第35話 コトカ湾炎上
「さて、勝負を挑むとしてもどうするかだな。アサシン、何か面白い案はないか?」
なぜ俺に振る、お前が船長とちゃうのか?
だけど、ただ船に居るのも暇だし俺も考えてみるか、まず敵の勝敗の条件を考えると……。
・領主の船の奪還で勝利。
・全滅で敗北。
・部下の船が残っていても、片耳の乗る母船が沈んだ場合は敗北。
そして、次に敵の勝敗に当てはまらない事を考える……。
・数隻の船が沈んでも勝敗には関係ない。
・レッドローズ号が沈もうが勝敗に関係なし。
最後にこちら側の勝利条件を考える……。
・1時間で海軍が出てくるから、それまでに沈められなければ勝利。
・同じく1時間コトカの領主が奪われなければ勝利。
そこから導かれる答えは…………。
「まず、片耳は全部の船をこっちに寄越さないと予想できる」
「ほう、何故に」
「理由は片耳が後一時間で海軍が出て来る事を知らない。次に片耳の乗る母船が沈んだら負けだから、数隻は護衛として確実に残すと思う。こっちが一隻だけだから、多くても三隻じゃないかな」
「なるほど……」
俺の考えに副船長が頷く。
「次に1時間で海軍が来ると知らない片耳も目の前で繰り広げる戦闘を見れば少しは急かすと思う。そう考えると、こっちに来る三隻の船の内、一隻でも沈めたら護衛の船が追加で来る可能性がある」
「ふむ、全船を相手にはしないが、常に三隻かそれ以上の船を相手にしなければいけないって事か……」
副船長の確認に今度は俺が頷いた。
「ああ、そしてここからは相手次第だけど、我慢の限界が来たら最終的に片耳の船を残して、五隻の船がこっちに来ると思う。その時、海軍が動いているかどうかで勝敗が決まるかな」
「海軍が出てこなかったら?」
アビゲイルからの質問に、にっこりと笑う。
「その時は逃げよう♪」
「ははは、確かにそうだな」
俺の答えにアビゲイルと副船長も笑った。
それから、二人に近づいて小声で話を続ける。
「だけど、もし海軍が出てきてこっちが有利なら……」
「「ん?」」
「片耳を叩けるチャンスだと思う」
「「!!」」
その発言に二人が笑いを止めて俺を凝視した。
「……確かに……その通りだな……」
「もし護衛が居ない状態で差しの勝負なら……」
「さっきの話だと片耳はアジトに籠って出てこないみたいだから、潰せるなら潰そう」
おれの提案に二人とも、真顔になって頷いた。
「どう? 姉御が御所望した面白い案だった?」
不意を突いてにっこり笑うと、アビゲイルが驚き笑いだす。
「あははははっ、確かに面白かった。さすが、私が惚れただけはあるな。それとアビゲイルだ」
「そりゃどうも」
アビゲイルの反応に、俺と副船長が目を合わせて一緒に両肩を竦めた。
「よし、やることは決まった。徹底的な嫌がらせをしてやろう。沈めるのは二の次だ。こちらの被害を抑えるのが第一優先、次に相手の針路妨害。領主の船に近づいた船から攻撃するぞ」
「了解」
アビゲイルの指示に副船長が大声を張り上げて各船員に指示を出す。
「さあ、始めようか」
アビゲイルが不敵に笑うのと同時に、レッドローズ号は戦闘態勢に入った。
「前方、三隻の船が接近!!」
「予想通りだな」
見張りからの報告に予想が当たったと確信する。俺はアビゲイルの独り言に黙って頷いた。
「キャプテン、どう動く?」
「今の時期は北から風が吹く。ゆっくり西に回ってから一気に東に突っ切り、三隻の進路を塞ぐよ」
「距離は?」
「有効射程範囲ギリギリだ。ただしこちらからの攻撃は威嚇のみとする、空砲でいいだろう」
「了解! 取り舵80度、速度は落とせ!!」
『とーりかーじ80度!!』
副船長が指示を出した後、レッドローズ号が右に傾き進路を西へ向ける。
それに反応した一番右の敵船が俺達に向かって針路を向けた。
「釣れたのは一隻か……」
「残りの二隻の内、一隻が回収で、もう一隻がその護衛。向こうはこちらの戦力を普通に船一隻分と判断してくれたらしいね」
「ずいぶんと甘く見られたもんだな。普段なら舐めるなと怒るところだが、今は幸運と思うべきか……」
「それと、一つ気になることがあるんだが……」
「なんだ?」
アビゲイルが俺を振り返る。
「いつの間に俺はこの船の参謀になったんだ? 場違いじゃね?」
そう答えると、彼女は今更何をといった感じで首を傾げる。
「まあ、良いんじゃないか? うろちょろされても邪魔だし、ここに居ろ」
「姉御が良いって言うなら、別に構わないけどね」
「アビゲイルだ」
いつの間にか参謀という仕事を得たわけだが、給料は……やっぱりただ働きですか、そうですか……。
