第9話 熟女ブーム

 歓声と俺への称賛を叫ぶ俗物共を見てひとりドヤ顔。

 ふふふん。ここまで頑張ったんだから俺を褒めろ! 敬え! 崇め讃えろ!!

 皆の歓喜が収まると全員に向かって大声で叫ぶ。


「お前等、財宝を探しに行きたいかーー!!」

「おおーーーー!!」


 ノリはウルトラクイズ番組。全員が参加決定。


「だけど、どうやってそこまで向かう? 島だから船が必要だろ」


 義兄さんが俺に質問してきたけど、既に船を持っている奴が目の前に居る。


「大丈夫、既に姉……」

「アビゲイルだ」

「……から協力を了承してもらっている。何時でも行けるよ」

「おおーー」


 俺の返答を聞いて、全員が歓声を上げていた。そうだ、もっと俺をリスペクトしろ。


「それで何時行くんだ?」


 アビゲイルも乗り気な様子。酒を飲んで出来上がっているとも言う。


「姉御、この島までどれぐらいの日数が必要?」


 アビゲイルが地図を見て頭の中で日数を計算する。


「そうだな……距離だけで計算したら四日は必要じゃないかな? あと、アビゲイルだ」

「それだと一度ログアウトする必要があるな……」

「ああ、そうか。そういえばお前達は異邦者だったな。だったらお前等が消えている間に運んどいてやるよ。それと、そろそろ姉御と言うのは止めろ」

「善処しよう」

「お前、変えるつもりないだろ……」


 アビゲイルが肩を竦めて溜息を吐く。


「いや、ログアウトの必要はないと思うぞ」


 義兄さんが大丈夫だと言うけど、パン屋はどうした? ってそうか……。


「明日は日曜日だから店は休みだ。用事がある奴は居るか?」

「ない! あっても貯まった有給を使ってやる!」


 シャムロックさんが叫ぶと皆も頷いていた。

 結局、全員明日は特に用事もないという事で、このままゲームを続けて二日後に行くことになった。




 全てを話し終えると既に日は落ちて夜になっていた。

 せっかく飲み屋に集まったし貸し切り状態。これで解散するのはもったいないと前祝に宴会をする事が決まった。

 そして、決まった途端、マスターの顔が青ざめる。

 それはそうだろう。静けさが売りというか会員の居ない会員制バーという、経営舐めぷーの店でいきなり大人数が飲むから飯と酒を出せ言われても、俺なら帰れと追い返す。

 だけど、リックが居る限り外では飲めない。先にリックとフランを寝かせて他所で飲んだら拉致されちゃったなんて事になったらこれまた面倒になる。

 それ以前に、リックは俺と一緒にお昼寝したから、オメメがパッチリ。


 青ざめたマスターを見かねたチンチラが「私も手伝います」とカウンターに入った。ジョーディーさんも仕方がないなと腰を浮かせたが、ベイブさんが必死の形相で止めた。お前は前祝に全員を殺す気か?


「つまみが足りない。そもそもない。悪いけど近くの飲み屋で買って来てくれ」


 横着しているなぁ……だけど大人数で押し寄せたのは俺達だから仕方がない。

 マスターに言われて腰を上げる。


「待て、一人で行くな!! お前が行動すると必ずトラブルが付いてくる! 誰かと一緒に行け!!」


 そんなことを義兄さんに言われたけど、それ何? 俺、とらぶる主人公じゃないぞ。ラッキースケベなら逆にあやかりたい。


 義兄さんとヨシュアさんはリーダー同士の打ち合わせ中。姉さんは俺が持ち帰った領主を潰すための資料をチェックしていて、シリウスさんとローラさんも手伝っていた。

 ベイブさんはシャムロックさんと戦いについて熱く語り合っているし、チンチラとステラはマスターの手伝いをしている。

 ジョーディーさんはアルサと一緒に腐っている。

 NPCだとアビゲイルは酒を飲み過ぎて既にでき上がっているし、フランを連れてこうとしてもリックが付いてきちゃうからダメ。


「…………」


 ……ブラッドを見て溜息を吐く。


「何が言いたいんだよ」

「何でもないよ」


 俺とブラッドは席を立って、買出しに出かけた。




「それで何を買うんだ?」


 ブラッドに言われてマスターから渡されたメモを見る。


「えっと揚げ物と肉らしいな。野菜はどうした?」

「んーー出かける前にステラがキャベツっぽいのを刻んでいたから、店にあったんじゃね?」

「あのマスターは元盗賊のくせに健康志向なのか? 生肉を食え」

「元盗賊は関係ねえと思う」


 二人だけで話すと意外にもブラッドとは気が合った。


「なあ、レイ」

「ん? 何?」

「ベイブさんってどんな人?」

「酒乱」


 店に行く道中、突然ブラッドがベイブさんについて質問してきた。


「……いや、そうじゃなくて」


 え、違うの?


