19.風待月の一夜(五)
呆れたのか、感心したのかどっちなのかは不明だけれども。
わたしの隣に腰を下ろす。
教えてくれるの?
「時流を読むことは大切だ」
一連の発言は意外と的を得ていたみたい。
あまりのしつこさにお手上げだったのか、わたしにも分かりやすいように噛み砕いて話し始めた。
「“尊王攘夷”は分かるね?」
「天子様を尊びお守りし、外敵を撃退すること」
「そう。では、“公武合体”とは?」
「確か、朝廷と幕府を結んで幕府の力を取り戻そうとすること…」
何となくだけど、そんな感じだったような。
その象徴ともいえるのが皇女・和宮だ。
「去年の八月十八日、君がここに来る以前のこと。會津と薩摩が手を組み、長州を主とする攘夷派を京から追い出したんだ」
「何でそんなことをしたんですか?」
「攘夷を即刻実行するよう公方様や諸大名に命じてほしい、と帝に献策しようとしたんだ」
「“けんさく”って何ですか?」
「自分たちの策を申し述べることだよ」
「ふぅん…それで長州はどうするつもりだったんですか?」
「もし幕府が帝の命に従わない場合、関東に軍を進めて徳川幕府を倒そうとも考えていた」
「まさか!そんな手荒なこと…あ、天子様は外国嫌いだから、その話に乗っちゃうかも?」
「いや、そうではないんだ。會津と薩摩は、長州の計画を事前に察知したんだ」
「それで?どうなったんですか?」
「帝と公武合体派の公家と連携し、長州と攘夷派の公家を都から追い出した」
「都から追い出すってことは…」
「長州を政治の中枢から遠ざけたんだ。つまりは今後一切、政に関与できないも同じこと」
「そんなことされたら、長州も黙ってないんじゃないですか?」
「會津も我々も市中警護を強化して、ずっと警戒していたんだ。反撃の機会を虎視眈々と狙っているはずだからね」
「ん?でも、どうして天子様は幕府側の會津を…?」
外国嫌いで鎖国の維持を望む孝明天皇。
そのことから考えても、幕府側の會津や薩摩の意見を聞き入れるのは不可解だわ。
「あ!そういえば、天子様は會津の後ろ盾だと聞いたことがあります」
急に高校の日本史の授業を思い出した。
話のおもしろい先生だったから、歴史が得意じゃない生徒も夢中で聞いていたっけ。
「帝は松平容保公に全幅の信頼をお寄せだ」
「てことは、朝廷と幕府は完全に対立してるわけじゃないんですか?」
「そう。幕府も會津も薩摩も帝を敬っていることに変わりはない。もちろん新選組も」
じゃあ…
尊王=天皇を敬う、っていうのは誰でも持っている、日本人ならば当たり前の考えなのか。
考えというか、考えるまでもなくそういうものという認識なんだろう。
平成に生きるわたしたちも似たような感じだもんね。
あれ?
そもそも新選組は攘夷派じゃなかったっけ?
でも、もともとは将軍警護のために京に来たんでしょう?
その後、佐幕派である會津藩のお預かりとなった。
もう、頭がごちゃごちゃでよく分かんない…
今までのわたしなら、混乱して面倒になって、とうの昔に考えるのを止めていただろう。
今はそうはいかない。
わたしだってぼーっと暮らしているわけにはいかない。
社会情勢をきちんと把握しておかなければ。
新選組のためにも。
今後たどるであろう歴史の流れを掴むためにも。
だって、未来を知っているのだから。
黒船に乗ったペリーが来日したのが10年ほど前。
幕府が不条理な条約を結び、開国して早数年が経つ。
攘夷を進めたい長州。
尊王攘夷派の人たちは、幕府にはこれ以上任せられないと、政権を朝廷に戻そうとしている。
その幕府に會津も新選組も最後まで味方したわけだけど。
このまま幕府が政権を握るのか、それとも朝廷に政権を返すのか。
幕府が権力を握ったままでは日本は変わらない。
そうか…!
だから、徐々に倒幕という考えが広がって明治維新が起きた。
自分たちで新しい日本をつくるために声をあげ、立ち上がった。
その中でも有名なのが、坂本龍馬が敵対していた薩摩と長州を結んだ薩長同盟だ!
攘夷だなんだって言ってるけど、最後の最後、最終的な問題は幕府をどうするかってことなのね?!
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