【第四章 さやか】
31.君は花風のごとく、白き花霞揺れて(一)
まだ誰ひとりとして、山南さんの死の悲しみから立ち直れない中。
西本願寺への屯所移転が決まった。
今日は八木家を出て、新しい屯所へ行く日。
「引っ越しするなんて、思ってもなかったな…」
「ようやっと静かになる思うとったけど、さみしなるなぁ」
「おじさん、おばさん、お世話になりました」
「新しい屯所はお西さんやさかい、目と鼻の先や」
「遊びに来ていいですか…?」
「当たり前やないの!」
「しょっちゅう来ちゃうかも」
「何言うてるんや。これからも世話焼かしてもらうで」
「かれんちゃんのこと娘や思うてるさかい、気遣いなんかいらんえ」
「ありがとうございます」
「そないに泣かんで。おばちゃんも涙が出てまうわ…」
「
「わたしにとっておふたりは、京のお父さんとお母さんだから…」
おばさんがぎゅうっと力いっぱい抱きしめてくれた。
まるで自分のお母さんに抱きしめられてるみたいで、ジーンとこみ上げてくる。
「あかん…泣きめそな娘やなぁ」
その様子を見守るおじさんも、意外と涙もろいって知ってるんだから。
「八木さん、改めて、長い間お世話になりました」
「土方はん」
「いつも何かとお騒がせしてすみませんでした」
「最初は関東の荒くれもんが居座るなんてとんでもない、貧乏くじや、迷惑や、としか思うてへんかったのになぁ」
「それはそうですよね、大変なことだったと思います」
「それはもう本当に感謝しかありません」
「案外、常識のある心根の優しい人が多いですよって。ご縁あって、かれんちゃんも来てくれはったし」
「不思議なご縁ですよね」
「必要な時に、必要なご縁は結ばれるもんや」
「お忙しいと思いますけど、為三郎もさみしがりますよって、土方はんも時々顔見せてくださいね」
「そうさせていただきます」
「わても楽しみが増えるわ。碁の勝負、いつでも受けて立つで」
「はははっ!負けませんよ」
「それと、山南さんの月命日には光縁寺にはお墓参りに来ますから」
「そうか…喜びはるわ。わてらも墓参りさせてもらうわ」
「土方はん、かれんちゃんを頼みましたえ。大事な娘やさかい」
「はい、お任せください」
「土方はん、あんた方もまだ若い。命懸けの仕事やいうんも分かる。ほんでも命だけは大切にせな、あきまへんで」
「はい、心に刻みます」
「ふたりとも、いつでも帰って来よし」
人と人が支え合って生きているということ。
ここへ来て、心から実感した。
時代のせいじゃない。
現代の人だって同じように支え合って生きてる。
平和で豊かな世界では、自分の心を満たすための、幸せになるための選択肢がたくさんある分、それを忘れてしまいがちなだけ。
現代にいたときは、ドライで冷めてて。
わたし、きっとすごく生意気だった。
反省。
ひとりで生きてるなんて思ったらいけない。
忘れがちだけど、忘れちゃやいけない。
とても大切なこと。
それから。
自分を愛してくれる。
認めてくれる。
理解してくれる人がいるということ。
その事実があれば、どれだけ大きな力になるか。
無敵だ!って思えるくらい。
「かれん姉ちゃーん!」
「ほれ、ぎょうさんお客が来はったで」
屯所の門を出ると、子供たちが全速力でやって来た。
「みんな…」
「いやや!行ったらあかん…!」
「うちも連れてって!」
抱えた荷物を地面に置き、みんなまとめて抱きしめる。
「沖田のお兄ちゃんもわたしも、ものすごーく遠くに行くわけじゃないんだよ」
「どこに行くん?」
「お西さんだよ」
「何や、ほんなら近いなぁ」
「またすぐ来るから。そしたら遊ぼう」
「ほんま?約束やで!ほな、指切り」
「うん、約束!」
ひとりひとりと指切り。
「あ、香り袋つけてるんだね」
「うん!」
一緒に作った、小さな巾着の沈丁花の匂い袋。
「うん、かわいい」
「これな、首からさげるとな、いつもいい匂いするんやで」
「うん、いい匂いするね」
「かれん姉ちゃんも持ってる?」
「うん、持ってるよ。ほら」
帯の間から、匂い袋を取り出して見せた。
紅い梅の柄の生地を選んだ。
言わずもがな、土方さんが好きな花だから。
「ねえ、みんな、これからも仲良くしてね」
「あたりまえやろ!」
「やったぁ」
ありがとう、仲良くしてくれて。
ここには山南さんとの思い出もある。
大好きなお父さんとお母さんもいる。
小さな友達もいる。
家の鴨居や、自分の腕に残る刀傷。
怖い思いもした。
お互いを思いあうあまり、すれ違ってしまうこともあった。
心の機微にふれて、たくさん泣いた。
だからこそ強くなれたと思う。
死がこれほど身近なものだとは思わなくて。
だからこそ、生きていることをありありと実感させられた。
潔さも清さも。
本当の意味で優しさとは何かを。
21世紀にいたら、気づかないふりをしたまま人生を終えていたかもしれない。
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