18.愛し青の戀人(六)

「あ、今うちのこと間者や思たんちゃう?」


「え?!なぜそれを…?!」



読まれてる…


やっぱり超能力者では?!


まさか、そんなことあるか!



「ふふふ、やっぱりなぁ」


「違うんですか?」


「ちゃうわ、間者がこーんなベラベラ話すわけないやろ?」


「いやでも油断させといて情報を得るって可能性も…」


「あれまあ、確かに。賢いわぁ」



新選組に間者が潜んでいた、って事件も実際にあったし。


あれは、まだ壬生浪士組時代、芹沢先生が亡くなった直後だった。


局長は当初から間者ではないかとずっと怪しんでいたところ、永倉さんを暗殺しようと企てていたことが発覚。


6人中3人は取り逃がしてしまったようだけど…3人は粛清。


情報を得るために、命を狙うために、自分自身も命懸けで潜入するなんて…と、ゾッとした。



「不審そうな顔しはったら、誰でもそう思うわ」


「あ…すみません」


「ええのよ、正直で。先生の言わはるとおりの子やわぁ」


「先生?」


「もしもん時は、新選組が守ってくれますのやろ?あんたはんがいちばんよう知ってはるんやないの?」



このお姉さんの言うとおりだ。


新選組は必ずこの町を、わたしたちを守ってくれる。


それを忘れるなんて、みんなに叱られちゃうよね。



「新選組が嫌いじゃないんですか?」


「嫌う理由はあらしまへん」



ハッキリ、キッパリ、ビシッと言い切るもんだから。


なんか、カッコイイ!


ついて行きます、アネゴ!って感じ。


わたし、この人、好きだ!!



明里さんといると、不安な気持ちも一発で吹っ飛ぶ。


きっとこの人は、物事を明るいほうから見れる人なのだ。


だから周りの人を元気にしてくれる。



「明里さん、もしかして新選組に恋人がいるんですか?」


「ふふふ~」


「誰?誰ですか?」


「ひ・み・つ」


「さっき言ってた先生って、誰のことですか?教えてくださいよ~」



明里さんって、サバサバしていてユーモアに溢れていて、とっても明るい。


見た目はクールビューティーなのに、意外や意外、お茶目で可愛らしい一面も。


さすがは芸妓さんなだけあって、身のこなしや気遣い、機転のよさは天下一品。


お幸ちゃんもそうだけど、いい女は相手の心の機微を敏感に感じ取れるものなのね。


おまけに面倒見も良くて、さっき会ったばかりなのに、ひとしきり話したら打ち解けたほど。



「かれんちゃん、今恋してはるやろ」


「えっ?どうしてそれを…」


「照れてるん?可愛かい らしいわぁ。見えるような気ぃしたんよ。かれんちゃんの瞳に映るお方が」


「すごくモテるし、よりにもよって美女ばっかりなんです。わたしでいいのかな?って、自信なくしそうで…」


「堂々としなはれ!お慕いする人と心が通じたんよ」



スッキリ爽やかで、清々しい物言い。


気分が晴れる。



「こんだけぎょうさんの人がいてはる中で、ほんに素晴らしいことや思わへん?」


「そうですよね。♪“いのち短し 恋せよおとめ~”ですね!」


「何の歌?素敵やわぁ。続き聞かせて」



いのち短し 恋せよ少女おとめ


黒髪の色 褪せぬ間に


心のほのお 消えぬ間に


今日はふたたび 来ぬものを



「“心のほのお 消えぬ間に,今日はふたたび 来ぬものを”かぁ。少し切ないような、心淋しいような、静かな中にも情熱がこめられた歌やわぁ」



特に4番の歌詞がお気に入りのようだ。



「かれんちゃん、歌上手やなぁ。その歌、拍子も独特やのに」


「独特?ですか?」



6/8はちぶんのろく拍子って、日本にはなかったのかな?



「けど、胸に残る調べや」



『埴生の宿』も『ゴンドラの唄』も、もちろんショパンも。


現代でも奏で、歌い継がれる曲というのは、いつの人の心にも響くのね。



「せや、かれんちゃん、小唄でも習ったらどうや?」


「はい、小唄も三味線も難しそうだけど、 挑戦してみようかなぁ?」




“激動の時代”なんて言うけど、みんな普通に恋愛したり悩んだり。


恋もガールズトークも音楽も。


それからあぶり餅も。


時代が違っても変わらないことはたくさんあるんだね。



人が何かに立ち向かえるのは、愛する人がいるからなのかもしれない。


自分の手で守りたい人がいるから。



わたしたちも守られてばかりじゃない。


守ってあげたいと思う。



役に立つようなことはできないかもしれないけれど。


ほんの少しでもいい。


力になりたい。



女だって、誇りも信念も志も持っているのだから。



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