第39話 アース国機密巡査官

 スイート・チン・ミュージックを顎に喰らった片耳は、背後の扉を破壊して部屋の外へと吹っ飛んで消えた。

 一人部屋に残されて気が緩んだ途端、体中から痛みが襲う。


「あー、クソ、クソ、クソ、クソ! 刺された箇所がまだ痛てぇ。あのクソ爺、めちゃくちゃに殴りやがって、顔が腫れまくってるじゃねえか!」

(面白かったね~)


 腰からスティレットがふざけた事をほざいたから、鞘から抜いて床に思いっきり叩きつけた。


(痛い! 何するの!)

「ウルセエ! 無機物が黙ってろ!!」


 スティレットにぶち切れた後、鞄からポーションを取り出して頭からぶっ掛ける。

 一本じゃ足りなくて二本使ってようやく体の傷と警告アナウンスが消えた。

 その代わりポーションの飲み過ぎで腹の中がパンパンになる。


 何この違和感。食い過ぎで吐きそうなのに胃酸しか出ない感じがする。

 腹を抱えながらスティレットを回収した後、片耳の様子を確認しようと扉のなくなった入り口から外へ出た。




 俺が外に出ると、激しい戦闘が繰り広げられていた甲板が異様なほどに静まり返っていた。そして、敵味方関係なく時が止まったように動かず、一点へ視線を向けていた。

 その視線の先を追うと……遠く離れたマストに片耳が寄り掛かって座り、頭をうな垂れ倒れていた。

 ……壁ドンが進化してやがる。どうやら打撃スキルを得たスイート・チン・ミュージックは破壊力が増していたらしい。爺は死んだか? 生きていても、あの様子じゃ戦闘は無理だろう。


「あ、あ……」


 壇上から片耳を見下ろしていたら、片耳の海賊が震える指を俺に向けて奇妙な声を上げる。

 何で化け物を見るような目で俺を見る? ギロッと睨むと、海賊の股間から温水が流れ出して湯気が立った。

 何となく強制放尿プレイをさせた気がして、罪悪感と同時に化け物扱いにショックを受ける。

 俺が無事で片耳が倒れているのを見た片耳の手下達は、負けたことを悟り武器を捨てて降伏し始めた。何となくだけど、魔王と呼ばれる輩の孤独感を理解した。


「勝ったのか!?」

「俺達の勝利だ!!」

『ヤッターー!!』


 片耳の海賊とは反対に、レッドローズ号の船員達は勝利の歓声を上げて抱き合い、喜んでいた。




「アサシン!」


 呼ぶ声に顔を向けると、アビゲイルが俺に向かって走って来た。

 そして、壇上まで上がると俺に抱きつく。


 オッパイ! 顔がオッパイに埋まる!!