「強さとか、ベイブさんの戦い方を教えてくれよ」


 ふむ……戦っているときは何時も必死だから周りは見てないんだけどなぁ。


「前に盗賊を何人もバッタバッタと倒していたのは見た事あるけど、あれはかったな」


 酔っぱらっていたけど。


「そんなに凄かったのか?」

「ああ、なんていうか存在感が凄いというか、近づくと味方でも潰される危険な殺気があるよ」


 酒乱中のベイブさんは敵味方なんて関係ない。それに、あの時は周りが全員味方だった。


「そうか、そんなに凄い人なのか」

「ああ、普段しらふの時は普通なんだけどな」


 俺の話を聞いて、ブラッドが何かを考えている様子だった。


「何でベイブさんの事なんて聞いたんだ?」

「前にシャムロックさんから、ベイブさんの戦い方を学んだ方が良いって言われてさ」


 酒乱になるのは、未成年にはまだ早いと思う。


「実際にどんな人なのか思って」

「んーー確か現実では竜王だったけ? 忘れたけど何かでっかい剣道の大会で優勝したとか言ってた気がする」


 最初の村で初めて暴れる姿を見たとき、酔っぱらってそんな事を叫んでいた。


「あーー多分だけど、それって王竜旗じゃね?」

「そうとも言う」

「いや王竜旗以外の呼び名はないから。やっぱり現実でも強い人なんだな」

「でも現実で強いからゲームでも強いとは限らないし、関係ないんじゃないか?」

「いや、プレイヤースキルは大事だと思うぞ。特にVRMMOだと現実の肉体や反射神経がモロに影響するじゃん」

「そうなのか?」


 だったら寝たきり患者な俺はゲーム下手?


「そうだよ、実際にゲームでトッププレイヤーと言われる人達は、ゲームのためにジムに行って体を鍛えるぜ」


 筋肉の使い道をもっと考えた方が良いと思う。俺の主治医の内藤さんが泣いている。


「それはまた凄いね」

「俺もゲームのために鍛えてるし」

「へえ~~。強くなってどうするの?」

「そりゃ強くなったら、皆からすげーって言われるじゃん」

「まあ言われるかもな」


 俺もシャムロックさんをみて凄いとか思ったし。だけど、その凄い割合は3割が強いで、残り7割がスゲー馬鹿。


「そうしたら、ヒーローになれるし」

「そんなもんかなぁ」


 ヒーローね……まあ男なら憧れるんじゃないかな?


「お前は憧れないのか?」


 一歳でも年上にお前言うな、ボケ。


「それよりも薬を探すことで頭がいっぱいだし」

「ああ、病気を治す薬か……俺も話だけは聞いたけど、ゲームで死んだら本当に死ぬとか、にわかには信じられないけど、本当なのか?」

「まだ死んでないから本当に死ぬかはわからないな。まあ、試すのも怖いし死ぬ気はないよ」

「……なあ、不治の病に侵されるってどんな感じなんだ?」


 ブラッドが躊躇ちゅうちょしながらも、ぼそりと質問してきた。


「……何でそんなことを聞く?」

「いや、よく漫画とかアニメで見るネタだからさ……言いたくなければいいよ。悪かったな」

「別に構わないけど。そうだな……どんな感じって言われても、生きたいとしか思わないな」


 少し考えてから、ブラッドに答えた。


「誰でもそうじゃん」

「そうか? じゃあ例えば、童貞ブラッドに彼女が出来たとして……」

「童貞って最初から決めつけるなよ!」

「違うのか?」

「……当たってるけどさ」


 ほらやっぱり。


「自分の命が助かる替わりに、恋人が死ぬって言われたらどうする?」

「もちろん彼女を守って自分が死ぬに決まってるじゃん。それが漢ってやつだろ」

「普通はそうだな」


 俺の言葉にブラッドが眉をひそめる。


「違うのか?」

「俺なら殺して自分が助かるね」

「!!」

「生きることができるんだぜ、そのためだったら肉親だって殺すよ。まあ、不治の病に侵されるってのはそういうことさ」


 ぶはっ! やべえ、何このセリフ。中二病全開じゃねぇか。

 何が「俺なら殺すね」だよ。チョーウケル。


「やっぱり今のな……」

「……けえ」

「え?」

「かっけええええええ!!」


 突然、ブラッドが立ち止まって天に向かって雄叫びを上げた。

 周りに居た人が何事かと、ブラッドを変な人物を見るかの様に顔をしかめる。俺もその一人だし、できれば今すぐコイツから離れたい。


「……はい?」

「チョーーかっけえよ。ダークヒーローって感じじゃん。マジ憧れるわ」


 いや、そこ笑うところじゃないの? 何で感動してるの? ……俺、もしかしてこのアホの一番刺激しちゃいけないところを刺激した?