「敵船まで残り0.4マイル(740.8m)!!」
見張りの声にアビゲイルが行動を開始する。
「面舵120度、一気に行くよ!!」
「了解、面舵120度!! 速度最大、空砲準備開始!!」
『おーもかーじ120度!!』
急激な転回にレッドローズ号が斜めに傾く。床が平行に戻ると進行方向は逆を向いていた。
レッドローズ号の急転回に驚いたのか、こちらに向かっていた敵船が慌てて針路を変更しようとしていた。しかし、その動きは素人目からしても遅鈍だった。
「相変わらず見事な腕だな」
アビゲイルを褒めると、彼女は横目で俺を見て自慢げに鼻で笑っていた。
「手前の船は無視だ! 中央の船の正面0.3マイル(555.6m)まで移動!」
『了解!!』
レッドローズ号は速度を上げると、中央の船に向かって進んだ。
「前方と後方の両方から砲撃!」
「無駄だ」
見張りの声にアビゲイルが呟く、彼女の言う通り、射程範囲ギリギリから砲撃された砲弾はレッドローズ号の近くに落ちて水柱を上げた。
「取り舵10度、少し脅すよ!」
「了解!」
アビゲイルの命令に副船長がニヤリと笑う。
「取り舵10度!」
『とーりかーじ10度!!』
レッドローズ号が中央の船の側面に針路を変えて進み始める。
前方に一隻、後方からも一隻、さらに前方の奥では三隻目の船も向かい始めていた。
「奥に行くかコトカ側へ戻るか……アサシンお前ならどっちへ進む?」
アビゲイルから尋ねられてコインを鞄から出す。
「表なら奥、裏なら戻るね。よっと……表だ」
彼女はコインを見た後、片方の口角を尖らせ副船長へ指示を出す。
「アサシンはギャンブルが強いらしいからな、ここはお前の運に期待しよう。針路さらに取り舵45度!!」
「やれやれ、大勝負なのにこんな簡単で良いのか?」
副船長が俺達を見て呆れているが、顔は笑っていた。
「取り舵45度!!」
『とーりかーじ45度!!』
レッドローズ号が右へと針路を向ける。
中央の船とは距離0.3マイル(555.6m)の距離を離れてすれ違った。
「中央の船に空砲発射!!」
アビゲイルの号令と同時にレッドローズ号から空砲が発射される。
相手側も少し遅れて大砲を撃ったが、全ての弾が外れて海に落ちていた。
コンソールを開いて時間を確認すると、姉さんとの会話から二十分が経過していた。
現在の状況は、中央の船は俺達とすれ違いコトカの方を向いている。おそらく、位置と方向からこれは領主の船へと向かうのだろう。
最初に近づいた右の船は俺達を追尾していた。
本来ならレッドローズ号を無視して領主の船に向かうべきなのだが、この船の船長は本来の目標を忘れて、俺達を狙っていた。
そして、左に居た三隻目の船は領主の船へと向かっていたが、レッドローズ号が中央に向かったことで、針路を中央に向けて仲間の援護に向かい、さらに釣られて領主の船と反対方向に舳先を向けていた。
「そろそろこちらも攻撃しようか」
「右、左どっちにする?」
「アサシン、お前ならどっちを狙う?」
アビゲイルの提案に副船長が尋ねたが、彼女はそれには答えずに謎かけてきた。
確かに近くに居るのは左右の敵船だが……。
「もちろん、中央だろ」
「正解だ。本来の目的を忘れたら駄目だ、領主の船に近づいた敵から沈めるぞ! 後方から来る船を基点にして、距離0.3マイル(555.6m)の位置を取りつつ取り舵大回りで180度転換!! 砲撃も用意しろ、弾は通常の半分でいい!!」
「了解!!」
副船長が指示を出すと同時に船が傾き、針路は後方から来る船の右側を距離0.3マイル(555.6m)の位置を確保しながら大回りを始める。
そして側面同士向き合うと同時に……。
「撃て!!」
アビゲイルからの号令でレッドローズ号から大砲が打ち放たれた。
「二発着弾!! おおおおっ、メインマストに命中、柱がへし折れたぞ!!」
『ヒャッハー!!』
見張りからの報告に船員から歓声が上がる。何故か喜び方が雑魚キャラ風。
「当てた奴は後で褒美だな」
「運がこっちに向いてきたな」
アビゲイルと副船長の二人がお互いの顔を見て笑ったが、同時にレッドローズ号の後方から爆音がして船が揺れた。
「被弾! 船尾楼が一部破損!!」
「あちゃー私の部屋か……」
「まぐれ当たりだろう。まあ寝るときは夜風が涼しいから、風邪には気をつけることだな」
船員からの報告にアビゲイルが顔をしかめて頭を掻き、副船長は俺を見ながら肩を竦め笑った。
「まあそのときはアサシンにでも暖めてもらうか」
「一人で潮吹いて寝ろ」
「「ブッ!!」」
突っ込みを入れると二人が同時に吹きだした。これはナイスな突っ込みだったということで良いのかな?
