第43話 名剣その名は……

 突然現れた暴力エルフが俺を襲った痴女の足を掴むと、俺から引き剥がした。


「大丈夫か?

「あ……ああ……」

「そうか、詫びに茶を奢る。店に来てくれ」


 エルフに頷くと、彼女はそう言い残して痴女を引き摺り店の中へと入っていった。

 暴力も含めて演出が入った客引きかなとも思ったけど、毎回ぶん殴って気絶させる客引きもないなと俺も店に入る。


「馬鹿が暴走して悪かったな、私はマリア。こいつは桃。他にルイーダという仲間がいるけど買出しに行っている」


 名前がギリギリセーフ。店の名前からして限りなくアウトに近いけど、一応セーフ。

 きのこでおっきくなりそうだけど、このゲームはVRMMOでアクションゲームじゃない。あ、昔、あれでRPGもあったな。


「ここで売っているのはキノコ? フラワーもある?」


 キノコを食べたら俺のキノコも大っきくなりたい。


「いや、看板に書いてある通り武器と防具の専門店だ。ちなみに、店の名前がヨツシーなのは察してくれ」


 察します。


 マリアが笑いながらタバコを口に咥えた。

 彼女は背が高く、銀色の髪を背中まで伸ばしている。全体的に大人な雰囲気を醸し出している美人エルフなので、咥えたタバコも様になっていた。

 ちなみに、目の前でひっくり返っている桃も結構可愛い顔をしているが、先ほど俺に迫っていた時の鬼の形相があまりにもインパクトが強くて、今の死に顔、違った、寝顔が別人に見えていた。


「店の名前を付けたのは、目の前の桃な」


 やっぱり……。


「金! 金は逃げた?」


 二人で桃を見ていたら、その桃がガバッと起き上がって俺の事を金と呼ぶ。

 さすがに、それは思っていても口に出しては駄目だと思う。

 起き上がった彼女はキョロキョロと見回して、俺を見つけると……。


「金が居た!!」

「客を金と呼ぶな!」


 再びマリアの鉄拳が頭に落ちて、桃が頭を抱えた。


「ううう、痛い。マジ痛い。最近マリアの拳が痛くなってきた。痛覚設定が絶対に狂ってるよ、コレ」

「そんなことより彼に迷惑を掛けたんだ。詫びに茶でも買って来い」


 「お茶代が……」と言いながら、桃が買出しに出かけて行った。

 ドケチなピー……いや、やっぱり固有名詞を出すのは止めておく。




「すまんな。茶を出すと言いながら何も用意してなくて。すぐ戻ってくるから店の商品でも見て時間を潰してくれ」

「はあ……」


 彼女に言われて店の商品を見ると、結構良い品が置いてあった。

 ふむ、このリザードアーマーは俺が着ている品よりも防御力がありそうだな……。


「それは品質が90%越えているから、結構良い品だと思う。ちなみに作成者は桃な」


 ぽいっ。


 その様子を見てマリアが苦笑いをする。


「一応フォローしとくと、桃の性格はあれだが腕は確かだぞ」


 防具はもっと良いのがあるし元々買う気はないけど、修理は必要なんだよな……。


「ここって修理もできる?」

「ああ、できるぞ」

「詐欺とかないよね」

「ん? 修理は初めてか?」


 その質問に頷く。


「街の外なら詐欺もできるが、街中で詐欺を働くと後で被害者が衛兵に訴えれば国中に指名手配される。よほどの馬鹿じゃない限り誰もやらないぞ」

「へぇ……」

「それに、この店はあの有名なデモリッションズ、いや、今はニルヴァーナに変わったか……そのニルヴァーナのヨシュアも利用しているから信用してもいいと思う」


 おや? 意外な処で接点があったな。ヨシュアさんも利用しているなら信用しても良いのか?

 でも待てよ。有名な会社の名前を使って信用させて、高いものを売りつける詐欺もある。一度ヨシュアさんに連絡を入れるべきか?


