23.ほまれ、さかえあらん(八)
「旦那様が右向け言わはったら右向いて仕える、それが女の心得かもしれまへん。そやけど、御内儀として家と店を守ってきたうちとしては、大人しくて自分の気持ちもよう言われへんあの子が心配どした」
「そのまさが、お友達ができた言うて嬉しそうに。あんたはんのこと、わろて教えてくれましたんや」
「そうでしたか」
「あん時も“かれんちゃんを信じる”て、キッパリ言い切った」
「あれには驚いた」
「まさが心を開いた人なら、信用してもええん違うかと」
「お母はんもでしたか…」
「あれま、あんたもか。ふふふっ」
「あの、新選組のことも信じていただけませんか?」
せめて左之助兄ちゃんのことだけでも好きになってもらいたい。
この戦が起きたせいですっかり忘れていたけど、おまさちゃんの家族にも左之助兄ちゃんを売り込まなければ。
「ほんなら、君が思わはる新選組のええとこ、教えてもらいまひょか」
「え?」
「先生方の中にはええ男もいてはりますさかい。恋してしもたら、どないしよ」
「お母はん…!何言うてはるんです!」
御内儀さんのお茶目な発言が可愛らしくてクスクスと笑ったら、反対にお兄さんは呆れたような驚いたような顔をした。
「個人を知れば好きになるかも分からんしな」
「それに、あんたはんの真っ直ぐな目ぇや心に、嘘はない気ぃしますさかい」
新選組のこと、分かってもらえるかもしれない。
ごく普通の、普段のみんなを知ってもらえたら。
沖田さんは近所の子供たちに人気で、平助さんはお花や植物に詳しいこと。
山南さんは疑問が気になりすぎると蕁麻疹が出ること。
源さんとは一緒にごはんやスイーツを作ること。
斎藤さんは洗濯が大好きで、永倉さんは虫歯になりやすいこと。
局長はちょっとしたことでよく涙腺崩壊すること。
それから、土方さんの「うぐいすや~」の俳句のこと。
左之助兄ちゃんのことはじっくり話していこう。
そうだ、わたしは新選組の広報さんになろう。
戦の最中、こんなことを思いつくのは不謹慎かもしれないけれど、押し潰されそうなほどの不安の中でも、こうして声をかけあって助けあう。
みんな、今どこで戦っているんだろう。
この大火の中で銃撃、砲撃で怪我をしてないといいけど、とにかく心配だ。
見送ったのはつい1週間前のことなのに、もうずいぶん逢っていないみたいに懐かしい。
それに、會津が守備する蛤御門が激戦地になったはずだけど、容保様や覚馬先生たちはご無事なんだろうか…
覚馬先生は常日頃から大砲の調練の指揮を執っていると言っていた。
ということは、最前線で戦っているに違いない。
「左之助はん…大事おへんやろか?」
「左之助兄ちゃんは絶対に大丈夫!」
「絶対なんて、何でそんなこと言いきれるん?」
「新選組だから。あの人たちは屈しない。死んだりしないわ」
半分は自分のため。
自分の胸にそう言い聞かせたの。
強い想いを言葉にして声に乗せたら、真実になる気がした。
死ぬかもしれないと分かっていて、戦に飛び込んでいくなんて。
それは覚悟の上?
帰りを待つわたしたちの心の内なんて知らないんだろうな。
「なぁ、かれんちゃん」
「うん?」
「いつもこんな風に心配しながら、新選組の帰りを待ってはるの?」
心配で心配で仕方ない。
そうだと言ったら、左之助兄ちゃんの帰りを待つ自信がないと思ってしまうんじゃないか。
そっと、おまさちゃんの手を握った。
わたしじゃ頼りないけど、今できることはこれくらいしかなくて。
「おおきに…」
「こうして待ってるときは、すごく心配だけどね」
「そやな…」
「必ず帰ってくるって信じてるから」
いつの間にか、新選組と過ごす毎日が当たり前になった。
お願い、生きていて。
どうか、誰ひとり欠けることなく無事に戻って。
そんなこと、これから何度願えばいいんだろう。
長州の敗戦で、戦そのものは1日で終わったのだけれど…
市中で砲撃したことで各所で炎上、その被害で火災が広がった。
最初に出火したのは堺町御門付近の公家の鷹司邸。
長州兵が逃げる際に、三条河原の長州藩邸に火をつけ燃え移ったとも。
公家のお屋敷、町家、民家に逃げ込んだ長州の残党を見つけるために、會津や薩摩が意図的に火を放ったことで町中に火が燃え広がったとも。
風が強かったことも影響したらしい。
中心部の大半が猛火で焼き尽くされた。
戦の混乱状態の中で、手の施しようがない大火となってしまった。
そして。
3日間燃え続けた火災が、ようやく鎮火した。
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