「アサシン、そのセリフは女性に対して下品過ぎるから止めたほうが良いぞ」
「ん? 大丈夫、こんな言葉一つで嫌う女は俺のほうからお断りだ」
「そ、そうか……」
アビゲイルが呆れて溜息を吐く、副船長は俺を信じられないといった形相で俺を見ていた。
時間は三十分を経過していた。
レッドローズ号は被弾したけど移動速度に影響はなかった。舳先を北側に向けて海を進む。
針路の先には領主の船とそれに近づく中央の船が見え、後方を振り返れば二隻の船が後を追うが、その内の一隻はメインマストが折れたせいで明らかに速度は落ちていた。
「前方の船の後方へ位置しろ! それと砲撃用意、弾は全弾込めろ!!」
「砲撃用意!!」
前方の敵に狙いをつけ移動を開始したその直後、聞きたくない報告が見張りから飛んできた。
「片耳の護衛船がこちらへ移動開始!!」
俺とアビゲイル、それに副船長が同時に舌打ちをする。
「何隻向かってる!!」
「二隻だ!!」
副船長の確認のどなり声に再び見張りが焦りながら数を報告した。
「さっきの攻撃で一隻、戦闘不能と判断したか……」
「同時に二隻ということはあちらも焦り始めたかな?」
「だけど私が予想していたより少し早い」
アビゲイルと俺が同時に溜息を吐く。
「キャプテン、どうする?」
副船長の質問にアビゲイルが腕を組み目を瞑って考える、そして答えが決まったらしい、カッ! と目を開けた。
「予定に変更なし、前方の船は攻撃する。その後は領主の船を盾にしながら被害を抑えるとしよう」
アビゲイルの指示に副船長も頷いた。
「それなら向こうも迂闊には攻撃できないな」
「ああ、これは最後の手段だったんだが致し方ない。アサシン」
「あいよ」
「コトカの状況を確認してくれ、それとできれば急がせろ」
「了解」
前方の船を追いかけている間、姉さんに連絡を入れた。
≪姉さん、こっちは少しきつくなってきたけど、そっちの状況はどう?≫
≪ヤッホーレイちゃん。こっちはやっと説得が終わったわ。最初、海軍の船長が海賊同士潰しあえば都合が良いとか言って、全然動こうとしないんだもの≫
こっちはお前らの代わりに大変なのに、何をやっているんだか……。
≪そいつの名前、後で教えて≫
≪……聞いてどうするの?≫
≪夜にちょっとお邪魔して、お茶目な事をするだけ≫
≪殺しちゃ駄目よ≫
≪そんなことはしないよ≫
殺しはしない。ただ社会的に人生を終わらせるだけだ。
≪それで、予定通りに海軍は動くの?≫
≪動くわ。今、準備を始めているけど……≫
≪……けど?≫
≪他のプレイヤーの皆も船に乗りたがっていてね。凄い事になりそうなの≫
≪姉さん、今は戦力より時間の方を優先して。片耳が本気を出してきたから、こちらも予定より早く動かしたい≫
≪分かっているわ。急がせるけど……あまり期待はしないでね≫
姉さんの溜息を最後に通信が切れた。
イベントは楽しいからな。プレイヤーも便乗して乗り込もうとする気持ちは分かるけど、今は邪魔だと自覚して欲しい。
アビゲイルに姉さんの話を伝えると、彼女も顔をしかめて仕方がないといった感じだった。
「前方の船との距離0.15マイル(277.8m)」
「取り舵15度!」
『とーりかーじ15度!!』
見張りの報告に副船長が針路を変更させる。
レッドローズ号が前方の敵船の背後へ近づいて、射程圏内に捕らえた。
「撃て!!」
アビゲイルの号令と同時に左側面の全砲門から一斉に大砲が放たれ、砲弾が敵船に命中する。
「四発命中! ……敵船炎上、被害甚大の模様!!」
弾薬庫にでも引火したか? 見張りも驚いた様子で叫んでいた。
「よし! そのまま前方の船と距離3マイル(555.6m)離れた後、面舵45度、領主の船に回り込め!!」
