにあるって書いてあることは、その場所まで知らないって事だな」


 その質問にジンが頷いたけど、それが一番重要な問題じゃね?


「スニークアクションと思いきや、ダンジョンRPGの仕様になってきたな」


 溜息を一つ吐いてから、腰のテクノブレイカーを抜いてジンに渡す。


「お前はそれを使え。俺はこっちを使うから」


 「いいの?」と表情を浮かべるジンに、腰にあるスティレットを叩いて見せた。


(ブレイカー、もしコイツが俺を襲ったら阻止しろよ)

(りょうかーい)


「行くぞ」


 テクノブレイカーにジンを監視させるように命じてから、二人で隠し通路を進んだ。




 前を照らしながら俺とジンが隠し通路を進む。

 ペンライトの明かりだけだと物足りなかったが、暗闇を進むよりマシだと妥協した。

 しばらく進むと、前方で生存術に反応がないのに危険感知のスキルが反応した。定番なのか知らないが、アンデッド系のモンスターだろう。


「なあ、ジン。なんで元鉱山にアンデッドが居るんだ?」


 横のジンに訪ねると、面倒だからと渡したペンと紙を取り出してサラサラと書いた後、俺に見せた。


『俺も知らない』

「聞いた俺がアホだった」


 前方から敵がゆっくりと近づいてくるが、姿を見る前に独特の臭いで敵の正体が分かった。


「ゾンビかよ。加齢臭が臭せえ」


 まだ見ない内から漂うゲロくさい臭いに鼻孔が刺激されて吐きそうになる。

 会社にこき使われてゾンビになり果てた中年サラリーマンか? 帰宅途中で風俗に寄ってファブリーズでも飲んでこい!


「ジン、持ってろ」


 ペンライトをジンに投げて渡すと、鞄からサバイバルマッチを取りだして火を点ける。

 火が消える間にスキルの入れ替えを行った。

 ちなみに、サバイバルスキルはスキルの入れ替えだけなら薪に火をつけなくても変更できた。それを聞いてステラが即行でスキルを取っていた。


 IN

  【クロスボウ攻撃スキル】

  【クロスボウスキル】

  【遠距離命中スキル】


 OUT

  【盗賊窃盗スキル】

  【ボルダリング】

  【盗賊隠密スキル】


 マッチの火が消えると、次に背中からショットガン式クロスボウを取り出す。

 クロスボウにボルトを仕込んでハンドグリップを動かした。

 その珍しい武器にジンの目が輝く。どうやらこの世界の人間から見ても、銃は格好良く見えるらしい。


「ジン、前を照らせ」


 俺の指示にジンが正面を照らす。

 こちらが準備している間に近づいたゾンビが二体、俺達の前に姿を現した。


「ハロー、グッバイ」


 何となく既に死んでいる気もしないでもないが、クロスボウを右のゾンビの頭目がけて放った。

 放たれたボルトはゾンビの頭に命中して、その勢いで後ろに倒れる。

 ハンドグリップを前後に動かして装填準備ができたら、今度は左のゾンビを狙って撃つ。これも頭に命中して、後ろに倒れた。

 まだ起き上がろうとするゾンビに、ジンが駆け寄ってゾンビの足を切り落とし、起き上がろうとするのを阻止する。


(コイツ臭いし、触りたくないよー)

(俺だってお前に触られたくないんだ、我慢しろ)

(酷っ!)


 テクノブレイカーから不満の声が上がったけど、俺は何時でもお前に対して不満があるぜ。

 足を切られてもまだしぶとく動くゾンビを無視して、先に進んだ。




 隠し通路は一本道ではなく、いくつもの分かれ道に出くわした。

 何度か行き止まりに当たるが少しずつ前進している……よな?

 ゾンビには何度か襲われた。その度に、俺がクロスボウでけん制した後、ジンが倒れた所を足を切り落として、後は放置して先へと進んだ。

 何となくゾンビのその後の地面に這いつくばる人生が気になったけど、俺とジンは泥棒だし聖職者とは程遠い職業だ。成仏を期待する方が間違っている。


 ゾンビの他にアンデットの代表格の一つ、スケルトンも襲って来た。

 スケルトンは鉱山のモンスターらしく武器にツルハシを担いでいた。自分の墓穴でも掘るのか?