「用心深いな。だったらフレンド登録でもしとくか?」


 俺が腕を組んで考えていると、マリアが苦笑いをしつつ肩を竦めた。

 少し考えて、このマリアは詐欺を働くような人物に見えないと思い、彼女を信用することにした。ちなみに、桃が同じセリフを言っていたら、間違いなく信用せず店を出たと思う。




 フレンド登録とか、何となく初めて入った店で強制的に会員カードを作らされた気分にもなったけど、生産系の知り合いも増やして損はないと、マリアと登録をすることにした。


「ん? 何だ、お前もニルヴァーナなのか?」

「ブッ!!」


 お互いにフレンド登録を済ませると、コンソールを見たマリアが俺の名前を確認して驚いていた。

 ああ、そういえばフレンド登録すると名前の横にギルド名が付いたんだったな。


「……ふむ。エンブレムのマントを羽織っていないって事は、お前が噂の十二番目なのか?」

「んーそこまで正解を言われるとごまかしようがないから正直に答えるけど、それで大体合ってる。だけどこの事は……」

「ああ、分かっている。隠れたお前の存在がニルヴァーナの強さの秘密なんだろ」

「強さかどうかは自分では分からないが内緒で頼む」

「ああ、安心しろ。信用に関わるから、誰にも言うつもりはない」


 エンブレムマントを羽織らない本当の理由はただの私怨だけど、マリアの勘違いの方が格好良く感じるからそのまま通すことにした。


「じゃあ、皮の防具だけど、修理を頼む」

「ああ、いいぞ」




 鞄からボロボロの防具を出そうとしたら、桃が帰って来た。


「たらいもー」

「桃、修理を受けたぞ。皮だからお前の担当だ」

「はい、お茶。えー修理ー? ……この際だから買い換えちゃえば? 今ならお蔵……取って置きの品を出しちゃうよ」


 今、お蔵入りって言おうとしただろ!


「やだ」

「ちぇっ、ケチ。じゃあトレードして、修理するから」


 凄く不安だったけど、この強欲女が暴走してもマリアが止めると信じて、鞄からボロボロのサバギンレーザーを取り出し桃とトレードをする。


「何この装備! 見たことないし、品質が95.8%とか超高級品じゃん。興奮して手が震える」


 桃が受け取ったアイテムを見た途端、驚いて顔を紅潮させた。皮フェチか?

 マリアも興味を沸いたのか、俺の渡した防具を横から覗いた。


「ほう。全部に付与効果が付いていて……全部でVIT+10とか凄いな。これはどこで手に入れた?」

「ダンジョンの報酬品」


 ダンジョン産と聞いて桃が片眉を釣り上げる。


「ダンジョン産とか失敗して良い?」

「おい!」

「嘘だよーん。だけど最近は少しずつローグが増えたおかげで、皆がダンジョンに行ってレアアイテムばっかり狙うから生産品に見向きもしないし頭来るわ。マジ、ローグ死ね!」


 桃が修理しながら文句を言っているけど、内容が酷い。


「生産品も品質が高ければエンチャントを付けられる数も増えるからな。レアじゃないダンジョンの品を無理して手に入れるなら、高品質の生産品を買ってエンチャントを付けた方が性能が良い場合もあるぞ」

「なるほどねぇ」


 暇だったマリアが桃の代わりに防具の性能について教えてくれた。

 品質について詳しく聞いたら、品質が90%を超えると高品質になり、エンチャントで付けられる効果が20%増える。

 95%を超えると、さらにエンチャントできるのが50%増えるが、千回作っても一つ作れるかどうからしい。

 99%を超えると銘が付けられて特殊なエンチャントを付けられるらしいが、マリアも桃も作ったことがないとか、恐らく一万回作ってもできるか分からないと聞かされたけど、それ無理ゲーだろ。

 ちなみに、マリアが宝飾品とエンチャントを、桃が皮と布。名前だけ聞いているルイーダって人が、金属鎧と武器を作成しているらしい。

 教えてもらった性能の順番としては、超レアなダンジョンドロップ>品質99%>レアなダンジョンドロップ>品質95%>ダンジョンドロップ=品質90%以上>品質90%以下>NPC品らしい。




