31.君は花風のごとく、白き花霞揺れて(四)
「それにしても、すごい広さだなぁ」
西本願寺の広大な敷地。
まず目に入るのは
外観も内観もとにかく圧巻だ。
御影堂の中の内陣にはたくさんの金箔が施され、まばゆい。
牡丹が掘られた欄間、天女の
浄土真宗の御堂の特徴なのだそうだ。
内陣は極楽浄土を表しているために、きらきらと輝きを放つ世界を
中央に配置されているのは開祖・
御影堂の隣、右側にはこちらもまた大きな本堂・阿弥陀堂。
中も同じく金箔がまばゆい。
阿弥陀堂と御影堂は渡り廊下で繋がっている。
広々とした外陣には畳が400枚以上敷かれており、なるべく多くの信徒さんが入れるように作られている。
その一角。
本堂の横、北側の
北集会所の隣に建ち、見張り台の役目を担う太鼓楼も大活躍。
その名の通り、中には大きな太鼓があって、隊士の集合の合図のときなんかには、太鼓の音が鳴り響く。
本来は時刻を知らせるためだったり、檀家さんに説教の始まりを告げるために鳴らす太鼓らしい。
後の世、今から100年と少し経ったら、ここは京都の世界遺産になる。
そんなお寺に新選組が屯所を構えていたとは。
もっとも、お寺の方々は新選組を快く思うはずもなく…。
態度には出さないものの、とっても迷惑そう。
長州贔屓だから仕方がないか。
大、大、大迷惑でも、新選組のバックには會津と幕府がついている。
お寺側も揉めないよう当たり障りなく、大人の対応をしているようだ。
引っ越して早々、西本願寺から200両、商人から300両の借金を願い出、工面。
最近知ったのだけれど、この当時のこういう借金は返されないことのほうが多いんだとか…。
せめてもの気遣いとして、相撲大会をやるから見に来ませんか?とお誘いしたみたいだけど。
お坊さんや寺侍さんたちは、わたしにはよくしてくれるから、なんだか心苦しくて、申し訳ないときもある…
新選組の窓口となってお寺に交渉しているのは土方さん。
沖田さんによると「基本は丁寧に低姿勢で、時には念を押したりして、緩急をつけた巧みな交渉術で実務もそつなくこなす」らしい。
「かれんちゃん」
「平助さん!さっきはお風呂がないことに驚きすぎて言ってなかったけど、おかえり!」
「ただいま」
「江戸はどうだった?」
「うん、あのさ…」
「どうしたの?」
「山南さんの最後の一日のこと、詳しく教えてくれる…?」
「うん…」
平助さんは江戸に出張中だったから、山南さんの最期には立ち会えず、わたしたち以上に実感がないようだった。
「“土方さんは山南さんを思い、真実を言うなと言う。山南さんは土方さんを思い、真実を言いなさいと言う”。そうか…」
道場は違えど、山南さんと同じ北辰一刀流を学んだ人だ。
土方さんとの対立が元凶だって思ってる人が多いから、もしかしたら平助さんもいの一番に土方さんを非難するかもと思ったけど、そうはしなかった。
「驚いたな…山南さんが情報を渡していたことがあったなんて」
「本人の口から聞いたのに、沖田さんもわたしも信じられなかった」
「土方さんはそれを全部知ってたんだね」
「うん…見なかったことにするって、局長にも誰にも言わずにいたみたい」
「土方さんも本当は切腹させたくなかったっていう何よりの証拠だね」
「山南さんが新選組を抜けて好きに生きられるように、後のことは土方さんが何とかするはずだったの」
「切腹は山南さんの意志だったってことか…」
「みんなで説得したけど、気持ちを変えることができなかった」
「“新選組総長として人生を全うしたい”、なんてさ。そんなの言われたら、悔しいけど、こっちは黙るしかないじゃないか…」
「土方さんもね、それを知ったら言葉を詰まらせてしまって…」
「土方さんがあえて嫌われ役を引き受けてることも、心の内ではみんなを思いやってることも、私だって知ってるよ」
「うん…」
「かれんちゃんより長い付き合いなんだからね」
「そうだよね」
「この人に、土方さんについていくしかないって思い直した」
「なんでそう言いきれるの?」
「私は江戸にいた頃、土方さんに救われたんだ」
「救われた?」
「初めて人を斬った日だった」
「え…」
「十六の時にね。道場からの帰り道、人違いなのか襲われたんだ。無我夢中だった」
正当防衛とはいえ、16でそんな壮絶なこと…
剣を持たないわたしが、何て言うのが正解なのか…
結局何も言えずにいた。
「雨の中、涙が止まらなくて震えていた私に、“どうした坊主”って。一度は通り過ぎたのに、引き返して声をかけてくれたんだ」
意外と面倒見のいい土方さんらしい。
雨に濡れて、捨て猫みたいに震えている平助さんを放っておけなかったんだと思った。
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