「了解」
レッドローズ号が正面の敵船から距離を取り、大回りで右へと移動して領主の船を盾に後方から来た敵船と交戦を開始した。
領主の船を中心に敵船とレッドローズ号がお互いの背後を取ろうと必死に回る。
「回れ、回れ!!」
「うおおおおお!!」
俺の横でアビゲイルが腕を振り回して操舵師を鼓舞する。
それに応えるかのように、額に薔薇の文字が掛かれたドワーフの操舵師が雄叫びを上げて舵をぐるぐると回していた。
予想通り、後方から来た船は領主の船を盾にすると、レッドローズ号に砲撃することを躊躇して、白兵戦を挑むため追い掛け回し始めたが、それを逆手に取って速度で勝るレッドローズ号が敵船よりも早いスピードで背後に回ろうとしていた。
そして……。
「今だ、撃て!!」
敵船の背後を突くのと同時にアビゲイルが叫び、レッドローズ号から大砲が放たれる。
「五発命中! ……敵船フォアマストとメインマストを破損、航行不能!!」
『ヒャッハハー』
いや、だから喜び方が世紀末に居る雑魚だから、どっちが悪役か分からなくなってきた……。
四五分経過。
最初の三隻は戦闘不能、もしくは速度低下で戦線は離脱した。たとえ、領主を助けたとしても後から来る海軍に捕まるだろう。
残りは援軍として向かってくる二隻。そして、沖合でいまだに動かずに居る片耳の母船のみとなった。
「弾数残り24発!!」
「各自今のうちに休憩を取れ、すぐに次の敵が来るぞ!」
少し余裕が出た時間を利用して、各自つかの間の休憩を入れていた。
度重なる戦闘で全員が疲れていたが、戦意は失うどころか逆に上がっていた。
「あれはシャープ兄弟だな」
こちらに向かう二隻の船を見て副船長が呟く。
「シャーク?」
「いやシャープだ。確か兄がベンで弟がマイクだったはず。常に二隻で行動して、狙った船を挟み込んで戦う戦法を得意にしていた記憶がある」
「厄介そうな相手だね」
「ああ、機動力が高く海軍も逃げ出す相手だ。片耳が海に出ないから、今この海で最強の相手だな。ある程度の被害は覚悟した方が良いだろう」
「だそうだけど、姉御どうする?」
アビゲイルは俺と副船長の会話を背中で聞きながら、次の行動を考えていた。
「アビゲイルだ。もしこのまま逃げたとしても、海軍が来るまでに領主だけでも連れ去られるのは確実だろう……」
「そうなると海峡は塞がれたままだし、海峡開放を交渉ネタに色々と仕掛けてきそうだな」
「ああ……やるしかないか」
「だけどキャプテン、残りの弾数が少ないぞ」
「それでもだ。この海を救うには私達がやるしかない!」
俺達にそう告げると、彼女は全船員に向かって叫ぶ。
「お前ら、これからシャープ兄弟相手に戦闘を行う!」
それを聞いた船員達が「シャープだと?」、「勝てるのか?」、「本命が出てきやがった……」と騒めき出す。
「聞け! ある程度の被害は覚悟の上だ! だけどこの戦いはこの海を守るために必要な戦いだと私は思っている。後少しだ、後少しだけ私に力を貸してくれ!!」
アビゲイルの演説が終わると、船員達が次々と片手を上げて叫び出した。
「もちろんだ! 俺は姉御にずっと付いてくぜ!」
「そうだ! 俺が船に乗るのは姉御の船だけだ!」
彼女の声を聞いた船員達から次々と声が上がる。それを聞いたアビゲイルが船員達に向かって頭を下げた。
「皆、すまん。だけどな……」
アビゲイルは話の途中で黙ると、顔を上げて全員に向かって……。
『私の名前はアビゲイルだ!!』
彼女の絶叫がレッドローズ号に響いた。
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