18.愛し青の戀人(一)

「うち、ほんまの名前はゆきいうんよ」


「出身は?」


「金沢や」



深雪太夫改め、おゆきちゃんとわたしはすぐに仲良くなった。


まるで昔からの友達みたいに。



昨日の約束どおり、甘味屋さんで待ち合わせ。



「お幸ちゃんは局長のどこがいちばん好きなの?」


「いややわぁ…そんなん恥ずかしくてよう言われへん。秘密や」


「いいじゃん、女同士なんだし。お幸ちゃん、意外と照れ屋なんだ」



メイクなんかしなくても、この上ない美人だし。


人気太夫だから、恋の駆け引きはお手のものかと思ってたけど。


頬に手を添え、恥じらう姿がとっても可愛い!


何だかうれしい親近感。



何より、美女のこのギャップにやられる!


女のわたしでも射抜かれたんだから、男はすぐにイチコロだろう。



過去も未来も、時空も身分も国も超えて、恋する乙女心は変わらない。


芽生えた想いは止められない。



時代を遡ったからこそ、肌で感じたことだ。



「よう言うわ~!土方先生の前で真っ赤に頬染めたはったんは誰やの?」


「見てたの?!」


「うちを誰や思てんねん」


「照れるのは土方さんの前だけだもん~」


「せやろか?今も赤なってはるけどなぁ」


「う…」


「うちのが一枚上手やな」


「で?どこが好きなの?」


「…ぼ、や」


「え?」


「うちは近藤せんせの、えくぼが好きなんや!笑ったときのえくぼが可愛かいらしいやろ…?」


「きゃー!お幸ちゃん!」



変わらないね、女の子はいつの時代も。


どんどんガールズトークが広がる。



好きな人のこと。


メイクやファッションのこと。


このお店のスイーツがおいしいとか。


いろんな噂話。



話してる内容は平成のわたしたちと一緒だ。


それが心から楽しい。



他愛もない話も、真剣な話も。


たぶん女子じょしにしか分からないことなんだ。



「近藤先生には江戸に奥様がいはるんよ」


「そうなの?!知らなかった…」



なんてお気楽だったの?!


バカだな、わたし…


新選組の全員が未婚なわけないじゃん。


少し考えれば分かること。



「せやけど、うちらにとってはめずらしくも何ともあれへんことや」



局長に身請けされれば、お幸ちゃんはお妾さんになる。


ドラマでよく見る話じゃなくて、現実に起こりうる話。



奥さんには…秘密なのかな?


局長の奥さんだって辛いよね。


自分なら絶対イヤ。



うーん…複雑。



“単身赴任”してて会えないわけだもん。


逢いたくて、逢いたくて仕方ないはずだ。



いつ帰って来るのか。


出張か、休暇か。


それともお役目を果たしたときか。


そのお役目を果たすときはいつなのか。


ましてやこのご時世、帰って来てほしいなんて、簡単に催促できるわけがない。



留守を守る中、すぐに連絡が取れる電話もメールもない。


手紙だって1日や2日で届くわけじゃない。


新幹線も飛行機もない。


すぐに帰れるわけでも、逢いに来れるわけでもない。



「奥さんがいても、それでも局長を好き?」


「好きや」


「そう…でも、嫌じゃない?」


「ちょっともめずらしいことなんかやないって分かっててん。せやけど、奥さんがいはると知った時は悲しかった。嫌やないなんて人はたぶんおらへんのと違うやろか?」



野暮な質問だった。


太夫であるお幸ちゃん。


未来の世界でいうところの高級クラブのNo.1のホステスさん?



美しく、品よく、芸事に優れ、知性の備わった女性。


深雪太夫に言い寄る男の人は多い。


意のままにならない恋はなかったはず。



身分の高い人、お金持ちの人、育ちのいい人、顔立ちのいい人。


現代でいう、高スペックで条件が揃った男の人はたくさんいる。



それでも局長を好きと言う。



「あ、いてはるわ」


「誰が?」


「かれんちゃんは純情そうやから知らんと思うけど、花街の女でなくとも、はなから妾になる道を選ぶ女子おなごもいはるのや」


「えっ?どういうこと?身請けとかじゃくて、町の女の人の中にも進んでお妾さんになる人がいるってこと?」


「せや。ほら、恋愛は遊びで結婚が仕事、恋愛と結婚は別もんやって、よう聞くやろ?」



性格の相性よりも、身分や家柄のつり合いが重要視されるって、どうやら本当なのね。


だから、お見合い結婚がほとんどで、仲人業が成り立つわけだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る