9.心に灯りをともす(四)

世の中の難しいことはよく分かんない。


ただ単純に、大切な人たちがいなくなるのは嫌なの。


大切な人たちが傷つけられるのは嫌なの。



歴史を学ぶたび、疑問だった。



なぜ身分が存在するのか。


なぜ日本人同士が憎しみあい戦うのか。


なぜ人間は戦争をしたがるのか。



そう思うのは、戦争のない国に生まれたからだろう。


身分はなくなったけれど、残念ながら現代社会の中にも差別はまだある。



ここでも現代でも、わたしには何の力もないかもしれない。


歴史を変えるなんて、大それたことはできない。


ほんの小さなことしかできないの。



差別には毅然と立ち向かい。


平和を祈り、声にする。


どんな時代でも絶対に忘れてはいけないこと。




「お待たせしました!今夜はこづゆですよー」


「こづゆ?」


「會津の郷土料理かい?」


「はい!冠婚葬祭やお正月、お祝い事では必ず食べます」


「めでたい食いもんか」


「会津の味、どうですか?」


「美味い!」


「薄味にも慣れたが、東国の味に近いのは久々だ」


「是非作り方を知りたいねぇ」


「干した貝柱で出汁を取るんですよ」


「この丸いものは?」


「これはお麩です」


「麩かぁ!こんな麩は初めて見るねぇ」


「豆麩って言うんですよ。こづゆには欠かせないものです。会津以外の土地ではなかなか見つからなくて」


「ほう!」


「源さん、板前みたいだね」


「そうだねぇ。刀を持たない人生だったなら、包丁を持っていただろうねぇ。かれんさん、早速教えてくれないか?帳面、帳面と」


「はははっ!源さん、そんなに慌てないで。まずは、ゆっくり味わったらどうだ?」


「わたしより源さんのほうがおいしく作れそうだな…」



会津のお殿様の思いがけない訪問が一気に士気を上げ、さらに結束を固めた。



まさかわたしにまで声をかけてくれるなんて。


言葉を交わすとは青天の霹靂。


おかしな感覚。



タイムスリップに勝る、それ以上の不思議も変もないか。


何たって有名人と生活中だもの。



「どうぞ」


「ああ、すまないね」



局長から順に、熱燗の徳利を傾けお酌して回る。



「かれんも飲め!」



渡されたお猪口に、左之助兄ちゃんがなみなみとお酒を注ぐ。



「いただきます」


「おい、一気に飲んだら…」


「いい飲みっぷりだな」


「會津は酒処だから、飲めて当然かもしれないねぇ」


「気も強けりゃ、酒も強ぇのかよ」


「知れば知るほど、君は面白い子だね」


「そうですか?」



土方さんのぼやきの後、豪快に笑う局長。



「かれんさん、今日はありがとう」


「大したことでは」


「それは違うよ」


「それにしても、お殿様にあんまり注文つけるもんだからよ、肝を冷やしたぜ!まぁ、正論だけどな」


「お前、男前だな!女だったら惚れるね」


「女らしさに欠けるがな」


「これ、歳さん。天晴れということで上手くまとまったんだからねぇ…」



土方さんはスルーして。



わたし、間違ったことは言ってない。


何度聞かれても、今も今後も自信を持って同じことを言う。


けど、新選組と会津藩の間に角が立たないかな?



「あの、よかったんでしょうか?わたしの言葉や行動は正しかったのか…」


「かれんちゃんのお蔭で會津候もお喜びだったじゃないか」


「お咎めがなかったから良かったものの…言動には気をつけなさい。このままハラハラしどおしでは我々の寿命が縮む。いいね?かれん君」


「はぁい…」


「理解のある殿様で良かったよな!」



顎に手を添えて、局長は思わぬ質問を投げかけた。



「君は攘夷をどう思う?」


「攘夷…ですか?」



気の抜けた返事。


意外な問いかけに、視線が一斉にこちらへ集まる。



「そんなの、こいつに聞かなくてもいいだろ」


「いや、時には様々な人の意見を聞くことも必要だ。君の意見が知りたい」



お殿様も局長も、わたしの意見なんて聞いてどうするの?



「どうだい?君の考えを教えてくれないか?」


「…では、失礼して、言わせていただきます」


「うん」


「正直、日本にとって攘夷が意味のあることとは思えません。外国人を追い出す必要はない…と思います」


「なぜそう思うんだい?」


「日本を乗っ取ろうとか目論む人もいるだろうけど…」


「けど?遠慮せず言ってごらん」


「異人にも心はあります。国には家族や友達もいます。日本と手を結んで、お互いの国が発展するよう考える人もいるはずです」


「異人とは言葉が通じねぇから何を考えてるか分からんが…なるほど」


「西洋では、産業も学問も医療も進んでるし、軍事力も上だし」


「あの黒船を見たら、確かになぁ」


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