第9話 ペロッこいつは毒薬だ
パーティーの皆はスネークの素材を回収した後、俺の採取を手伝うと言ってきた。どうやらスネークを倒した礼をしたいらしい。
だったら金を寄越せと思ったけど、そんな事を言ったら確実にコイツ等は帰るだろう。俺なら帰る。だから、何も言わずに頷いた。これが利口な生き方だと思う。
彼等は採取道具を持っておらず、替わりに落ちていた枝や武器を使って土を掘り返そうとしていた。やる事が原始人レベル。彼等の行動に思わず目頭を押さえる。
見ていて痛々しいので、俺のブロンズナイフを彼等に貸した。
彼等のおかげで作業効率は上がったけど、採取の最中、ひっきりなしに俺を褒めるのだけは正直参った。
「あの一撃は凄かったな。横から見てマジで興奮したぜ」
「あれはまぐれだよ。あ、一応根っこも必要だから、もうちょっと丁寧に取って」
樽のおっさんは不器用なのか、しゃがむと腹がつっかえるのか、大雑把に麻痺草を抜き取るから注意する。
「お、おう、スマン」
そんなに腹が出ていたら立ちションする時に自分のチ○コが見えるのか気になったけど、そんな質問をしたら間違いなく変態と思われるから黙っていた。これが品性のある生き方だと思う。
「もし俺達のパーティー枠が開いていたら、絶対に誘うんだけどな」
「だよねーー。キャンプは安全。検索能力も高くて、回復も攻撃もできるなんて、パーティーに1人は欲しいキャラだよね」
リーダーが褒めると、魔法使いの猫女が発情、いや、俺をベタ褒めする。だけど、しゃぶるよりしごけ。訂正、口より手を動かせ。
「あの素早い攻撃は相当な敏捷が必要だよな」
「でもあのダメージは、相当な筋力もないと難しいぜ……」
敏捷? 筋力?
俺は起き上がる事すらできねえ病人だぜ。確実にお前等よりステータス値は低いぞ。
「朝、言ってたのって本当だったんだな。後ろから突然現れて、急所への一撃。アサシンみたいだった」
朝に俺とPKについて会話した若いエルフの魔法使いが話し掛けてきた。
残念! コイツはただの偶然だ。だけど、実力もないのに尊敬されるのは大抵、後で碌な事にならない。
「いや、あの攻撃は蛇の尻尾に吹っ飛ばされて偶然できただけで、自分の実力じゃないよ」
「またまた、冗談を」
コイツ等、俺の話を聞いてくんね。冗談だと思って笑ってやがる。
「蛇に吹っ飛ばされて目玉を突き刺すとか、ありえないって。ははははは」
髭を生やした魔法使いの言い返しに皆が笑っているけど、ありえないのが目の前に居るんですけどねぇ……。
「だけど、あのポーションは助かったな。街に帰ったら俺達も買うか?」
樽がポーションで回復した事を思い出して仲間に話をしていた。
接近職だったらポーションは必須じゃないのか?
「ポーションを持ってないのか? 確か初期アイテムで鞄の中に五つ入っていたはずだが」
「あれは捨てた」
「……は?」
樽の返答に首を傾げる。
「俺等は最初からパーティーにヒーラーが居たから使わなかったし、初期装備は売れないからアイテム枠を開けるために、試しに一つだけ飲んで後は全部捨てた」
「似たような人達は多いと思う。スタートの村の敵が強くて多くのプレイヤーがヒーラーに作り直してたからな」
「そうなの?」
俺の質問に全員が頷く。
「ああ、回復もできるキャスターかアタッカーが多かったんじゃないかな」
ふむ……ジョーディーさんみたいな脳筋ヒーラーな感じかな?
