勇者の帰還編
そして彼方さんが、世界を救う。
「それでその時だよ、下の弟がまだ小さいくせに剣を無理に持とうとしてよ。なんとか持ち上げたはいいものの、よろよろでな」
ちびちびと酒盗をなめながら
「よたよたっと行った先が兄貴の甲羅で、もう見事に剣がぱっかーんと甲羅を割ってよ。兄貴がかんかんに怒ってな」
「そりゃ怒るだろ。ってか、甲羅が割れたって。それ大丈夫なのか?」
「ああ、そりゃ甲羅だからな。大丈夫だ」
だからどうなってんだ、甲羅。
「ま、でも、甲羅割ったのに刃こぼれ一つしなかったところは、さすが伝説の聖剣だったなァ」
「……よくお前が包丁にしてるやつ、まさかその伝説の聖剣とかじゃないよな……?」
「おう、違うぞ。あの聖剣は
あ、
「しかしあれだ。下の弟とは、俺が家を飛び出すとき会ったきりだからな。……もうすっかり大きくなってんだろうなぁ」
「…………」
そう。
俺は、お猪口の酒を一気に飲み干した。
「なぁ、
ん?と
「お前、そろそろ自分の世界に帰ったほうがいいよ」
きょとんとした
「そりゃあ、そうしたいのはやまやまだがな、」
微笑が苦笑に変わる。
「だが、帰る術がないんだ、どうしようもないだろ」
世界を救わないかぎり送還術は起動しない。敵の正体もまだ分からんのに、と
「大丈夫、帰れるよ」
「……あ?」
頬杖をついて
「俺がこの世界の敵だから。この世界の魔王は俺だから。俺を殺せば帰れるよ」
「……は?」
「は、なに言ってんだ、お前。タチの悪い冗談はやめろよ?」
「冗談じゃないよ」
隠して騙してこの世界に足止めしてただけ。そうするよりなかったから。
「そんな、信じられるか!」
腰を浮かせて
「ほら。俺がこの世界の敵、世界を崩壊させる爆弾、――魔王だよ」
少し意識を向ければ石が邪気を放ち、条件反射は
「それは、邪晶石……!」
苦しげな顔で目をつむり、しかし再び目を開いたとき、
「なんで、よりによってお前が」
「だから出会ったんだろ、俺とお前」
勇者を魔王の目の前に召喚したやつが、どこの誰かは知らないけれど。あとちょっと
それでも勇者は立ち尽くしたままで、どうやらもう少し発破をかけなければならないらしい。
「時間がない。じきにこの石が世界を滅ぼす」
もうずっと痛くて、これ以上抑えてはおけないだろうと思う。ただ、覚悟を決めるのにずいぶん時間がかかってしまった。
「……お前は、それでいいのか?」
勇者の絞るようにして出した問い。僅かに肩をすくめ、苦笑を返す。
もちろん、魔王としてはダメだろうけど。
「でも、それが俺の出した結論」
勇者に覚悟を決める時間のないことは素直に申し訳ないと思う。でも。
「
二人の視線が絡み合う。お互いに目を逸らすことはなかった。
「それに、急がないと。勇者不在のお前の世界が危ない」
苦渋の顔ながら、勇者の剣を構える。切っ先が真っ直ぐにこちらを向いた。
これで大丈夫だろう。さすがに怖いので目をつぶる。
そして
それで思い残すことも悔いもない。
ああ、でも、ひとつだけ。
もう今さらだし。言葉に出して伝えることは叶わないけれど。
『かっぱの彼方さん』
魔王と勇者の物語 了
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