第66話 一方その頃
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「え、スレンが極大魔法を? ひとりでですか?」
「ええそうよ」
私、アルトセインは驚愕した。
「ええ、先日行われた……行われる予定だったニーザ平原での戦いを台無しにしたそうよ」
何が驚きだったって、その情報をもたらしたのがミルレット王女殿下だったことだ。
スレンもスレンだ。謹慎期間が開けてしばらくアカデミーに通っていたと思ったら、また突然いなくなってしまった。被後見人があの研究狂いのアターシア・モールだから、またフィールドワークにでも連れ出されているのだろうと考えていたが、まさか戦争の邪魔をしていたなんて。
「それはまさか、叛逆者ということになるのですか?」
聞けば兵力五千の差があったらしい。幾度となく争い、互いに手の内を知り尽くしている相手だからこそ、平原での会戦では単純に数が勝利に直結する。シフォニ王国では戦勝ムードが漂っていたそうだ。それをぶち壊されたのだ。イニピア王国であれば救世主だろうけれど、ここはシフォニ王国。大罪人として死罪やむなしといったところだろう。理屈はわかるが、感情では当然納得できなかった。
だが、王女殿下の口から出た言葉は、私の予想を裏切るものだった。
「いいえ、お父さまはスレンを客人として扱うそうよ。表向きは召喚命令という形で出頭させるようだけれど、けっして犯罪者として裁くつもりはないらしいわ」
僥倖。だが疑問が残る。勝ち戦の邪魔をされ、あまつさえ条約で禁止されている極大魔法を用いたのだ。イニピア王国への顔向けという意味でも、公開処刑になって然るべきだろう。
「イニピア王国は納得するのですか? その、極大魔法を使ったのですよね」
「それなのだけれど、本当に極大魔法なのかしら」
「……どういう意味ですか?」
戦場の地形を変えてしまうほどの魔法など、極大魔法以外にありえない。王女殿下の言葉の意図を測りかねている私に、彼女はもう一度質問を投げかけた。
「アルトセン、極大魔法とはどのようなものを指すのか、貴方はどう認識しているのかしら」
「それは……」
定義を問われているとあらば正確に答えるべきだ。
「複数人の魔道師の重詠唱により、通常の魔法では得られない強力な効果と、大規模な効果範囲をもつ魔法です」
「その通り」
改めて言葉にすることで王女殿下の言わんとしていることは理解できただが、
「そのような詭弁、通るのですか?」
確かにスレンの使った魔法は極大魔法の定義にかかるものではない。魔法の詠唱者はスレンひとりだ。極大魔法が禁止されるに至った、詠唱魔道師が魔力枯渇で死に至るという理由も当てはまらない。だが、魔法自体の効果は同じではないか。
「通るのか、ではなく通すのです。貴方、わたくしの父を誰だと思っておいで?」
「! ……国王陛下……です」
満足気に頷いた王女殿下は続ける。
「それに、実際の極大魔法を見たものはもう誰もいないわ。もうずっと昔のことだもの。スレンの発動させた魔法が禁じられた忌まわしき極大魔法なのかどうかというのは、すぐに断定できるものではないわ」
学術的にみればそうなのだろう。我がシフォニ王国は魔法大国。魔法については異常なまでの正確さを求める気質がある。まさか、アターシア・モールはこうなることを知っていた?
「そういえば国王陛下も魔道師でしたね」
「ええ、だから……スレンに並々ならぬ興味がお有りのようよ」
魔道師は二種類に分けることが出来る。研究職か、騎士団員か。同じ魔道師でも、両者の魔法への向き合い方はまったく別物だ。前者は魔法の研究により自らを高めることを是としているが、後者にとって魔法とは戦術のひとつでしかないのだ。国王陛下は騎士団出身と聞く。つまり国王陛下は、スレンの戦術的価値に興味があるのだ。たとえひとつの勝ち戦を捨てたとしても、客人として迎える価値があると考えているのだろう。
只者ではないとは思っていたけれど、まさかこんなに早く権力に飲み込まれるとは……それも第一王子や第二王子を飛び越えて国王陛下に見初められるとは。さすがというか、なんというか……
「王女殿下にとってはあまり好ましい報せではないんじゃないですか?」
せっかく見つけたおもちゃ……もとい将来の頼もしい戦力を父親に取り上げられたも同然なのだ。いずれくる王位継承争いのために同派閥に留めておきたかったに違いない。
「それは貴方もでしょう」
「……」
まったくもってその通り。王女に取り込まれかけているとはいえ、彼女だけならスレンは無碍にすることもある。だが相手が国王陛下となれば話は別だ。世間知らずのスレンのことだ、陛下の命令も王女殿下のそれと同じように雑に扱うかもしれない。そして私が優先されるようなことになれば、中央の、メイオール家への心証は最悪なものになってしまうだろう。メイオール家は伝統ある魔道の名門だから、すぐにスレンを諌めれば表立った処罰はないだろうけれど。なんにせよ私の交友関係で実家に迷惑はかけたくないものだ。
「今、スレンは王都へ?」
とはいえ今は保護者が一緒なのだ。いかに研究狂いのアターシア・モールとはいえ、もと平民とあらばなおさら、間違っても王命に逆らうことはしないだろう。護衛騎士が一緒ならばなおのこと安心できる。
しかし王女殿下の反応は芳しくなかった。
「いいえ、それがまだ掴まっていないようなの。貴方何か知らない?」
「知りませんよ。しかしニーザ平原の戦いからもうずいぶん経っていますよ」
「一度アニムに戻ってきたそうなのだけれど、都市門で事情を説明したらその足でラミアンに向かったそうよ」
「でも、ラミアンには着ていない、と。道中になにかあったのでは」
「貴方もスレンの魔法を見たでしょう? 盗賊や獣、たとえ魔獣が出てもどうにかなるとは思えないわ」
だとしたら、あと考えられるのは流行病か食あたりくらい。そんな可能性さえ考慮しなければならないほど不可解な状況に、私と王女殿下はそろって首をひねるばかりだった。
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