 確かに、金さえあればダンジョンに潜るよりも生産品を購入して、自分好みのエンチャントを付けた方が良さそうだ。

 だったら俺が片耳から奪ったレイピアはどうだろうと、腰から抜いて確認すると99.8%と物凄いレアだった。


「待て! 何だ、その品は。もっと詳しく見せてくれ!」


 俺がレイピアの品質を調べていたらマリアが驚いていた。

 彼女にレイピアを貸し出すと震えながら受け取った。コイツ、武器フェチか?


「品質99.8%だと!? それに凄い付与だな……この痛覚倍増付与という奴は初めて見る……」

「それね、刺さると痛いよ」

「それは付与の名前を見れば分かる。対プレイヤー用か?」

「ああ、そんなこと言ってたな」


 片耳がそんな事をほざいていたな。


(えへへ、凄いでしょー)


 お前はただ乗りしているだけじゃねえか、黙ってろ。


「ふむ。もし売るとしたら恐らく1P以上はするだろうな」

「うは、持ってるだけで狙われ……え?」


 マリアが鑑定した値段を口にした途端、ガタッ! と音がして振り返ると防具を修理していた桃が俺の装備を投げ捨て、鬼の形相でレイピアに向かって飛び掛っていた……オイッ! 人の装備を捨てるな!


 ドゴッ!!


 飛び掛ってきた桃にマリアのアッパーカットがカウンターで顎にヒットする。


「ギャーース!!」


 俺の目の前で桃が悲鳴を上げながら上空へ浮き、ゆっくりと弧を描きながら床に倒れた。飛び掛ってから床に倒れるまでその間1.5秒。一瞬の出来事である。


「……生きてる?」


 近くに寄って確認すると、彼女は半笑いの状態で目をぐるぐる回して伸びていた。


「うへへへへ……」

「安心しろ、何時もの事だ」


 さも当然の様に言っているけど、こいつが延びていたら俺の修理が終わらないんじゃね?




「ところで、この武器の銘は何て言うんだ?」

「銘? ああ、さっき品質99%以上で付けられるって言ってたね」

「ああ、このレイピアは銘を付く条件が満たしてあるから、自分で付けられるぞ」


 名前か……確かに、こいつは良く分からない存在だけど、長い付き合いになりそうだから名前を付けても良いかもしれない……長い付き合いとか嫌だけど。


(僕の名前? 付けて、付けてー! 格好良いのが良いなー)

(だから人の居る前で話し掛けんじゃねーよ)


 レイピアからもねだられたし、適当に付けるとするか……。


「そうだな、オルガス……」

「アウトだ! お前は馬鹿か!?」


 俺が言い切る前に、マリアからストップが入る。


「ええー。これで刺されたら絶頂と同時に死ぬって感じが、何となく良いじゃん」

「良くない! どこの世界にバイブの名前を武器に付ける馬鹿が居るんだ!」

「仕方がないなぁ……じゃあポル○オトラン……おっと!!」


 俺が言い切る前に、マリアの拳が顔面に飛んできたから、首だけ動かして避ける。


「それもアウトだ! 伏せ字になるような名前を付けるんじゃない!」

「注文が多いな……だったらテクノブレイカーでどうだ?」


 再びマリアから拳が来るかと思って身構えたが、マリアは拳を振り上げた状態で複雑な表情を浮かべていた。


「……意味を考えたら拒否したいが……名前だけなら響きが良いな」

「だろ? 俺も適当に言ってみたけど何気に格好良いよな、名前だけなら」


(ねえねえ、テクノブレイカーってどんな意味?)

(あ? シコって死ぬ人って意味だな。響きが格好良いだろ)

(え? ちょっと待って! そんな名前、嫌ーー!!)


