第41話 異邦人に救われる魂

「厄介とはどういう事だ?」


 義兄さんがシリウスさんに尋ねる。


「例の祠から取り出したアイテムを領主が持っていないらしいんですよ」

『はあ?』


 シリウスさんの発言に全員が驚く。

 俺だって領主が海峡を封じているから頑張った訳で、もし船を失ったアビゲイルが今の話を聞いたら確実にぶち切れると思う。

 義兄さんも同じ事を考えていたらしい。全員を手で招いてから小声で話し掛ける。


「この話は絶対にアビゲイルには聞かせるな。もしばれたらただじゃ済まん」


 全員がコクコクと頷いていると……。


「何が済まんのだ?」


 背後からアビゲイルの声が聞こえて、全員がビクッと驚き肩を竦める。

 全員同時にギギギと軋んだ歯車の様にゆっくりと振り向けば、当の本人が立っていた。


「ア、アビゲイル。船の操縦はいいのか?」

「ん? ああ、凄い音がしたから確認に来ただけだ。で、彼は何で床に寝ている?」


 アビゲイルは義兄さんに答えると、床に放置中のシャムロックさんを指さす。


「床オナ中」

「お前、女性の前でその発言は止めろ!!」


 誰も答えない代わりに俺が適当に答えたら、義兄さんが慌てて止めた。


 ちなみに、俺が床オナと答えた時に見せた各メンバーの反応は、男性は全員が女の前で何言っているんだという驚きの表情。

 ジョーディーさんは俺に向けてサムズアップ。姉さんとヨシュアさんは呆れて、ローラさんは赤面中。

 チンチラとステラは床オナについてブラッドに何それ? と確認していたけど奴は説明に困っていた。


「そうか。あまり公衆の面前ではやらないように注意してくれ」

「へ? アビゲイルはなんとも思わないのか?」


 平然な顔で受け流すアビゲイルに義兄さんが驚いていると、彼女が俺を指さした。


「こいつのゲスについてはもう慣れた」

「いやー参ったなぁ」

「レイ君、照れるな。別に褒められてないぞ」


 恥ずかしがっていたらヨシュアさんに注意された。


「まあ、それよりも……」


 アビゲイルが俺に近づいて、いきなり俺の両方の頬を思いっきり強くねじる。


「いひゃい!」

「聞いたぞ、誰の顎が疲れたって? 何時そんなことを言った!」


 どうやら片耳と戦う前の喧嘩口上を誰かから聞いたらしい。俺を睨みつけながらほっぺをぐにぐに引っ張る。


あれひゃただのあれはただのひょうはちゅで挑発でまっひゃくのうひょです全くの嘘です


 言い訳を聞くと、彼女は溜息を吐いて力強く頬から手を引き剥がした。


「アウチ! もっとゆっくり放してくれ」

「たわけ! あまり女に恥をかかすんじゃない。分かったな」

「スマンコ」


 改めて騒音の原因を説明すると、呆れた様子でアビゲイルが俺達の前から去っていった。

 ちなみに、俺とアビゲイルのやり取りの最中、チンチラとステラが再びブラッドに顎が疲れる意味を尋ねていて、奴は答えに困っていた。




「取り敢えず危険は免れたか……シリウス、話を続けてくれ」


 義兄さんが冷や汗を拭い、アビゲイルが去ったのを確認してから続きを促す。


「そ、それじゃ続けるよ。既に掲示板にも書かれているんですが、領主の船に同行したプレイヤーからの情報で、領主が持っているとされていた祠のアイテムは既に片耳に渡っているらしいです」

