33.涙雨、儚くもうるわし(ニ)

「ふぅ~やっとできた」


「どれどれ?」


「意外と上手いだろ?」


「あ!待て、総司。それ上と下、両方一緒に縫ってんで」


「あああ~!嘘だろー?せっかくここまで縫ったのに…」


「どこに腕通すの?」


「かれん、人のこと言うてる場合ちゃうやろ」


「ぐっちゃぐちゃだ…私よりひどい」


「苦手なんだもん…」


「前よりはちぃと良うなったな」


「これで?!」


「せや、ここまでよう成長したもんや」


「前はどんだけ酷かったんだよ」



新選組の人たちは、オブラートに包むということを知らないのか?


でも、返す言葉がひとつも見つからない。


反論できないほどの腕前なのは事実だ。



「山崎さん、優しすぎじゃありません?」


「そうか?そんなつもりやなかったけどな」


「もっとビシバシ鍛えたほうがいいですよ」


「えっ?それは困る!」


「裁縫ができりゃあ、いつでも嫁に送り出せるんやけどな…修業が足らん」


「裁縫ができないと、普通はお嫁に行けないって知ってる?」


「ひとつくらい苦手なことがあってもいいじゃん…」


「土方さんが何て言うかなぁ」


「おそらく副長が縫うたほうがうまいやろ」


「あーそれはそうだね」


「あの人はほんまに器用な人やで」


「ふたりして言いたい放題…」


「ま、かれんちゃんは料理とお花と楽器が得意だもんね。歌も上手いし」


「笛と三味線と小唄はね、土方さんに上達が早いって言われてるの!」


「お幸さんに稽古つけてもらってる踊りとお箏も、筋がいいって言われてるんだろ」


「まだまだだけどね」


「稽古の時はお幸さん、結構厳しいらしいじゃないか」


「ほう、一流の太夫にそないに言うてもらえるとは大したもんやな」


「昔から見てるけど、土方さんが芸事に理解のある人で本当によかったよ」


「かれんが芸事が得意なんはよう分かった」


「だから裁縫は大目に見てください」


「何で他のことは器用にこなすのに、裁縫だけはでけへんねん」


「本当、不思議だね」


「“女子おなごの第一にたしなひべき事は、ぬひはりのわざ也”」


「う…それは」


「かれん、“女大学”読んだことあるか?」


「はいはい、ありますよ」


「何て書いてあったんや」


「女が第一にたしなまなきゃいけないのは裁縫なんですよね…」



“女大学”とは、江戸時代の女子じょしの教訓書だ。


大ベストセラーらしい。


女子おなごはあれができないとダメ、とか。


女子おなごはこうするべき、とか。


ずらずら書いてあるとかで。


大きなお世話だっ!


そんなこと、いちいち本にしなくていいのに。



「せやで。音楽やら生け花やらお茶やら、他の芸事がいくら上手くても、裁縫に疎いんは女の道とは言えへん、とまで書いてあんねんで」


「じゃあ、わたし女じゃないじゃん!」


「あはは!そうかも!」


「男に生まれてたら、新選組でも役に立てたかもしれないのに」


「めずらしいね、かれんちゃんがそんなこと言うの。男だとか女だとか」


「土方さんに剣や銃を教えてくださいって頼んだのに、却下された」


「そりゃあ、かれんには危険なこともさせたないし、危険な目にも遭わせたくないんやろ」


「私はかれんちゃんなら、教えれば見込みがあると思うけどな」


「ホンマに大事やっちゅうことや。大事やから、どんなに頼まれても武器を持たせたないんやないか」


「そっか、それもそうかもしれない」


「どうして?」


「武器を持ったら、血に染まることになるからね」


「副長はかれんに苦しんでほしないんや」


「かれんちゃん、だから裁縫はがんばるしかないよ」


「結局そこに戻るのね…」


「このままじゃ裁縫が上手になるまで一生かかるかもね」


「苦行でしかないわ…」


「一生かかっても厳しい可能性もあるけどね」


「良順先生も覚馬先生も、女だからどうのこうの言わないし、世間にも自分にも負けるなって仰ってくれましたもん!」


「お!そうこなくっちゃ、かれんちゃん!」


「そりゃ、良順先生も山本覚馬様も時代の先を走るお人やさかい。新選組ん中では通用するかもしれへんけどな、世間の目ぇは冷たいで」


「そうかもしれないけど…」


「裁縫は源さんと俺とで鍛えて、中くらいの程度にはしたる!」


「できるかなぁ…できる気がしないぃ」


「いつもなら気合いで何とかしようとするのに」


「気合いでできたら、とっくの昔にやってますよ」


「本当に嫌いなんだね、裁縫が」


「針も武器や思え。剣の代わりや思てやるしかないんや」


「できないよりはできたほうがいいよ」


「かれんにとっては嫌いでも、どうでもいいことでも、土方さんに恥かかすわけにはいかへんやろ?」


「それを言うのはずるい…やるしかないじゃん。土方さんのためなら、やる」


「ほれ、貸してみぃ。ここはこうして…」


「うわぁ、やっぱり山崎さんは器用ですね」


「人の体も縫うんやで。こんくらい御手のモンや」


「それもそうだ!」


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