 ジンが戦おうとするのを手で制して、クロスボウを背中に戻すと鞄からパイプ椅子を取り出す。ちなみに、パイプ椅子を見たジンは顔が引き攣っていた。

 スケルトンの正面に立って、左手でチョイチョイと手招きして、スケルトンを煽る。

 スケルトンが襲い掛かり、ツルハシを振り下ろすのをパイプ椅子でガード。

 怯んだ隙に、椅子をスケルトンの前に投げ出すと、椅子ごとローリングソバットをスケルトンにぶち込んだ。


ヴァン・ダミネーター

 インディー、メジャーどの団体でも人気だった柔軟性が不気味なレスラーが使っていた技で、イスごと相手を蹴り飛ばす。

 ただし、攻撃時にスタイリッシュがなければ、この技の名前を使ってはいけない。


 例として、相手に椅子を持たせてソバットを打ち込む。

 相手が椅子で攻撃しようとしたところを、椅子ごとローリングソバットで蹴っ飛ばす。

 コーナポストに倒れた相手に椅子を置いてから、反対側のコーナーポストに上って串刺し式ドロップキック(この時の技名はヴァン・ターミネーター)などが挙げられる。

 それと全く関係ない話だが、このレスラーの得意技で『ファイブスター・フロッグスプラッシュ』というフライング・ボディプレスがある。

 この技が決まる度に自分の腹を押さえてマットの上で転がり呻く様子から、一部のファンの間では『お腹が痛いよスプラッシュ』と呼ばれている。ちなみに、痛がっているのは演技。


 倒れたスケルトンの頭を掴んで引っこ抜くと、スケルトンが驚いて顎をガクガクさせていた。


「壁キスをどうぞ」


 一言呟き、壁に叩きつけて頭を砕く。

 スケルトンの頭が砕けると胴体も動かなくなった。


「どうした?」


 ジンが俺の戦いを呆然と見ていたから声を掛けると、慌てて首を横に振った。


「スケルトンは素早いから、ああやって不意を突いて攻撃する方が楽なんだよ」


 「なるほど」と言った様子で頷いてから、俺に近づこうとしたから離れる。


「お前、臭いから近づくな」


 首を傾げたジンにそう告げると、彼はしょんぼりしていた。




 突入してから3時間が経過していた。

 そろそろここから脱出したいけど一向に出口が見つからず、本当にここから出れるのか心配になってきた。

 もし隣に居るのがジンじゃなくて絶世の美女だったら、肝試し的なシチュエーションの吊り橋効果で良い関係が築けそうだが、残念ながら隣に居るのは守衛御用達のケツ穴肉便器。

 もし俺がEDではなく同性愛を受け入れるリベラルな心を持っていてしても、病気が怖くてパコパコなんてできやしない。

 俺がジンを見て溜息を吐いたら、それに気づいたジンが俺を見て首を傾げる。

 その無言で可愛い仕草をするのは止めろ。お前のターゲットは腐女子か? 戻ったらジョーディーさんとアルサを紹介してやるから脱出するまで待ってろ。


 狭く迷路のような通路を歩いていると、前方に明かりが見え始めた。

 その光を見てジンが振り向き、俺に何かを伝えようと口をパクパク動かしてから走り出す。


「おい、チョット待て!」


 慌てて追いかけると、走り出したジンが急に立ち止まって上を見ていた。

 俺も追いついて見上げると、ジンが立ち止まった理由と明かりの正体が判明した。




 俺達の目の前には学校の体育館ほどある空洞が広がっていた。

 その空洞の高い天井の一カ所が外に通じていて、そこから太陽の光が空洞の中心の一部を照らしていた。

 確かに出口には通じてはいたが、今の俺達にその場所まで登る方法がなかった。


 泣きそうな顔をするジンの肩を軽く叩くと、ジンが振り向いて俺に抱きつきそうだったからとっさに離れる。


「だからお前、マジで臭いんだって。ヤられまくって同性愛に目覚めたか? ストックホルム症候群を俺に向けるのはやめろ」


 そう言うと、ジンが慌てて首を横に振って首をがっくりと落とした。コイツは何が言いたいのか全く分からん。


 俺達が空洞に足を踏み入れると、奥の方に毛むくじゃらな何かが居た。

 その何かは俺達に気付かず後ろを向いて何かをしている様子だけど、下半身でもしごいているのか? こんな所でご苦労だな。いや、こんな場所だから興奮するのか?