「そうなのか?」


 ヨシュアさんが尋ねるとシリウスさんが頷く。


「ええ、領主の証言によると、既に20日近く前に片耳に盗まれたという話ですね」

「そうか……」


 話を聞いて義兄さんが溜息を吐いた。


「片耳に聞くとしても、あの様子では応答すらできないだろう」

「そうだな。もし海賊の砦に保管されていたら、こちらも討伐隊を出して行くしかないが、時間も掛かるしある程度の被害も覚悟する必要があると思う」

「そうなると、ブリトンに行けるようになるまでは、まだ時間が掛かるって事か……」


 順にヨシュアさん、ベイブさん、最後に義兄さんが意見を出し合って相談を続けていた。


「ねえ、レイちゃん。片耳の船長室に入った時、祠のアイテムを見なかった?」


 姉さんが俺に振ってきたけど、祠のアイテムがどんな物かなんて知らないし、船長室では殴り合っただけだから分からない。


「祠のアイテムってどんなの?」

「指輪よ。何の変哲もない指輪らしいけど、私も見たことがないから、どんなのかは知らないわ」

「指輪ねぇ……」


 あれ? …………あるぇ?

 指輪と聞いて何かが引っかかった。


「ん? レイちゃんどうしたの?」

「な……何でもないよ……」


 俺の様子に姉さんが訝しげに尋ねてきたけど、今はそれどころじゃない。

 段々思い出していくに従って、体中から冷汗が出てきた……。

 そう。ゲーム時間で20日近く前といえば、俺が領主の館に忍び込んだ日とほぼ同じ。あの時、盗んだ指輪はリックの指輪ともう一つ……謎の指輪を戴いた。

 そして、最後に俺は何をした? シャークのシンボルのダガーを金庫の中に置いてから、メッセージに「指輪は貰った 片耳」の置手紙を残して逃げた。

 あの時盗んだ謎の指輪は、今も俺の鞄の中に眠っている。

 どう考えても、祠のアイテムというのは、この謎の指輪に間違いないだろう……。




 問題はどうやって皆に釈明しよう。


「じゃじゃーん。実は指輪をずっと持ってました」


 なんて言ったら、間違いなくマストから吊るされて晒し者にされる気がする。こいつ等なら間違いなくやる。俺が悩んでいると……。


(YOU! 素直に白状しちゃいなYO)


 腰から幻聴が聞こえたけど、今は人が居るから話し掛けてくるんじゃねえよ。無機物に話し掛けたら頭が狂ったと思われるだろ。


(だって僕、もともと祠の指輪だったし)

(は? お前何言ってるの。何の設定もないただのモブだろ)

(違うよ、指輪に居た霊だよ。だけど暇だったからスティレット君に乗り移ったんだ。彼も作られてから長い間ずっと眠っていたから、僕と波長が合って一緒になったんだ)

(何で今までそんなご都合主義を言わなかったんだ?)

(んーー聞かれなかったから? だけど、何となく僕の話題だったみたいだったし、告白してみた。ドキドキ)


 そこは話せよ。それに意味なくときめいてんじゃねえ!

 確かに思い返せば、最初にスティレットから幻聴が聞こえたのがリゾート地ラビアンローズだった。

 なるほど、確かにスティレットを手に入れた当初は何も言わなかった武器が、指輪を盗んでから幻聴が聞こえ始めて、とうとう俺は体だけじゃなく精神も狂ったかと覚悟したが、なんてことはない。ただのゲームの馬鹿仕様なだけだったか……。


(と言うことは、スティレットを祠に捨てれば海流は戻るのか?)

(違う、違うよ。逆、逆。祠のお姉ちゃんは指輪が大事なだけだから、指輪を祠に納めれば海流は元に戻るよ)

(だとしたら、これでブリトンに行けるのか。お前最後にいい仕事したな)

(あ、それは大丈夫。さっきスチールレイピア君に転移したから)


 ……おい!




 …………おい!


(ひょっとして、まだ俺について来る気か?)

(だって旅をするんでしょ? 楽しそうだし、僕も祠にずっと居てちょっと飽きちゃったから、しばらく一緒に旅をしようね)

(お前、さっき古くなった武器にしか乗り移れないこと言ってなかったか?)