「だから、わざわざポーション買う奴はあまり居ないと思うぜ。ソロなら話は別だけど、このゲームはソロだとスタートの村が攻略不可能だしな」
樽の話に髭が同調する。
「それに、一番の問題はポーションって不味いからなーー」
樽の「不味い」に全員が頷いた。
「他人からポーションを貰っても、飲んでないのに口の中が苦くなると思うだけで回復を止めてくれって思う」
ポーションって不味いのか。そういえばポーションを使っても、自分で飲んだことはなかったな。
それに自分以外からポーションで回復しても、口の中が不味く感じるのか。それは知らなかった……なるほど。ポーションがぶ飲み対策を時間制限ではなく味でやったのか、さすが運営……恐ろしい子。
そして、婆さんが作るポーションが美味いと自慢していたのは、そう言う事だったのかと納得。
あれ? だけど義兄さんはポーションをがぶ飲みしていたけど、もしかして味音痴なのか? パン屋が味音痴なのも問題だろ。
時々、休憩を入れて昼前に麻痺草が目標数に達した。
薬草が六百五十束、毒草が六百五十束、麻痺草が三百五十束。頑張ったよ、俺。
その後、お互いに依頼が達成できた喜びを分かち合いながら、のどかな昼の野原を進んでアーケインへと帰還した。
「ありがとう、おかげで早く終わったよ」
別れる間際に改めて彼等に礼を言う。
心の中ではニヤリと笑いながら「計画通り!」と思っているけど、それは言わない。それがあざとい生き方だと思う。
俺の心を露知らず、パーティーの人達も俺にお礼を返してくれた。
「とんでもない、こっちこそ君が助けてれくれなかったら全滅していた。ありがとう」
「んじゃ。お互いに頑張ろう」
「ああ、機会があったら一緒に遊ぼう。じゃあな」
「バイバーイ」
城門前で再会を約束してから彼等と別れた。
偶然会ったけど、良い人達だったと思う。最初に見たときPKと疑ってスマンコ。俺の中で、彼等は愛すべき金儲け精神の欠如が証明できた。
心より、彼らの才能を別の形で利用する方法を探すのがまちきれないです、ハイ。
―――――――――
余談
この戦闘で自称ではなく、本当に「アサシン」という二つ名がレイに付いた。
何もない空間から突然背後に現れて、強靭な敵を一瞬で葬り去る凄腕のローグ。
正体は一切不明。これ以降も数多くの伝説を打ち立てていく。
だけど、当の本人は自分がそんな二つ名で通っている事をアーケインから離れる前日まで知らなかった。
レイがアサシンの噂を聞いた時も「へー凄いな~」と、憧れるぐらい他人事だった。
―――――――――
よし! まだ昼過ぎだから婆さんに会えるな。
老人は寝るのが早いから、夕方前に会わないと既に寝ている可能性がある。俺は急いで婆さんの住むスラムへ向かうことにした。
スラムへ行く途中、かなりの数のプレイヤーがアーケインに集まっていた。
どうやら最初の村をクリアして続々と集まってきているらしい……今って現実時間で深夜の二時過ぎぐらいなのに、皆、寝なくて良いのか?
現実時間の明日の夜には、このアーケインの街も難民、いや、プレイヤーで溢れて賑やかになるのかねぇ。
スラムに行くと、相変わらず人通りは少ないが怖そうな人達が歩いていた。やっぱりNPCと分かっていても近寄りたくない。
そういえば、前回絡んできたあの詐欺野郎は居るかな? そう思ったら、本当に道の先に居た。
詐欺野郎を見ると、通り掛かった別のプレイヤーにシルバーメッキのアクセサリーを売っていた。そして、プレイヤーが首を横に振っているということは、どうやら売れなかったらしい。
キレた詐欺野郎がプレイヤーの胸ぐらを掴むと、プレイヤーが逆キレして武器を抜くと詐欺野郎に襲い掛かった。ザマァ。
武器を持っていない詐欺野郎は必死で逃げ回り防戦一方だった。どうやら威勢は良いがケンカは弱かったらしい。
そして、左腕を少し切られて悲鳴を上げたところで、遠くから笛の音が鳴った。
鳴った先を見れば、重装備の衛兵が四、五人走ってきて、プレイヤーと詐欺NPCを取り押さえると、暴れるプレイヤーとケガをした詐欺野郎を連れ去った。
……なるほど。これが婆さんが言っていた、衛兵が持つ犯罪検知スキルの効果ってやつか。もしあの時、俺がポーションじゃなくて武器を抜いて戦っていたら、俺も捕まっていたのか。危ねえ、危ねえ。
婆さんの家まで着いて扉をノックする。
……出ない。もう一回ノックする……やっぱり出ない。もう一回ノックをしようとしたら、中から「誰じゃ?」と声がした。
トイレ中だったか? 出るのが遅い。ピンクの
そして、「誰じゃ?」と言われてお互い名乗らなかった事を思い出した。あの時のババアのインパクトがデカ過ぎなんだよ、すっかり忘れていた。
「貴方好みの
適当に言ったら分ってくれたのか、家の中から「ひゃーーっ」と笑い声が聞こえた。漏らしたか?