「あ、スマン! つい興奮して抱きついた。苦しかったか?」


 顔を左右にブルブルと動かして感触を味わっていたら、苦しんでいると思われたらしい。アビゲイルが俺から離れると、心配そうに俺を見ていた。オッパイタイム終了。


「突然マストに上がって、一人で乗り込んだ時には心配したぞ。だけど、お前の行動が敵の戦力の分散になった。そのおかげで私達の勝利だ!」

「おう、お前の親父の仇もきちんと取ったぞ」


 片耳が倒れている方へ顔を向ける。


「そうか……ようやく終わったんだな」


 アビゲイルが片耳を見て静かに呟いた。


「いや、まだ片耳の残党は残ってるし、これからじゃね?」

「……そうだな。第二、第三の片耳が現れるかもしれない。この海の平和は私達が必ず守ろう」

「……それ海軍の仕事じゃん」


 俺が突っ込みを入れると、彼女が「ん?」と考えてから大声で笑う。


「あはははは、確かにそうだな。なら、私達は程々に守ることにしようか」

「ああ、それがいいよ」




 アビゲイルとの会話が済んだところで、義兄さんから通信が入る。


≪レイ! もうすぐそっちに着くが、状況はどうなってる≫

≪どうなってるって言われても、片付いたよ≫

≪何!?≫


 何!? じゃねえよ。レッドローズ号が速かったのもあるけど、今回、お前等何もしなかったな。


≪片耳を倒してこの船も制圧したから、だけど、船が両方とも大破しているんで、とっとと迎えに来てくれ≫

≪……本当に倒したのか?≫

≪倒してなかったら、こんな落ち着いてチャットなんて出来るか≫……阿呆。


 最後の阿保は心の叫び。


≪分かった。迎えに行くから待ってろ≫

≪疲れたから、早く来てくれ≫


 通信を終わらせると、楼閣の壁に寄りかかって溜息を吐いた。




 遠巻きにされて誰も近寄らない片耳の傍に俺が立っても、爺はピクリとも動かなかった。

 立て膝をついて爺の様子を伺うと、意識は取り戻しているらしいが、焦点の合ってない目でブツブツと何かを呟いていた。

 俺に倒された事で心が折れたか? どの道、コイツの残りの運命は絞首刑しか残されていない。精神が先に死んで、苦しみながら死ぬことがないのだけが救いだろう。


 この場から立ち去ろうとしたが、俺を散々苦しめたレイピアが視界に入り、戦った報酬に頂く事にした。

 鞘から抜いて確認すると、スティールレイピア(STR+3、AGI+6、痛覚倍増付与付)と、これまた見事な品で顔がニヤケる。


(よう、スティレット。これどうよ。基本性能、付与ステータス、特殊能力の全てがお前より良いけど、これに勝てるか?)

(うっうっうっ……無理です。ぐす、勝てましぇん。うわあーーん)


 心の中でスティレットに尋ねると、腰から泣き出した声が聞こえてマジうぜえ。

 まあ、お前もそこそこ役に立ったから、捨てずにオークションに出してやる。良い奴に拾われろよ。


「じゃあな、片耳。安らかに眠れレスト・イン・ピース


 レイピアを鞄に入れて、手向けに俺が着ていたフードを片耳の体に被せると、彼に別れを告げた。




 激しい戦闘が行われていたが、死亡者は想像していたより少なかった。

 どうやら戦闘では武器で殺すより、船から海に落とした方が楽という理由からス○ブラ式が優先されていたらしい。海賊の間ではリアルス○ブラがブームである。

 アビゲイルに届く被害報告を横で聞いていたら、ようやく義兄さん達が乗る海軍の船が到着した。

 だけど、向こうの船から伝わる雰囲気がピリピリしていて、何かがおかしかった。

 そして、その予感はどうやら的中し、船が連結されると海軍の兵士が一斉に乗り込むと、片耳の手下だけではなく俺達も包囲した。


「動くな!!」


 俺達が戸惑っていたら、兵士の奥から太った仕官が現れて、俺達に向かって偉そうな口調で命令をしてきた。


 何だ、この豚?


 義兄さん達は何をしているんだと思ったら、海軍の船の甲板で兵士に取り押さえられて、俺に向かって何かを叫んでいた。


「時間を稼いでくれ、義兄さん達に確認してみる」


 アビゲイルの背後へ近づき囁くと、彼女も視線を前に向けたまま頷いた。

 彼女から離れて、義兄さんにチャットを送る。


≪義兄さん、これどういうこと?≫

≪分からん! クソ! 離せ!! 片耳を討伐したと海軍の仕官に報告した途端、態度が一変して……何? 少し待て!≫


 どうやら海軍は義兄さん達を裏切って手柄を独り占めにし、さらにレッドローズ号の乗組員まで捕らえるつもりらしい。


≪ヤッホー。レイちゃん聞こえる?≫


 相変わらずの呑気な声だけど状況を考えろ。ヤッホーの口癖に殺意が生まれる。


≪姉さん、どうしたの?≫

≪私が説明するわ。あの士官の態度が豹変してから名前を思い出したんだけど、今、レイちゃんの前に居る仕官は領主の手紙リストに居た汚職メンバーの一人よ≫

≪あれ? 領主とグルの汚職野郎は、全員一緒の船で逃げ出たんじゃなかったっけ?≫

≪残念だけど、その領主からも見捨てられた人物よ≫

≪クズからクズ扱いされるとか、本当のクズか。見た目と態度で何となくそんな気がしたよ≫

≪見た目で判断するのはどうかと思うけどね。多分、その士官だけど、片耳とも癒着が有った可能性が高いわ。片耳が倒されたと聞いて、自分の贈賄も見つかると思って口封じをする気なのかも……≫


