【第3章 はやて】

19.風待月の一夜(一)

夢を見ました。




星月夜。


コンチキチン、とお囃子が響く。


この音楽、この合いの手は祇園囃子?


祇園祭、だろうか。


そうか、もうそんな季節なんだ。



梅雨明けは間近か、蒸し暑い。



京の町の明かりの中を走る人影。


風を切る。


浅葱色の羽織、翻し。



新選組…?



一軒の町屋の前で立ち止まる。


ここはどこ?


京の町のどこかというのには間違いない。


旅館?


それとも料亭?


何屋…暖簾の文字がよく見えない。


ここが肝心要の場所のような気がして、目を凝らす。


さんずいの漢字だと思った瞬間、次々と人が暖簾をくぐったために揺れ動く文字。


解読は不可能。



「御用改めである!」



この決め台詞、そして、この声は局長…?


沖田さん、平助さんも隣にいる。


ふたりとも、いつもとは違うシリアスな表情。


仕事の時はこんな顔するの。



鉢金、鎖帷子、胴着、脚絆きゃはん


完全武装している。


ここで何かが起きるの…?



新選組の出現にうろたえ、慌てて奥へと向かうあるじを追って、局長と沖田さんが急勾配の狭い階段を駆け上がる。



「御上意!」



と発した局長の声に、その場に流れる緊迫感。


暗がりに浪士が潜んでいるのだろうか。



灯りが消された途端、2階にいた相手が刀を抜いて斬りかかってきた。



「手向かい致すにおいては、容赦なく斬り捨てる!」



戦闘開始。


新選組4人に対して相手の数が多すぎる…


こういうときのために、あの剣術の稽古が生かされるのだろう。


ひとり、またひとりと新選組の剣に倒れてゆく。


その度に血が流れ、おびただしいほどの返り血を浴びる。


浅葱色が血染めに変わっていく。


こんな暗闇の中でよく戦えるよ…



1階で対峙するのは永倉さんと平助さん。


2階から飛び降り、逃げる浪士たちを追って、局長も階下へ。


孤軍奮闘でも沖田さんの腕ならば、と2階は信頼して任せたのだ、きっと。



局長も永倉さんも敵に囲まれる。


2階では沖田さんも同じ状況なのだろう。


狭い室内で、かなり激しい斬り合い。


斬りかかってくる、もしくは逃げようとする浪士を次々と斬り倒してゆく。


新選組指折りの剣豪たちに対して、よく向かって来れるなと思うけど、相手も腕に覚えがあるんだろう。



平助さん、危ない!


目を背ける。



いつもこんなふうに命がけの斬り合いをしているとは分かっていても。


頭では分かっているのに、夢でも恐怖を感じ、青ざめる。



たった4人でこんな大勢に立ち向かうなんて…


いくらみんなが強くても、このままじゃ…


やられちゃったらどうしよう…


死んじゃうなんて絶対だめ!



土方さん…


土方さん、どこにいるの?


局長たちを助けて!



「新選組だ!助太刀致す!近藤さん!」




「土方さんっ…!!」



自分の声に、パッと目を大きく開く。


土方さんが颯爽と、でも殺気を帯びて登場したところで夢から覚めた。


右手を天井に向けて伸ばし、助けを求めていた。



目をこすり、ゆっくりと起き上がる。



「ほんとに来てくれた…」



怖い夢を見たら、夢の中へでも助けに来てくれると言ってくれた。


わたしの王子様の台詞。



新選組の斬り合いの夢…


この時代へ来たばかりの頃は、ときどきこんな夢にうなされることもあったけれど。



「久しぶりに見たな…」



ふう…とため息。


もう、前みたいに泣いたりしない。


新選組とともに生きると決めた以上、これも運命さだめと受け入れている。


諦めじゃなく、わたしなりの決意だ。


これも大切なわたしの役目と思う。



「つばさ、もう起きてるかな?」



何だか、無性につばさに触れたくなった。



朝だ。


早起きするのが苦じゃなくなったのはいつからだろう。



「かれん?起きてるか?」


「はい、土方さん、ですか?」



襖越しに声が聞こえて、現実の王子様の登場だ。



「すまん、朝早くに」


「おはようございます。どうしたんですか?早起きになりましたね」


「ちょっとな…顔を見たくなって」


「助けに来てくれてありがとうございます」


「助け?」


「さっき、夢の中に助けに来てくれました」





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