(言ったよ。だけど一度コツを覚えたからもう大丈夫! だから武器を変えても無駄だからね)


 そこまで話を聞くと、席を立って壁際へ行く。


「レイ君どうしたの?」


 後ろでチンチラが話し掛けて来たけど、彼女を無視して腰からレイピアを取り出し、勢いよく壁に叩きつけた!


「ウオッ!」

「な、なんだ?」


 俺の突発的な行動に全員が驚く。


(痛い、何で!!)

(悪霊退散!!)

(悪霊じゃないもん!!)


「レイちゃん? 突然どうしたの?」

「除霊」

「……?」


 姉さんからの質問にサクッと答えてから、レイピアを拾って席に戻った。

 レイピアが何かほざいているけど、コトカに戻ったら教会に行って除霊してもらおう。




 俺の行動で中断したが、義兄さん達の会話は続いていて、海流をプレイヤーだけで突破する方法とか、海賊の砦を落とすためのレイドパーティ構成についてとか、話の内容が段々と大きくなっていた。

 このままだとさすがにマズイと考え、マスト宙吊りの刑を覚悟して机の上にそっと指輪を置いた。


「レイ君、これ何?」


 隣に居たチンチラが目ざとく見つけて、指輪を手に持つ。


「……祠のアイテム」

「え?」


 俺が下を向いて誰とも目を合さず小さく呟くと、隣のチンチラが仰天して、思わず指輪をポトリと落とし、全員が一斉に俺を見た。

 

「……だからその指輪が祠のアイテムらしい」

「な、何でレイ君が指輪を持っているのかな?」


 ジョーディーさんが首を傾げたけど、もう開き直るしかないよね。


「片耳と戦っている最中に手に入れた」


 ごめん、やっぱ無理。嘘を吐きました。


「だったらすぐに出せば良いのに」


 ステラが肩を竦めながら呟き、チンチラが落とした指輪を再び拾って確かめる。


「ほら、あれだ、あれ。よくさ、ゲームとかで盗賊が戦闘中に物を盗むスキルとかあるじゃん」

「ああ、ぶんどるとか盗むな。知ってるぜ」


 思い付きで適当に答えたらブラッドが喰いついた。よし、良い反応だ。お前にはオプー○を買う権利をくれてやろう。だけどオ○ーナって何だ?


「そそ、それで戦っている最中に盗んでさ、ついさっきまで忘れていたんだよね」


 そんな事はできないし、もしやったとしてもそれはただの強盗。あ、俺、盗賊だからそれもアリか。


「ふーん。まあ良いわ」


 姉さんが妙に怪しい目をしながら頷いたけど、この女は恐らく俺の嘘を見抜いてやがる。まあ、被害にあった片耳の爺は既に廃人、証言を取ろうとしても無駄だから諦めろ。

 他にも色々と聞かれたけど、何とかごまかす事に成功する。

 だけど、レイピアから聞こえる幻聴については、気が狂ったと思われるから皆には内緒にした。




 空が赤く染まる夕方に軍艦がコトカの港へと到着した。

 乗っている船は海軍の船だから本当は軍港に入港しなければいけないのだが、乗組員は無抵抗だった一部を除いて全員が海賊だった事もあり、アビゲイルは以前リックを追いかけて乱闘騒ぎを起こした片耳が隠れ蓑にしている四番埠頭に船を入れた。


