第47話 急襲
編入試験では自分の魔力だから苦戦した。だが今回注入するのは自然界に満ちる魔力だ。扱いには慣れている。スレンはぐんぐん魔力を集め、どんどん結晶に注いでいく。結晶は順調に赤みを取り戻していく。が、
「ちょ! ちょっと、スレン! 何やってるの?!!!?」
まるで寒さに凍えるように自分の肩を抱きしめたアターシア。酷く慌てた様子の彼女に手を止めたスレンは、きょとんと首を傾げてみせた。
「なに?」
「なにって、こっちのセリフなんだけど」
「いやだから、魔力が戻れば街を捨てずにすむだろ?」
その言葉にアターシアは言葉を失ってしまう。まさか原色地を意図的に作ることができる? しかし、考えてみれば不思議なことではなかった。スレンは自然界の魔力を使うことができるのだ。集めたまま、それを魔法として消費せずに結晶化させてしまえば、それは原色地の核となり得るだろう。しかしあまりにも常識を逸脱しているために考えが及ばなかった。いったいどれほどの魔力が必要なのか、アタ―シアには見当もつかない。
そう、どれほどの魔力を必要とするのか、スレンはわかっているのだろうか。この疑問に行き着いたアターシアは、自分を褒めてやりたい気分だった。
「あんた、どれくらいまで集めたら良いのかわかってるの?」
もちろんアターシアとて、修復できるならばそれにこしたことはないと考えていた。だが、ラベンヘイズ市民が中毒を起こすほどの魔力を集めてしまっては元も子もない。その加減を、スレンはおそらくわかっていない。そしてなにより、自分たちの退避がまだすんでいないのだ!
「あ、あー……」
図星をつかれたスレンは、視線を宙に彷徨わせる。はぁと息を吐いて額に手を当てたアターシア。
「私が合図に魔法を打ち上げるから。一回目の合図で開始、二回目で終わり、だからね。よく西の空を見ておきなさい」
そう言い放ち、逃げ去るようにアターシアたちは退避していった。
アターシアはスレンの魔法に関して二つの制約をかけた。そのおかげである程度の平穏を確保することができたのは事実だ。だが、それゆえにスレンの魔法についての理解を遅らせていたのもまた事実だった。無詠唱とは詠唱を省略し、魔法の即時発動を可能とさせる技術。そして自然界の魔力を使えるということは、無尽蔵の魔力消費を可能とさせる特性だ。知識では知っていても、現実に何ができるのか、想像力が足りていないかった。研究対象という意味では期待できるが、異常性に振り回されることを思えば辟易させられる。そんな思いでアターシアは、掲げた短杖から火球を打ち出したのだった。
□
一切の前触れがないことを唐突と言うが、事はまさにそれそのものだった。原色地の修復を終えたスレンがアターシアたちと合流し、彼女の聞き取りに答えながら調査を手伝っていたときだった。
「警戒!」
突如、アキュナの怒号のような警告が飛んだ。即座に反応したのはアターシアの方だ。スレンが顔をあげる頃には、彼女はすでに立ち上がり短杖に手をのばしていた。その表情があまりにも真剣で緊迫していたものだから、スレンも困惑しつつアターシアの視線の先を追った。
「西方の丘の上! 騎馬十! 弓兵多数!」
なだらかな坂の上に見えるのは黒い馬に跨がりサーコートを纏った騎士たち。そしてその足元には数十名の弓兵が戦列を組んでいた。騎士が羽織るサーコートは、その意匠で所属する都市、または騎士団を識別することができる。だがアキュナの記憶する限り、彼らのサーコートの色はどこの都市のものでもなかった。少なくとも付近の都市、アニムやラベンヘイズのものではない。ただひとつわかることは、彼らが敵だとうことだ。なぜなら、アキュナの報告と同時に、一切の警告なく、容赦なく、一斉に矢が撃ち放たれたからだ。アターシアは短杖を構えるが、呪文を唱えていてはとても間に合わない。
「スレン!」
危機的状況であることは瞬時に理解できた。だからアターシアに名前を呼ばれると同時に、スレンは風の防壁を展開した。乗ってきた馬も覆えたのは、戦いに慣れていないスレンのとっさの行動にしては上出来だろう。
「逃げるわよ!」
そう叫ぶアターシアに続く形で彼女の後ろにスレンは跨る。
「ラベンヘイズへ!」
「は?! 丘の向こうだよ??!」
ラベンヘイズは敵が背にしている。つまりアターシアの指示は敵に突っ込めというものだった。当然スレンは信じられないと声を上げるが、しかし背後は原色地、スレン以外にとっては濃密な魔力によって侵入することができない壁と化している。さらに左右は何もない草原。相手が何者かわからないが、騎兵がいる以上逃げ切れる可能性は低い。どこか森を見つけて潜むにしても馬を捨てなければならない。そんな状況で歩兵による森狩りをされれば――。
「どのみち騎馬は倒さなければ逃げ切れない。だったらあんたを主力に押し立てて突破するしかない! 大丈夫。街まで行けば追ってはこれないし、ラベンヘイズには騎士団や兵士だっている」
高らかに声をあげて馬の腹を蹴るアキュナ。それに続けてアターシアも駆け出した。
「スレン! 防壁は私がやるから、あんたは突破口を!」
「わかった!」
移動中、前方に防壁を展開し続けるというのはかなりの高等テクニックだ。技術面での実力が不明なスレンに、抜き打ちで任せるわけにはいかない。だが逆に、敵陣形に風穴をあけることであれば、スレンの実力は十二分以上に信頼できた。そしてアターシアの期待どおり、スレンは丘上に陣取る弓兵の隊列に、亀裂を入れることに成功する。三人はその亀裂を突破。弓兵からの再三の追撃を躱し、ラベンヘイズへ急行する。だがそれで終わりではない。むしろこれからである。
「来てる! アキュナ!」
弓兵を突破して前後を交代した二騎。先導するアキュアにアターシアが後方の状況を叫んだ。
「前からも!」
この状況を読んでいたのか、あるいは単なる増援か。丘上で姿を見せた十騎は片割れでしかなかったようだ。前方にはさらに十騎の騎士が抜き身の剣を掲げていた。
アターシアとアキュナは二つのことに驚愕する。ひとつは、前方の九騎が剣を炎が如く紅に染め上げたことだ。
「魔道騎士?!」
魔道騎士といえば騎士の中でもエリートだ。魔法の破壊力と騎馬の機動力を兼ね備えた存在。通常、魔道師は弓兵に弱く、弓兵は騎士に弱く、騎士は魔道師に弱いという三竦みが成立する。だが、魔道師でもあり騎士でもある魔道騎士はそれには含まれない。天敵のいない彼らは言うなれば戦場の覇者だ。だがそこへ至るには、剣の極地へと至る道を諦めなければならない。かといって魔道を極められるわけでもない。どっちつかずだが、そのどちらよりも苦しい鍛錬と研鑽を必要とする茨の道の先にある職だ。
「そんなのに追われなきゃならない謂われなんてないんだけど!」
ふたりが驚愕したもうひとつの理由は、先頭を行く騎士のサーコートが緋色だったことだ。あの色は確か……。騎士のアキュナには思い当たる節があった。だが、にわかに信じられない。信じたくなかった。それでも剣の柄に凝らされた片翼の獅子の意匠によって、胸騒ぎは確信に変わる。
「エルベストルの赤獅子……まさかジフ・ベルディアージ?」
直後、緋色の騎士の鋭い剣閃が、すれ違いざまにアキュナを横薙ぎに捉えた。
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