幸せになりたい

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 二十六歳です。まだ若いでしょうか。

 社会人になってから童貞を捨てた僕の思春期は、まだ終わっていないように感じるのです。それはそれで、十代の頃にも、思春期だったと思います。僕の青春は、人並みに痛々しくて、パッとしませんでした。

 人並みに痛々しくはあるけれど、僕よりずっと華やかだったろう青春を送った友人の、本庄郷詫という男に再会しました。僕の童貞はその本庄の紹介してくれた女の子が持って行きました。本庄は僕と同い年ですが、フリーターをしていました。

 中学以来の再会でした。僕たちはその頃から今まで、住む世界が違う人間でした。本庄は、さして行きたかったわけでもない大学を卒業して適当な企業に就職し、大きくもない一軒家にやや干渉しがちな母親と不器用な父親と住む一人息子の僕なんかが知らないことを、たくさん知っていました。本庄の彼女はセクキャバのナンバー7でした。

 僕は酔えば楽しくなるのですが、本庄は悲しくなるようでした。育ちの割に頭のいい本庄は、他人の話の通じなさとか、自分のどうしようもなさとか、別に彼女のことはそんなに好きじゃないこととかを、嘆いていました。僕からすれば本庄は、頭もセンスもよくて、何考えてんのかあんまりわからなくて、正直かっこよくて、きっとやればなんだってできるし、汚い金髪を鬱陶しそうにする仕草も、甘くて土っぽい香りにも、憧れてすらいました。本庄はきっとすごいやつになるんだと思っていました。勝手に思っていました。

 本庄はいつも、幸せになりたい自分と、幸せになろうとする自分への嫌悪感とで苦しそうにしていました。僕にはわかりませんでした。僕だって幸せになりたいですが、幸せになりたい自分を意識したことなんてありませんでした。

 本庄は死んだのです。いつだって簡単に死ねたはずだとわかっています。二十六歳がこうして遊びまわって思い出を重ねることが年甲斐もないことかどうかわかりませんが、僕たちのはしゃぎ様は年甲斐もなく、僕のしょっぱい青春なんかよりずっと刺激的な思い出を手に入れました。きっと本庄の青春よりずっとぬるい出来事ではしゃぎました。その思い出から湧き出た情が少し時間を伸ばして、伸ばしただけで終わったのです。

 情は本庄の気持ちを解決しませんでした。僕は、世の中にはもっとバカらしくて楽しいことがたくさんあると思いました。本庄は、そうは思わなかったのでしょう。

 二十六歳なんていくらでも取り返しがつくということくらい、頭の良い本庄ならわかっていたはずなのです。そうではないのです。本庄は、先のない自分に絶望したんじゃない。そんな、そんな簡単なことじゃない。いつだって死ねたのだから、いつでも、何度だって、この踏切に飛び込むことを思い描いていたのだから!

 本庄の彼女が、このバカが、花なんか手向けて、自殺した本庄に綺麗な花なんか手向けくさるのに、猛烈に腹が立って仕方がない! 腹が立って、悲しくて僕は、俺は、花を踏みにじるのに精一杯になった。この気持ちも時間に希釈されてしまう。俺には十分な時間があるから。

 絶対にすごい人になるという確信がありました。根拠はありませんでした。なまじ楽しい青春というものを消化できていなかった僕は、不完全燃焼の思春期を引きずって、根拠のない特別を信じていました。本庄は、僕の遅れてきた思春期を下らないと思っていたでしょうか。疎ましく思っていたのでしょうか。

 今になって、僕は大人になりました。本庄の彼女は悲しそうに僕にすり寄ってきて、僕は、女って嘘つきだ、なんて思いました。

 二十六歳です。僕はまだ若いでしょうか。

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