31.君は花風のごとく、白き花霞揺れて(三)
「もしかして局長が前に仰っていた、江戸でお会いしたという先生ですか?」
「うん、去年隊士募集で江戸へ行った時にね」
「どうやって知り合ったんだ?」
「どうも胃の調子が悪く、胃痛に悩まされてね」
「それでその先生の医学所に診察へ?」
「食べ物で消化不良を起こしていたらしく、薬を処方していただいたんだ」
「何か変なもんでも食ったのか?」
「いや、特に心当たりはないんだが…」
「左之助さんじゃあるまいし」
「実はな、受診の三日前、もともとは良順先生に開国や攘夷についての意見を伺いにお邪魔していたんだ」
「近藤さん、その類の話、本当に好きだな」
「玄関先で名刺を渡して名乗ったら、先生の門人たちが恐れおののいて怯えてしまってね…」
「恐れおののくって、まさか御用改めの勢いで行ったんですか?」
「いいや、普通に。声を荒げたわけでも睨みつけたわけでもない。あの時は、なぜか申し訳ない気持ちになったよ…」
「そりゃ見た目が怖かったんじゃ…」
「新選組局長、って知ったからじゃないですか?」
「私の顔はそんなに怖いのか?結構気にしているんだが…」
「え?そうだったのか、気にしてたのか」
局長、意外とナイーブな一面もあるんだ。
まあ、顔を見ただけで怯えられたら、さすがにショックだよ。
「昔からそうなんだよ。強面を気にしてるんだ」
「隣にいるのがこの顔だぞ!」
と、土方さんの顔を指さした。
「ああ~納得」
「確かにそりゃ気の毒だな」
「お察ししますわ」
「かれんさん、君は私の顔が怖いと思うか?」
「はあ…えと、それは…最初は少しだけ。でもそれは威厳があるって思われてるからですよ!それに、笑うとえくぼができて最高に素敵ですから!」
「かれん、お前はえくぼがある奴が好きなのか?」
「かれんちゃん、そうなの?!」
「局長のえくぼが素敵だっていう話で…。あ!お幸ちゃんも言ってましたよ!」
左之助兄ちゃんが冷やかしでヒューと口笛を鳴らした。
「怖そうと思ったのに、相手をよく知ったら優しいとか、女心をくすぐるとか、そういう意外性に惚れるものですよ!ね?」
「そうか、ありがとう。君は優しいね。泣けてくるよ…」
「泣くな!」
「男の人も同じだと思います。現にその先生は、局長を見た目や肩書きで判断しなかったということですよね?」
「そうなんだ。先生はちっとも動じずに私を招き入れてくれた。質問にも丁寧に答えてくれたよ」
「質問って?」
「幕府に仕える奥医師が西洋医学を使って良いのですか?日本の医学を使わなくて良いのですか?とね」
いやいや、現時点なら西洋医学のほうが格段進歩してるでしょ。
治せる病気も多いだろうし。
「話を聞くと、良順先生は蘭方医のお家柄の次男なのだそうだ。順天堂という西洋医学塾で学び、幕命で長崎に遊学したんだそうだ」
「順天堂?!」
って、あの有名な大学病院の?
箱根駅伝でも有名な、あの?
「知っているかい?」
「あ、はい…」
「長崎ではオランダのポンぺという先生に師事したようだし、考えてみれば、若い頃から西洋医学にふれて育った蘭方医ならば、西洋医学を治療法に選択するのは自然なことだ」
幕府お抱えの奥医師で、将軍や大奥のお姫様にも信頼されているならば、治る確率の高いほうを優先するのは医者として当然だろう。
「それで?」
「双方の医学の実態と効果を分かりやすく教えてくださった。簡単に言えば日本の医学も素晴らしいが、人を救うため、病を治すために必要なら、西洋医学だろうと最善の治療を柔軟に取り入れるべきだ、と」
「どっかの誰かが言いそうなことだな」
「覚馬さんとかれんさん、すぐにふたりの顔を思い浮かべたよ」
「保守的な會津の中で、めずらしいもんな」
「それにね、国の現状を把握せずただ攘夷、攘夷と叫ぶよりも、国のためにより良い道を探るならば、開国も決して悪い選択ではない、と仰った」
「さすがは蘭方医、異国にも理解があるんだ」
「感激のあまり、義兄弟になってほしい、とお願いしたんだ」
「義兄弟の契りを交わした仲、か」
「京に来た時はぜひ屯所を訪ねてください、と約束してね」
「もしや先生は、今回の家茂将軍の上洛に同行しているのか?」
「そうなんだよ。それで先生を屯所にお招きして、隊士全員の体を診てもらうことになったんだ。先生も快諾してくださった」
「そんなすげぇ医者に診てもらえんのか?」
「左之助さんには悪いところなんかないんじゃないですか?」
「あはは!そうかもな!」
「体が丈夫ってのは自信あるけどよ」
「この際だ、全員上から下まで隅々診てもらおうぜ」
「御典医殿に診てもらうなんて、滅多にない機会です」
「総司のことは先生に話しておいた。良順先生なら間違いないぞ」
「確かに、これで安心だな」
「平気だって言ってるのに」
松本良順先生。
どんな人なんだろう。
早く会ってみたいな。
気が合いそうな予感しかしない!
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