 何でこうアース国の役人って奴はどいつもこいつも腐っているんだ? うん、やっぱりゲームの開発者が腐っているんだろう。


「どういうことだ!!」


 俺から離れた場所ではアビゲイルが代表して交渉に臨むが、太った仕官はアビゲイルをいらやしい目で見ながら嘲笑って相手にしていなかった。豚が色気だしてんじゃねえよ。


≪暴れていい?≫

≪……仕方がないわね。許可するわ≫


 姉さんから許可を得て、俺も好きに暴れる事にした。




 さて、暴れるとしても、どうしようかな……。


 兵士がこちらに乗り込んでいるって事は向こうの船は手隙な状態。

 そして、こちらの船は船体に穴が開いて航海不能。

 戦力差は海軍の方がこちらと比べて倍の人数が居る。


 海軍を倒してさらに海軍の船を奪いたいけど、数的に厳しいな。

 まず戦力差を埋める必要があるけど増援なんて望めないから、ここは片耳の手下を使うとしよう。


 正体を隠すために、以前使っていた表が赤のフードを裏の黒にして装備する。

 そして、こそこそとレッドローズ号の船員の間を兵士に見つからないように移動して、片耳の手下が集まっている場所へと移動した。

 片耳の手下共は武器を取られて縄で手を結ばれた状態で一カ所に集められ、床に座って、不安げな様子で海軍の豚とアビゲイルのやり取りを伺っていた。


「よう、血尿ハゲ、元気か?」

「……お前か」


 集団の中から俺と戦ったハゲを見つけて声を掛けると、元気の欠片もない返事が返って来た。


「元気がないな便秘か? 腸内洗浄でもしてスッキリしろや」

「誰がするか、ボケ」

「まあ、お前が元気だろうがどうでもいいが……」

「なぜ聞いた?」

「お前達、助かりたいか?」


 俺の質問にハゲと周りの手下達が反応する。


「助けてくれるのか?」

「しっ、声が大きい。条件がある」

「……聞かせろ」


 声が大きくなったハゲを黙らせて、条件について話を始める。


「今、海軍のクソ豚がクソ偉そうに言葉を喋り、人間様に向かって阿呆な事をぬかしてるから、ちょいと絞める必要がある事はここに居ても気が付いていると思う」

「お前の言葉は最低だが、その考えには同意するぜ」

「褒めるなよ」

「褒めてねえよ!」


 ……げせぬ。


「それであちらが……」

「スルーかよ」

「……うるせえ、ハゲ。話の途中だ」

「……げせぬ」

「それでだ。あっちが数の暴力という軍隊式で来るなら、こちらも海賊式でお出迎えしないと礼儀に反すると思うんだが、その辺どうよ」

「お前とは旨い酒が飲めそうだな」

「酒は遠慮しておく、碌な思い出がない」

「なんだ、下戸か?」

「酒乱の被害者だ」


 ハゲが首を傾げたが、酒瓶発射台になる気持ちがお前に分かるまい。


「それで報酬だが、コトカに着くまではレッドローズ号の船員として扱う。その先は知らん。これでどうだ?」

「ああ、それで構わない」

「もし俺達が裏切ったらどうする?」


 ハゲが同意して頷くが、その横に居た別の海賊が余計な質問をしてきた。


「…………」

「あ、いや、スマン。忘れてくれ」


 海賊を無言で見下ろしていたら、向こうから勝手に謝ってきたけど、俺、何もしてねえよ?