 レイピアに名前の意味を教えてやると、悲鳴を上げて全拒否してきた。

 俺もヤレナイチンゲールは拒絶したから気持ちは分かる。

 だけどお前、今日からテクノブレイカーな。


 レイピアからの悲鳴を無視して銘の付け方をマリアに教わり、改めてレイピアに銘が付けられた。


(しくしくしくしく)


 嬉し泣きか? 名前が付いて良かったな。


「だけど、マリアって結構エロいよな」

「は?」


 俺が話し掛けるとマリアが変な声を上げた。


「だってエロい単語を知ってるし、実はエロフキャラ?」

「な! お前等、いい加減にしろよ」


 俺が指摘すると毬が顔を赤らめて怒鳴った。年上の美女が照れる姿が素晴ら……ん? お前等?


「ぐへへへ。マリアってエロいのに初心だよねー」


 横から聞こえる笑い声に振り向けば、いつの間にか桃が復活していてマリアをやらしい目で見ていた。当事者じゃない俺でも、その表情に殺意が生まれる。


 ドガッ!!


 顔を真っ赤にしたマリアが拳を振って、再び桃が吹っ飛んだ。

 ……俺の修理って何時終わるんだ?




「ただいま~」


 俺が溜息を吐いていると女性プレイヤーが店内に入ってきた。

 何となく、これで修理時間がまた伸びたと確信する。

 店に入ってきたのは、緑のジャケットを着た緑猫キャラで、名前を聞かなくても色で先ほど聞いたルイーダだと分かった。住まいはマンションですか?