ガチャっと鍵が開いたので家の中に入る。入るのは二回目だけど……うん、奇麗な部屋だ。
「もう取ってきたのか、早いのう」
「頑張ったよ、褒めて」
俺の報告に婆さんが笑う。
「ひゃひゃひゃ、まあ座れ」
「おじゃまします」
うむ、婆さんは今日もご機嫌らしい。俺はフードを脱いで前と同じ場所に座った。
その間に婆さんは奥のキッチンから茶を持って、俺と自分の前に置いてから正面に座る。
「ところで婆さん、1つ提案があるんだけど」
「なんじゃ?」
「そろそろお互いに名前を知らないというのも変だし、ここらでお互いに自己紹介でもしないか?」
「ふぉふぉふぉ、名前が分らないと何か困ることでもあるのかえ?」
「……別にないかな?」
「じゃろう、わしも別に困らん。お互い名乗らずわしのことは婆さん、お主は若造。それでええじゃろうて」
そう言われたらそうするしかないかな。恐らく婆さんは正体を隠したい何かがあるのだろう。
俺もこの家のことは口外しないように言われているから、名を知る必要もない。
俺は婆さんの意見に頷いた。
「分かった、それでいいよ。それで、薬の作り方を聞く前に報酬分の材料を渡したいけど、どこに置けばいい?」
「それならあそこの3つの壺に入れとくれ。錬金で作った壺じゃ。一つの材料しか入らないが大量に入れられる。採取道具はその横に適当に置いておけ」
「あいよ」
どばばばばば。ついでに採取道具を置いてから席に戻る。
「しかし、よく麻痺草を手に入れたな。蛇には出会わなかったのか?」
「会ったけど、冒険者のパーティーが居たから、おとりに使った」
「ひゃひゃひゃ、利口じゃのう。力もないのにまともに戦うのは馬鹿のすることじゃて。どれ、報酬も貰ったし、わしも約束通りに作り方を教えよう。ついて来い」
席を立って奥の部屋へ行く。
おっとお茶を飲んでなかった、席を立つ前に茶をずずずっと飲む。うん、相変わらず美味い。
一気に飲み干してから、婆さんの後に続いた。
「ほれ、まずこれをやろう。わしが使っていたお古じゃ」
指差した先にはまだ使えそうな新品同様の薬研、乳鉢、すり鉢が置いてあった。
さすが婆さん、部屋だけじゃなく道具も奇麗に扱っている。
「ありがとう、大事に使わせてもらうよ。婆さんが女神に見えるぜ」
嘘だけど。
「ひゃひゃひゃ、さて、薬と毒、何から教えようかのう」
「得意な方で」
俺が言ったら、婆さんがニヤリと笑った。ああ、毒から先に教えるつもりだな。この毒マニアめ。
「だったら毒じゃな。普通は毒草二束を薬研で押し砕いて細粉にしたのちに、水に漬け込んで一晩それで終了じゃ」
「そんなに簡単なのか?」
「うむ。まあ、今のはレシピ通りに作った場合じゃがな」
「では婆さんのアレンジを聞こうか」
「まず、毒草二束と麻痺草一束の茎から先の葉の部分を薬研で砕き、細粉にしてから乾燥させるんじゃ。
次に、人肌ぐらいの湯に十分入れてから布でこし、瓶に入れて少し振る。それで完成じゃ」
「それで? それで? どれぐらい効果が高まるの?」
俺が質問すると、婆さんがニヤリと笑った。
「毒の効果は変わらん……が、わしが作った毒だと、しびれや吐き気がしないのが特徴じゃな」
うわ、えげつねえ。つまり毒を感じさせることなくダメージを与えるってことか。
「なるほどね。もしかして調合ってのは、レシピ通りに作らずアレンジするのが基本なのか?」
「ほう、よく気が付いたのう。それで正解じゃ。レシピは材料、最低限の必要な分量、基本的な作成方法しか乗っとらん。そこから独自の調法を自分で見つけるのが基本じゃ。
こればっかりはスキルトレーラーだけを使って覚えた奴らには分からんじゃのうて」
確かに、ゲーム感覚でスキルを覚えるプレイヤーには、直ぐにアレンジするという発想は浮かばないだろう。自分も聞くまではそうだったし。
「次はポーションじゃな。ポーションも基本は毒薬と同じで、薬草二束を薬研で押し砕いて細粉にした後、水に漬け込んで一晩それで終わりじゃ。ただし、それは不味くて飲む気も起きん」
「皆、不味いって言っていたね。美味くする研究とか誰もしなかったのか?」