「馬鹿が、立場を考えろ」


 俺の代わりにハゲがその海賊に向かって注意をしたけど、俺からも警告をするとしよう。フードを指先で少し持ち上げ、チラリと顔を見せる。


「その時は俺が相手になってやる」


 お前等が義兄さん達を倒した後でな。


「…………」


 何も言わなくなった海賊を見てこれで大丈夫と判断すると、近くに居たヨッチと「薔薇族」六人組を呼んだ。


「師匠、どうしたっすか?」

「おう、耳を貸せ」


 手で招いてから小声で作戦を伝えると、彼等は若干不安な様子だったが賛成する。

 ヨッチと「薔薇族」の二人が片耳の手下のロープを切る作業。

 残りの三人が回収した武器を再び片耳の海賊達に渡して作戦の準備を始めた。




「だから! 私達は片耳と逃げる領主を捕まえるために攻撃をしただけで、一般の船には手を出していない!」


 俺が交渉を終わらせてヨッチ達が準備をしている間、アビゲイルは士官に説得していたが、豚は相変わらずエロい視線を彼女に向けてニタニタとした笑みをしていた。


「民間船の攻撃は禁止している。それに、お前達は一度海軍とも交戦したのを忘れた訳じゃないだろ!」

「あの時は、お前達が先に襲ってきたんじゃないか!」

「もういい!」


 平行線を続けていた交渉に嫌気がさしたのか、豚が首を横に振って交渉を終わらせた。


「これ以上長引かせても無駄だ。全員捕らえ……」

「待った!!」


 豚が命令を下す直前、言葉を遮ってアビゲイルの後ろから姿を現す。


「……何だ、貴様は?」

「何でオークがここに居る!?」

「なっ!」


 俺の返答が予想外だったのか豚が驚く。

 俺のセリフに海賊達が笑いを堪えていたが、海軍側からも密かな笑い声が聞こえていた。

 その隙に海軍の船をチラリと見れば、義兄さん達が不安そうな様子で俺を見ていた。


「ふ……ふざけ……」

「黙れ、豚!!」


 切れる寸前の豚に向かって大声で叫び、相手を黙らせた。

 またしても予想外の反撃に驚き、豚が口をパクパクさせる。


「先ほどから聞いてればブヒブヒ言いやがって、貴様それでも養豚。違った。軍人か!!」


 豚が顔を真っ赤にして訳が分からないといった様子で俺を凝視する。

 交渉? 向こうが交渉しないんだったら、こっちも交渉しなきゃ良いだけだろ。

 それに、これからやり合うと決めたんだから、言いたいことを言わせてもらう。


「な、何だ、貴様は!!」

「私はアース国機密巡査官のジョン・スミスだ!」


 突然の役職にこの場に居る全員が俺を凝視して驚くが、全てがデタラメである。


「……何?」

「海軍の汚職を調べるため、侵入捜査で片耳の船に乗り込み証拠を探している最中、この船が襲われて仕方がなく状況を伺っていた」

「何……だと……」

「そして、お前達が言い合っている間、船長室へ忍び込んで証拠を探した結果、この資料が出てきた」


 そう言って、鞄から『調合大全集』を取り出し表紙を隠して豚に見せた。

 背筋を伸ばして偉そうに豚を見下ろすと、『調合大全集』をぽんぽんと叩きながら豚に近づく。


「この資料には片耳が取引したアースとブリトンの役人リストが載っていた。お前、名前は何と言う?」

「…………」


 俺の名演技に先ほどまでの威勢がなくなった豚がトン汁、違う、脂汗を垂らし始めた。

 どうやら姉さんの予想通り、この豚は片耳と癒着があったらしい。

 だけど、そんな事はどうでもよくて、豚の汗を見ていたらVR豚骨次郎ラーメンが食べたくなってきた。


「もう一度聞く。お前の名前は何と言う?」

「…………」

「そうか……言えないか……」


 溜息を吐いて『調合大全集』を鞄にしまう。

 そして、豚の肩に腕を回してチラッと海賊側を見れば、ヨッチがOKサインを出していた。作戦準備完了である。


「最後に一言、お前に言っておこう……」


 豚を抱き寄せて、誰にも聞こえないように耳元で小声で囁く。


「全部嘘だ。ヴァーカ!」

「……は!?」


 豚が驚き振り向くのと同時に頭突きを食らわせた。


「……ぐげっ!!」


 よろけた豚の股間を蹴り上げ前屈みにさせると、素早く豚の目の前で両手の中指を突き立てる。

 そして、背を向けて肩に豚の二重顎を乗せ、その場で尻餅を着き、スタナーを喰らわせた。


『わああああああ!!』


 その直後、俺の行動を合図に、海賊達が喊声を上げながら兵士に襲い掛かった。

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