「お帰り。それでどうだった」

「駄目、駄目。予定の三割しか仕入れられなかったよ」


 話の内容は分からないけど、マリアの質問にルイーダが手を振って駄目だと言いながら、俺の前に置いてあった茶を一気に飲み干した。


「……あ」


 結局、一口も飲んでねえ。


「ん? あれ? もしかしてお前のか?」

「いや、別に構わないよ」


 元々俺のじゃないし……。


「て言うか、お前誰だ?」


 最初に聞け。


「普通に客だと思うけど、ちょっと自信ない」


 一応修理の依頼をしているから客だと思う。


「よく分からねえけど自信持てよ!」

「お、おう?」


 この励ましに何の意味があるのか分からないけど、取り敢えず頷く。

 どうやらこの店は接客という言葉を知らないらしい。


「それで、何を買いに来たんだ?」

「防具の修理を依頼しているんだけど……修理する本人があれだから」


 そう言って桃の方を振り向くと……普通に起き上がって防具の修理をしていた。


「何? 仕事中だから話し掛けないでね」

「「「…………」」」


 マジでイラッとするね、こいつ。




 お湯を沸かして婆さんからもらった茶を入れると、皆に渡した。

 俺、客だよな……。


「鉄鉱石はゲーム開始当初から五割値上がりしているぜ。皮なんて全部が倍の値段になっているから、赤字は確実だな」

「転売か?」

「ああ、テンバイヤーが売買掲示板に張り付いてやがる。大手のギルドなら固定の採取屋を抱えているから入手も可能だけど、フリーの私達じゃまともに手が出せねえぜ」


 俺を無視してマリアとルイーダが会話をしていた。

 猫族のルイーダは語尾に「にゃ」を付けず普通に話すけど、話し方が男勝りで荒っぽい。

 それにしても先ほどから、放置されているのは気のせいか? 俺、本当に客だよな……。


「えー。皮が手に入らないの? スキルを上げられないじゃん」

「桃は後いくつでレベル20だ?」

「今18だからリザード二百枚は最低欲しい」

「無理、無理。二百枚も買ったら店の運転資金が消えるって」


 マリアの質問に桃が答えると、ルイーダが手を横に振って否定していた。


「だけど、そんな事言っていたらスキルが上がらないわよ! 生産職は先行してナンボだし、このまま大手ギルドに市場を抑えられたままで良いの? ムキー!」


 桃が両手を挙げて抗議しているけど、手が止まっているぞ、仕事しろ。


「だけど、資金も材料もなければ、こちらとしても何もできないからな」

「そう言って何時も平行線のままじゃん。最近はダンジョンドロップ品が出回り始めたから売り上げも減っているし、このままじゃ破産よ、破産。

 ああ、私達身売りされるのね。借金背負って盗賊ギルドに身売りされて、体も心もボロボロにされるのよ」


 マリアが肩を竦めると、桃が両手を組んで悲壮感ただよう演技をしながらオーバーに言い返していた。

 だけど安心しろよ、盗賊ギルドのチョイ悪おやじも、お前の性格を知ったら全拒否して路地裏に捨てる。

 それに、そこまでされるならゲームを引退しろ。そして仕事をしろ。そして、何時、修理が終わるんだ?


「なあ、部外者。何かいい方法はないか?」


 突然ルイーダに振られたけど、客に向かって部外者呼ばわりは酷いと思う。

 金呼ばわりの後は部外者扱い。俺、実は客じゃなかったのか……。


「資金は知らんけど、別ルートでの仕入れはできないのか?」


 逆に質問すると、マリアが顎を抑えて考えた。


「別ルートか……基本的に我々プレイヤーは生産ギルドから供給される素材を購入するか、採取メインのプレイヤーから購入するしかないな」

「採取プレイヤーと直接の取引はできないの?」

「できるけど、大抵の採取者は特定のプレイヤーとしか取引していない。新規の採取者とのコネもないし難しいと思う」

「ふーん。だったらNPCと取引したら?」

「残念だけどそれも無理だ。生産ギルドが素材を供給する理由が、NPCへ供給する素材のインフレを抑えるのが目的だからな。実際に、私達も一度だけ卸業者と交渉をした事があるが、異邦者には売れないと断られた」


 マリアからの返答を聞く限りだと成す術がないと思う。


「ケチよねー」

「桃、それは違うぞ。NPCはプレイヤーに対して正確な数を卸している。ただ、プレイヤーの中に転売目的で購入する輩の存在が想定外だっただけだ」

「そのぐらい分かってるわよ、悪いのはプレイヤーだって。どうせ日本人をカモにする外国のカス連中でしょ。金だけ稼いでRMTリアル・マネー・トレードで商売するのは何時ものパターンじゃん。

 百年以上前からあのクソ共は変わらないわよ。それで一体、どれだけの数のゲームを崩壊させて終了させているのか、あの連中は分かっているのかしら?」


 不満は分かるがそれ以上は止めておけ。差別がない処へ差別を作って商売するプロ市民が騒ぎ立てるぞ。


「ハイエナに怒っても仕方がない。いずれ運営が乗り出すまでは我慢だな」

「アカを消しても、どうせ湯水のように湧き出てくるわよ、あのカス連中!」


 昔のネットゲームはアカウントをいくつも作っていたと聞いたけど、VRは確か生体認証も必要だったはず。


「VRになってから生体認証も登録されているから、アカウントが複数あってもログインできないって聞いたけど?」

「部外者、甘いな。最近はその生体認証すら不正登録して、あいつ等はログインしてくる」


 ルイーダが俺の質問に答えたけど、客を部外者と言うな。

 結局、素材入手の解決方法は見つからず、俺が使えない奴扱いされた。

 一体、俺に何を求めているのか分からない。ただの客だぞ?




「できた!」


 色々あったが、昼前に桃が修理を完成させて俺にドヤ顔を見せた。

 何となく、いや、明かに作業時間よりも手が止まっていた時間の方が長かった気がする。金がないのは商売が下手なだけだと思ったのは俺だけか?


「修理代、幾ら?」

「100g!」

「は?」

「嘘だよーん」

「…………」


 相手女だけど、殴って良い?