 ジンと二人でその様子を伺っていると、向こうも俺達に気付いたのか後ろを振り向いて正体を現す。

 ソイツは全身を体毛で覆われて、全長は二メートル半と俺達よりも大きかった。顔はどこか猿に似ているが、目と鼻はどこか人間に似て目は血走り俺達を睨んでいた。

 その猿の口は食事中だったらしく、血と肉片で染まっていた。周りには食べていたと思われるゾンビの死骸が地面でビクビク動いている。


 その様子は昔見たゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』という絵に出てきた巨人にどこか似ていて、見ている人間に恐怖を与えた。

 実際に隣のジンは、その猿の姿を見て恐怖で脅えていた。




「あるぇ~~? シャムロックさん何でこんなところに居るの? それに随分と毛が生えちゃったけど野生化でもしたの?

 類人猿最強を目指しているのは知っているけど、人間を辞めるのはどうかと思うぜ」

「ギギャーー!」


 猿に向かって話し掛けると、大きな奇声を上げてきた。

 俺が猿に話し掛けたのを、隣のジンが先程の恐怖を忘れ信じられないといった様子で俺をガン見していた。


「何食ってんの? 熟成肉? 熟成しすぎて性病持ちが出すクソみたいになってるけど、それ旨いのか?」

「ウギャ?」

「いや、食えって言われてもそんなクソいらねえよ。いいから、サル山に帰れ」


 横でジンが目を大きくして首を振る。お前は何が言いたいんだ?


(多分、あるじの事が信じられないって思ってるんじゃないかな? ちなみにぼくも同意見)


