春のお風

きし あきら

春のお風(一)

 みなさんごぞんじのように、春がすぐそこという季節には、風はいちばん活発かっぱつなのです。

 村のこどもたちの笑いごえにも押されぬにぎやかさで、そっちこっちを吹いてまわります。

 そして、この村の風は昔から大変ないたずら好きなのでした。みんな自分がとくべつ利口で力もちだと思っていて、悪さをしてはきそいあっていたのです。


 とくにこの冬、村人たちが風吹きの悪さに困らない日はありませんでした。風はいつでも集まって、自慢じまんばなしをしています。

 「ここの家の戸は、たいがいまりがあまいんだ。おれがひとつ吹けば、いきおい蝶番ちょうつがいまでねじ切れるさ」

 「おれなんて、むこうの庭のはちうえをはしから落としてやった。かねを打つようで愉快ゆかいなもんだ」

 「なになに、おれは、あそこの犬のしりを、うしろからはたき回して逃がしてやったぞ」

 「はっはっはあっ。いい気分だ。いつまでもこの寒さならいいのになあ」

 それを聞いて風どうしは、ひいひい笑いました。

 「そうだ。いつまでも寒かったらいい。おれたちは夜に集まって、めいっぱいの暗いいきで、吹いてまわるとしよう」

 「そうしよう。みんな戸をこわしたり、鉢をったりはするが、ここ一面を冬のままにしておこうなんて考えるものはいないぞ。おれたちはなんて利口なんだ」


 その日から、夜ごとの風どもが、うんと冷たく村じゅうを吹きまわったので、朝になってもお日さまの光は遠いまま、せっかくほころびかけていた梅もこごえてしまいました。

 空も村も、けない灰いろに閉じこめられて、風の音だけがドウドウふるえて聞こえています。


 こんなことが、いく日も続いたある日。

 とうとう、村人から「おやまさま」にうったえがあがりました。おやまさまとは、村のすぐ西にある、低くてひろい山の神のことです。

 「わたしら、ただ風が強いんじゃあ知恵ちえを出してなんとかしますが、お日さまがあんなに遠くなり、春がこないのではこまります」

 村人たちは、山の入口にあるの前にすわって、一心いっしんおがみました。

 「お願いです、おやまさま。お力をおしください」

 すると山のどこからか、とうとい鳴りもののような声が、かけおりてくるではありませんか。

 その声は言いました。

 「よく参った。よく参った。わたしも、このごろの風の悪さにはうんざりしていたところだ。ひとつ力を貸そうではないか」

 それから、こうもげました。

 まず、日のあるうちに、大切なものを家屋うちへとしまっておくこと。牛や馬や、犬や猫は、飛ばされてしまわないようにしておくこと。

 それから、ほこらに張ったしめなわを、村へと持ち帰ること。

 「そこからわらを引きだしてりあわせ、全部を一本のひもにしたならば、またこのほこらにおさめておきなさい。その藁は長くておどろくかもしれないが、村を一周するくらいで必ずりおわる。しんぼうしてこしらえてくれ」

 村人たちは地面に頭をつけてお礼を言うと、すぐにしめ縄を持ち帰りました。


 昼の村は、鉢や牛馬やを片づけるものと、藁紐わらひもるものとで、おおわらわになりました。

 なかには、にぎり飯や、汁ものの炊きだしまではじめるものがいて、冬に打ちひしがれていた村じゅうが、すっかりお祭りさわぎです。

 おやまさまの言った通り、短いしめ縄から引きだす藁はいつまでも途切とぎれることがなく、長いながい紐になっていきました。それでも村人たちは代わるがわる、景気よく仕事をつづけました。

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