22.お嬢様に恋の罠(六)
四条通をてくてくと歩きながら裏寺町付近までやって来た。
おまさちゃんとの約束のその前に。
局長のお使いで裏寺町京極の宝蔵寺へ。
現代の新京極にある浄土宗のお寺さんだ。
聞くところによると、もともとは壬生にあったお寺で、豊臣秀吉の都市改造で現在の場所へ移ったらしい。
新京極、わたしも高校の修学旅行で行ったなぁ。
未来の修学旅行生が訪れる街並みとはずいぶん違っていて、今は寺院が建ち並ぶエリアだ。
参道ではよく縁日が行われている。
称空義天
局長が尊敬、信頼し慕っている和尚さんだ。
長い名前なのか肩書きなのか…何とお呼びするのがいいのかな?
長すぎてどこで区切っていいか分からない…
称空義天旭専和尚様?
称空義天大和尚様?
称空義天上人様?
よく分からないから上人様でいいかな?
それとも普通に和尚さんとかご住職で失礼はないのか?
しまったなぁ、聞いてくればよかったな…
上人とは、すべてに卓越し、人を導くのにふさわしい高徳の僧侶のこと。
和尚の前に“大”が付いているから、普通の和尚さんよりも格が高いに違いない。
ここを曲がったら、もう宝蔵寺に到着してしまうというのに。
あーだこーだと悩んでいるときだった。
「あいたー!」
大きな声がして振り返る。
「弥助、いけんした?」
「ちょっしもた!わらじが切れてしもた」
「怪我しちょるじゃなかか!歩けるか?」
「了介さぁ、先に行ってくいやい。吉之助兄さぁや信吾どんが待っちょいもす」
どこからか上洛してきた武士だろうか。
訛りが強くてよく聞き取れないけど、日本語であることは確かだ。
外国語みたいな方言だな。
「実は、道がよう分からんのじゃ…忘れっしもた」
「ほんのこっな?!」
「記憶力のよか弥助がいりゃあ、安心じゃ思っちょった」
「なんじゃ~そいは。歩けば思い出すかもしれもはん…」
「弥助、分かっとな?」
「んにゃ…おいもじゃ、久しぶりなもんでいまいちわかいもはん」
「どげんしたらよかか…どこでん同じ街並みに見えんのは、おいだけか?」
「どげもこげも…いけんすっとよ?おいたちは何をしちょっとかぁ…!」
「道を尋ねてみもんそかい」
単なる好奇心で、日本語とは思えない会話に思わず立ち聞きしてしまった。
目を丸くしていると、彫りが深くて目の大きな、濃い顔立ちの人と目が合った。
と思ったら、もうひとりも目がぱっちり、はっきりとした顔立ち。
「あの、すんもはん。ちょっ、よかでごわすか?お尋ねしもす」
聞き取れなかったらどうしよう…と瞬間的に思った。
「はい、いかがいたしましたか?」
「柳馬場通の鍵直ち旅籠に行きたいんじゃが、道に迷ってしもて…」
「京に来たのは久しかぶいやったで、わっぜ困っちょっとよ。教えてたもんせ」
わっぜ…?
とにかく道に迷って困っているようだ。
「そうでしたか。よければ一緒に参りましょうか?」
「おはん、用があるんじゃなかか?」
「少しくらい平気です。約束より早めに来ましたから」
「あいがとさげもす!」
「さげもす…?」
ハテナが浮かぶ。
「ああ、ありがとうっちゅう意味でごわす」
「あー!いえいえ」
足元を見ると、わらじで足に擦り傷ができて、痛々しい。
「あの!少しだけお待ちいただけますか?」
宝蔵寺の山門を箒で掃いていた小坊主さんに事情を話して、桶に水を貰ってきた。
「すみません、お怪我しているようなので、見せていただけますか?」
「んにゃ、こげなもん平気じゃ。大したことなか」
「でも、化膿したらいけないので。このままでは歩くのも痛いと思います」
「じゃっどん…」
「失礼いたしますね」
返事を待たずに半ば強引に手当てを始める。
桶の水で足の傷口をきれいに洗い流す。
「弥助どん、せっかくのご厚意じゃ。あいがたかど」
「すいもはん、失礼いたしもす」
何で靴擦れって小さな傷でもあんなに痛いんだろ。
正確にはわらじ擦れだけど。
靴なんて懐かしい響きだなぁ。
「ほんのこてすんもはん」
「お気になさらないでください」
巾着の中から缶を取り出す。
現代から持ってきていたワセリンを。
過去へ来た季節が秋だったから、乾燥対策でハンドクリームに少しだけワセリンを混ぜて使っていたのだ。
手のひらで温めたワセリンを傷口にそっと塗った。
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