「「俺なら殺すね」とかマジ痺れるぜ」


 もう止めて、恥ずかしいから言わないでーー!!

 だけど、この時からブラッドとはそこそこ仲良くなった。




 マスターから貰った地図の場所に到着する。


「ここが言っていた飲み屋かな?」

「なあ、ここってさ……」

「ああ、現実で言う処の石鹸せっけんの国だな」


 派手な店の前に立って建物を見上げると、看板に『セイレーン』と書かれていた。男を誘ってそのまま沈めますか? ええ、沈んじゃいますよ。

 二人そろってゴクリと生唾を飲み込んだ。


「ブ、ブ、ブラッド、お、落ち着け、ま、まだ慌てるじ、じ、時間じゃな、ない」

「レ、レイだって、す、少しは、お、落ちつで…」


 セリフはきちんと言え、最後で舌を噛んでいるぞ。

 それにしても、あのマスター何を考えている? 少しの刺激でも下半身の火山が噴火する少年二人をこんな店に行けとか。俺は薬でベイビーが休火山だけど、ブラッドのマグマは店に近づいただけで噴火寸前だ。


「とりあえず入ろう。俺達のミッションはスッキリすることじゃなく食糧確保だ」

「お、おう!」


 入ろうとすると、先ほどから俺達の様子を伺っていた呼び込みのおじさんが俺達の行く手を遮った。ただのおっさんなのに、何故か俺には最強のラスボスに見える。


「坊主共、ここはまだお前達の来る店じゃねえよ。帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ」


 しゃぶりたい、でもしゃぶられたい。やっぱりおっぱい大好きー!


 おっと、いかん。危うくミッションが失敗になりそうだ。

 横を見ればブラッドはおやじにビビっていた。ここは俺がれ、れ、冷静に行こう。


「『シーフ』でマスターがここで飯を買ってこいと言われたけど、手に入るのか?」

「『シーフ』? ああ、あのジジイか……だったら裏口から入りな」


 何とかなったな。裏口があるってことはがさ入れ対策? ちゃんと風営法に沿って営業していますか?




 おやじが指した方向へと移動する。

 裏口をノックすると、ギリギリラインの服を着た美人のお姉さんが現れた。

 見えちゃう! お姉さん! 薄い布越しに色々な処が見えちゃってる!


「あら? かわいい坊や達ね。何か用かしら?」


 彼女を見てブラッドの鼻から血が流れる。

 ブラッド! 血! 血! 鼻血が出てる!! 血は名前だけにしとけ! クソ! だめだ、コイツはもう使い物にならない!!


「『シーフ』で客に出す料理が足りなくて、ここから買ってこいって言われて来ました」

「あら? 盗賊ギルドの人? チョット待っててね。今、女将さんを呼んでくるわ」


 そう言うと、美人のお姉さんは奥へと消えていった。


「ブラッド! 鼻血が出てる。すすれ! 今すぐ鼻を啜るんだ!」

「……お、おう!」


 ズズズッ!


「ダメだ止まらねえ。何か拭くのねえか?」

「ねえよ! ゲームで鼻血を出すのはお前ぐらいだ!」


 このゲームは何時からエロゲーになったんだ?


「まあ、これでいいや」


 ブラッドが自分のマントの端を持って鼻をかむ。汚ねえなオイ!

 かみ終わると、ブラッドの鼻筋には横に一本血の後が描かれていた。やだ、カッコイイ!


「貴方達、スコットのお使いって本当?」


 今度は美人の熟女が俺達を迎えた。

 こ、これが百万人に一人居るか居ないかと言われている、魔熟女という存在なのか……アリだと思います!!


「『シーフ』で客に出す食べ物がないから、ここで仕入れてこいと言われて来ました」


 何でさっきから俺、敬語なの?


「ふふふっ。何が足りないのかしら」


 やばい、微笑まれただけで逝ける。一年間は思い出だけで十分なオカズが目の前にある。

 お、おい、ブラッド! しっかりしろ!! バナナを……バナナをそれ以上成長させるんじゃない!


「えっと、俺が欲しいのは、貴女の……」


 ガシャーン!


「キャーー!!」


 「俺が欲しいのは、貴女の肉体です」と言いかけたタイミングで、店の奥からガラスが砕ける音と女性の悲鳴が聞こえた。

 危なかった。危うくまたミッションが失敗になるところだった。


「あら? ちょっとゴメンね。少し待ってて……」

「はい……」


 そう俺達に言い残すと、女将は奥へ消えた。


「ヤバかったな……」

「……ああ」


 女将の感想を述べると、ブラッドも頷いていた。そして、お前はなんでスッキリしているんだ!

 今まで熟女なんておっさんぐらいしか需要がないと思っていたけど、あそこまで美人だと年齢なんて関係ないな。チンチラとステラが毛の生えていないガキに思えるぜ。まあ、それもそれでアリか……。

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