「あはは、怒った? だけど素材が素材なだけに、やっぱり5gは払ってね」

「この店の接客っていつもこんな感じなの?」

「うむ、桃はあまり店頭には出さないようにしているが、運が悪かったと思ってくれ」


 マリアに尋ねると単純に俺の運がなかっただけらしい。

 桃に金を払うと、他にも何か買ってけと勧められた。


「他と言っても、ある程度の装備は整っているからな……いや、フード付きマントはある? できればリバーシブルなやつ」

「良いのありまっせ、旦那!」


 そう言って桃が奥の部屋へと走り姿が見えなくなると、奥のから物をかき分ける音が聞こえた。

 予想はしていたけど、あの性格からして整理整頓ができないタイプだと思う。


「お待たせー。ジャジャーン。品質96.3%のフード付きマントだよーん」


 見せられたマントは表が赤地で縁取り部分が黒、裏は黒地のマントだった。


「これエンチャントは付いてるの?」

「うへへ。この店はお客様のニーズに答えて、その場でエンチャントを受けるサービスになっています」


 最初の「うへへ」がなければ良い接客だと思う。後、俺はどうやら客だったらしい。


「どんなのが付けられるの?」

「ふっ。レアなアイテムを持っていてもしょせん素人か、装備が煤けているぜ」


 やっぱりこのクソビッチ殴って良い?


「品質が95%以上の装備だから、ステータスだったら+2ポイント。スキルなら何と驚きの+5が付くんですね」

「でもお高いんでしょ」

「あたりめぇだろ。生産職なめんじゃねーよ」


 あれ? そこはお約束の「びっくり価格」のセリフじゃないのか?


「それで、何のエンチャントを付ける?」


 言われて何も考えてないことに気が付いた。

 そうだな……ステータスUPも良いけど、今一番足りないのはやっぱり……。


「盗賊隠密スキルに5ポイント全振りだな」

「はい毎度あり。エンチャント料金含めて50gになります」


 マント一枚に50g? 円計算だと50万だからかなり高い。

 まけろと言ったら、まけてこの値段と頑としてまけなかったから、揉み手で迫る桃に50gを渡すと可愛い笑顔を俺に見せた。だけど騙されてはいけない。この笑顔はどう考えても営業スマイルだ。


「毎度ありー。それじゃマリア、エンチャントよろしく!」

「分かった。少し待ってろ」


 マリアがマントを受け取って奥へと消えていく。

 ちなみに、ルイーダは当の昔に会話から外れて、コンソールを使ってネットを見ていた。堂々とさぼるとか酷い店員だと思う。




 冷めた茶をズズズと飲んでいると、奥からマリアが現れてマントを俺に渡した。


「できたぞ。それに運が良かったらしい+6が付いた」

「マジで?」


 今のセリフは俺じゃなくて桃な。


「追加料金20gでーす」


 ゴン!


「ギャース!!」


 俺が手を出す前にマリアが鉄拳を頭に落とした。


「だから、お前が接客すると客が逃げるんだ! いい加減にしろ!!」


 そのセリフに俺とルイーダがうんうんと頷くけど、客を部外者扱いするルイーダ、お前は頷くな。


 だけど、スキルが予定より一つ追加したのはラッキーだと思う。

 お礼に財宝を手に入れたとき手に入れて、一度も使わなかったレイピアをマリアに上げようとしたら、マリアが遠慮しようとする前に桃が意識を取り戻してレイピアを掻っ攫い、ビューっと風を切りながら奥へと消えていった。


「…………」

「なんか色々と済まないな……」


 無言でいる俺にマリアが謝罪する。


「いや、あの手の存在には俺も慣れている。お互いに苦労するな」

「……ああ」


 二人で桃が消えた奥を見ながら溜息を吐く。

 ちなみに、ルイーダはネットに飽きたのかコンソールを閉じて寝ていた……猫キャラだとしてもフリーダムが酷すぎる。

 その後、素材が手に入れたら優先的に回して欲しいと頼まれ、他に生産の知り合いも居ないし、気が向いたらという事で店から出た。


「……疲れた」


 ドキツイ漫才を見せられた気分で正直、シンドイ。

 疲労で肩をもみながら、昼で賑わうコトカの町を歩き、次は本来の目的地である戦闘ギルドへと足を運んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る