 船が到着すると直ぐに片耳の手下が船から下りて、海軍に掴まる前に逃げ始める。

 今のコトカに彼等の居場所はないが、わずかな間でも一緒に戦った仲だから、無事に逃げ切って欲しいと思う。


「お前には色々とやられたが、助けてくれた事に関しては礼を言うぜ」


 分かれ際に血尿ハゲが振り向いて、偉そうに話し掛けて来た。


「お前も若くないんだから、そろそろ足を洗えよ」

「ハッ、まだまだ行けるわ、ボケ。あばよ」


 捨てセリフを吐いてハゲが振り向きもせず舎弟と一緒に去っていく。

 彼等は『シーフ』のマスターが選んだ落ち着いた老後を選ばずに、盗賊として生きる人生を選択した。

 彼等の最後がどうなるかは分からない。大金を手に入れる可能性だってあるし、逆に捕まって縛り首になるかもしれない。

 だけど、彼等と俺は今という時間を全力で生きる似た者同士だと思いながら、去り行く後ろ姿を見送った。


 片耳の手下が去ると、今度は海軍から兵士が大勢やってきた。

 義兄さんと姉さんが窓口に立ち交渉した結果、レッドローズの乗組員の逮捕は免除された。

 そして、車輪のついた檻に入れられた片耳が、俺の目の前を通り過ぎ、船から下ろされる。

 かつての大海賊は見るも無残なボケ老人と化して、檻の中で何かを呟き、目の焦点は何も見えていなかった。

 一体、俺は彼の何をへし折ったのだろう。アラバ○タまでしか読んでないのが悪かったのか? せめてレッ○ラインまで読んどくべきだったか?

 片耳からすれば、突然湧き出た異邦人の俺に人生を潰された訳だけど、そう考えると異邦人が来たことで人生が変わったNPCは少なからず居るはずだ。

 それが良い事なのか悪いことなのか分からないが、俺達の行動一つで不幸になるNPCが居るとしたら、俺達は何時かその罪を受け入れる必要があると思う。

 だけど、今はこの海が平和になったことを素直に喜ぶことにした。


 片耳を運搬する理由から入場規制されていた埠頭が解除されると、他のプレイヤーが押し寄せて、先に船を下りた兄さん達、異邦の十一人を取り囲んだ。

 俺は皆と一緒に船から降りず、彼等が歓迎されるのを船の縁から眺めていた。

 俺のことが気になったのか、姉さんとチンチラが俺に振り向いたけど、彼女達に気にするなという意味で首を横に振った。

 元々俺がPKに狙われないようにするため別行動を取ることは、港に降りる前からの打ち合わせで決まっていた。


 ニルヴァーナは今回の件であまりにも有名になり過ぎた。

 戦ったのはレッドローズ号の皆だが、他のプレイヤーからしてみればNPCが活躍するということ事態がありえず、説明しても無駄だと判断したからだ。

 それに、片耳を倒したのは確かに俺だから、ニルヴァーナの功績と言ってもおかしくはない。

 もし、俺が一緒に兄さん達と降りて片耳を倒したと自慢すれば、一躍有名になるだろう。だけど、それは同時に、俺が他のプレイヤーから狙われる対象になる事と同じ意味を持つ。

 ゲームで死ぬことが俺の命が尽きる事。それをPKに説明しても信じるとは思えない。俺を含めた全員がそう判断して、俺の存在を隠すことに決めた。


 歓迎されている彼等を見て少し寂しく思うが、同時に人気者の彼等に隠れて活躍する俺って格好良いかもとか思っちゃったりしたりして、何となく厨二病が発病したかもしれない。


「どうした、寂しい目をして。やっぱり、お前も彼等の輪の中に入りたいのか?」


 俺が義兄さん達を見ていたら、アビゲイルが横に立って声を掛けてきた。


「んー片耳を倒した俺が目立つと、面倒そうだし、実際に面倒な事になるし、これで良いと思うよ」

「……そうか」


 アビゲイルがふっと笑って俺の肩を抱き寄せる。


「だけどな、レッドローズ号の全員、その家族を含めて皆がお前に感謝している。その事は決して忘れるな」


 異邦人が居たから幸せになれるNPCが居る。その事実があればこのゲームにも俺の居場所がある。

 夕暮れで赤く染まるコトカの町中へ消える義兄さん達を、アビゲイルと一緒に見送りながら、俺はフードの下で笑みを浮かべていた。

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