 テクノブレイカーの通訳に軽く肩を竦める。


「全く、冗談の通じないクソばかりだな」


 猿は食事を止めると俺達に襲い掛かって来た。どうやら異種間交流は拒否されたらしい。




「ジン、殺るぞ!!」


 背中のクロスボウを取り出し、四つ足で迫りくる猿に向かって走り出す。


「『ホップ』!」


 軽業スキルを発動。ロビンがやったのと同じように地面を蹴って高速フェイントを織り交ぜながら迫る。猿はその動きに、足を止めて俺を目で追いかけていた。


「『ステップ』!」


 ステップを発動させて猿の正面を目がけて飛び掛かる。

 正面から飛び掛かる俺をカウンターで殴ろうと猿が腕を振り上げた。


「残念、嘘でした。『バックステップ』!」


 『ダブルジャンプ』と『バックステップ』を発動させて、空中で回転しながら後ろへ飛ぶ。


「『影縫い』!」


 クロスボウのスキル『影縫い』を猿の影に放った後、ハンドグリップを前後に動かしボルトを装填。


「ギャッ!?」


 猿は俺を追いかけようとしたが、『影縫い』の効果で動けずにその場に留まった。


「ジン!」


 俺が空中に居る間にジンが下から地面を駆けて、猿に近づくとテクノブレイカーで猿の腕を切り裂く。


「キーーッ!」


 それで一気に猿の標的がジンに変わる。

 ああ、そういえばテクノブレイカーは痛覚倍増が付与されていたな。本当に迷惑な効果だ。


 地面に着地するのと同時に、ジンを殴ろうとした猿にボルトを放つ。ボルトは腕を上げた猿の肩に当たって、振り下ろそうとした腕が止まった。その隙にジンが後ろに下がる。


「ジン、止まるなよ。ヒットアンドアウェイで戦うんだ!」


 ……ジン一人じゃ無理だな。


 ジンが頷くのを見ながら、クロスボウにボルトを装填して背中に戻す。

 俺もスティレットを抜くと猿に向かって走り出した。




 ジンは本調子じゃないのもあるが、接近戦は得意ではないらしい。

 それなのに、テクノブレイカーによる痛覚倍増効果の影響で猿のヘイトは常にジンを向いていた。

 猿がジンを攻撃しようとするたびに、俺が猿の後ろに回り込んでスティレットをケツを刺す。それでなんとかジンは切り抜けていた。


「ギャウン!」


 とうとう俺のスティレットがピンポイントでケツの穴に突き刺さった。

 これで一気に猿のヘイトが俺に向く。


「ヘイヘイ、どうした? 前立腺が悲鳴をあげてるぞ」

「ギャーー!」

「まだまだ元気だな。ほら、口で俺も元気にしてくれや!」


 俺が股間の左右をチョップして腰を前に突き出し「Suck itしゃぶれ !!」と叫ぶと、猿はジンへの攻撃を止めて、俺に襲い掛かってきた。

 それを軽業スキルの『サイドステップ』で躱す。そして、盗賊攻撃スキルの『足蹴り』で猿の足を蹴っ飛ばした。

 スキルが発動して動きが鈍くなった猿の腕を掴み、追い打ちに『バランス崩し』を発動。小手返しの要領で猿の腕を捻ると、猿は一回転して重い図体を地面に叩きつけた。

 これはシャムロックさんとの訓練で編み出した俺のオリジナル技で、名前は『クソ回し』。

 簡単に説明すると、俺の持つスキルと柔道の足払い、それに合気道を組み合わせる事で相手を転倒させる。

 ……これを編み出すのにシゴキがマジでキツイかったし、あの歯並びの奇麗なゴリラに殺意が生まれた。


「ぼさっとするな!」


 俺が猿を転ばせたのを見て驚くジンを叱ると、慌てて倒れた猿にテクノブレイカーを刺していた。

 俺もスティレットで脇腹を刺して、猿が起き上がる前にバックステップで離れる。


「離れろ!」


 ジンは俺の忠告に下がろうとしたが、その前に猿が起き上がってジンを殴った。


「!!」


 その攻撃でジンが3m近く飛ばされ、地面に倒れると動かなくなった。




「チッ、ブレイカー!!」

(いっくよー!)


 テクノブレイカーがジンの手から離れて、猿に向かって攻撃を開始。

 剣が宙に浮いて猿が驚いている間に、俺も猿に向かって走り出した。


「『サイドステップ』!」


 正面から猿に近づくと軽業スキルで横に飛ぶ。


(させないよー)


 それを猿が目で追い殴ろうとするのを、テクノブレイカーが猿の目の前に移動して阻止する。


「『ステップ』!」


 地面に着地するのと同時に『ステップ』を発動して猿の背中に向かって高く飛ぶ。

 空中で体を回転させながらスティレットを手放し、背中のクロスボウを抜くと猿の頭に狙いをつけた。

 背後の俺に気付いた猿が振り向くのと同時にボルトを放つ。


「ギギャーー!」


 狙いから少し外れてボルトが猿の肩に命中。

 すぐにクロスボウスキルの『早打ち』を発動、クロスボウのハンドグリップが勝手に動いて一瞬で装填が完了。


「『影縫い』!」


 今度は猿の影に向けてボルトを撃ってから、確認する間もなく『ダブルジャンプ』を発動させる。


「『ジャンプ』!」


 クロスボウを捨てて、猿の上空へと空中で飛び跳ねた。飛んでいる最中に暗い空洞から差し込む一条の光を浴びる。

 猿はテクノブレイカーの攻撃と『影縫い』の効果で動けず、光の中に居る俺を眩しそうに見上げた。


 跳躍の勢いがなくなると、空中で体を一回転させて猿に向けて落下。


「喰らえ!」


 落下の途中で猿の頭を掴み、膝を後頭部に押し付ける。そして、そのまま猿の顔面を地面に叩きつけた。


カーフ・ブランディング

 牛の焼きごてとも言われる技で、コーナーポストから相手の頭を掴んで後頭部に膝を押し付けたままマットに叩きつける。

 相手はマットによる顔面攻撃に加えて、膝による打撃ダメージを後頭部に喰らう事になる。

 ちなみに、この技を有名にしたのは「狂犬」のニックネームが付いたテリー〇ンのモデルの人で、リングに戻る時に相手(ドラゴンな人)がパンツを掴んでケツをさらけ出すという露出狂でもある。




 俺のカーフ・ブランディングを喰らって猿が地面に倒れると、猿の背中から剣が生えた。

 テクノブレイカーが俺の行動を予測して地面すれすれに移動し、剣先を上に向けて猿が倒れるのを待ち構えていたらしい。珍しく良い仕事をしたと感心する。


「ウギキー……」


 殺ったと思ったが猿は生きていてうめき声を上げると、上半身を起き上がらせようとしていた。ゾンビを食って自分もゾンビになったか?


「しつこい猿だな。だけどこれで終わりだ、シャムロック!」

(……え?)


 テクノブレイカーが二度見したような気がしたけど無視して、猿の後ろに立ってから、足を上げて地面を思いっきり踏みつける。


 ダン!

 嫌だと言うのに倒れるまでの打撃練習!


 ダン!!

 無理だと言うのに永遠と続く寝技練習!


 ダン!!!

 止めてと言うのに朝まで続くスパーリング!


 ダン!!!!

 テメエの趣味に、もう付き合ってられるかーー!!


(相手が違うよーー!!)


 ゆっくりと起き上がった猿へ全力で走り、振り向くのと同時に足で顎を蹴り上げる。


 パーーン!!


 廃坑となった空洞に『スイート・チン・ミュージック』のメロディが鳴り響いた。

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