「わし以外でポーションを美味くしたって話は聞いたことがないのう。まあ、効果を高める研究はあったけどな。それで出来たのがハイポーションじゃ」
「なるほどね……そいつはクソ不味そうだ」
俺の感想に、婆さんがひゃひゃひゃと笑う。
「さて、話を戻すぞ。わしのポーションは薬草二束を薬研で砕いて細粉にしてから乾燥させる。それとは別に麻痺草一束の根っこを薬研で砕いて、こちらは乾燥させないで乳鉢に入れ、乾燥させた薬草を入れて混ぜる。
後は少し多めの熱湯に入れて、一時間煮詰めて2/3まで減ったら布でこし、人肌にまで冷やしてから瓶に入れれば完成じゃ」
「それは痺れないのか?」
「ほれ、実際に飲んでみろ」
婆さんは机の上にポーションをひとつ置く。初ポーションに、チョット、ドキドキ。
さあ、皆が不味いと言っていたポーションが、どれ位美味くなっているか確認してみよう。口元にポーションを近づけてから、一気にポーションを飲むと……ポカリの味がした。
「……美味しい。確かに最初だけホンの少し苦さがあるけど、甘みが上手く消している。麻痺草の根っこの効果か?」
「正解じゃ。麻痺草の根はそもそも毒じゃない。そして実は甘いのじゃ。それと、そのポーションは、薬草を一度乾燥させて効果を高めているから、通常のポーションよりも回復量が多いのも特徴じゃ」
「こんな凄いの俺に作れるかな……」
「スキルを手に入れるまでは無理じゃろう。手に入れてからはお主次第じゃ」
なんか、飲んだら凄くやる気が出てきた。これもポーションの効果か?
「なんかやる気が出た」
「ひゃひゃひゃ、期待しとるぞ。ああ、忘れていた。薬を作るならこの瓶をやろう」
婆さんは戸棚から、三角ビーカーの瓶を十個取り出して机に並べた。
「錬金の瓶?」
俺は瓶を持ち上げて尋ねる。そして振ってみる。振り回すともいう。
「いや、ただの瓶じゃ。割れるから大事に扱え」
婆さんが俺の動作を見て苦笑い。
「錬金の瓶は一度蓋をすると割れなくなるから便利だけども、蓋を取って使用すると消滅する。それがたとえ中身を捨てた行為だとしてもじゃ。
だけど、ただの瓶なら衝撃を与えたら割れるが、蓋を開けても消えることがない、コイツは練習用に使うと良い」
「なるほど。殴れないのは不満だけど、ありがたく使わせてもらうよ」
「ひゃひゃひゃ。まあスキルを取ったら錬金の瓶で作るのが良かろうて。
さて、説明だけじゃ分らぬ部分もあるだろうし、ここで一度作りながら教えようかのう」
「お願いします」
夕暮れ過ぎまで掛かったが、俺は婆さんから教わったことを全部覚えた……はずだ。
だって、スキルのない俺が作ったポーションは、回復効果が僅かなだけの苦甘いくて不味い水。
毒薬はペロッと舐めたが、HPが1だけ減って後は効果のない苦い水だった。
「婆さん、ありがとう。スキル覚えるまでの経験値を貯めるのに時間が掛かると思うけど、絶対に来るよ」
「おう、がんばるんじゃぞ」
「今度来る時は土産を持ってくるよ」
「ひゃひゃひゃ、お主がスキルを覚えに来るのが一番の土産じゃ」
「じゃあ、さようなら」
婆さんの家を後にする。婆さんは俺に手を振ってから家の中に入っていった。
俺は暗くなったスラムを抜けて広場に出ると。ログアウトを開始する。
宿屋ではないので30秒ほど待たされたけど、無事にログアウトをして、現実世界で眠りについた。
朝起きると窓1つない白い部屋。これが現実の俺の居る世界だった。
俺が起きたことに反応した病人介護のベッドが自動で手足の運動を始める。
そうしないと筋肉が固まって病気が完治しても相当のリハビリが必要だし、下手すると壊死もある。
……今日は体の調子が良いらしい。いつも動かすだけで悲鳴を上げる体が痛くなかった。珍しい日だと思う。
自動運動が終わって、疲労と安堵の溜息を吐く。病気が治る前にこのまま体力が無くなったら? 人工呼吸器を使い始めたら、後は死ぬのを待つだけだろう……。
短い命をできる限り生きたい…………。
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