「墓場まで持っていこうと思ってた秘密ですか」
「好きになっちゃったのよ。川島くんのこと」
「ええっ?」
「親友の彼氏に横恋慕して、そのせいで、さつきは川島くんと別れちゃって。あたし、さつきから絶交されちゃった」
「横恋慕、、、」
「ちゃんと隠してたわよ、あたしの気持ちは。だけど、禁断の恋ってのは、隠せば隠すほど重く苦しくなるものなの。
その重さに、あたしはどんどん耐えられなくなっていって。文化祭の夜のある事件をきっかけに、全部ふたりにバレちゃったの」
「事件って?」
「…ほんとはそれ、墓場まで持っていこうと思ってた秘密なんだけど…」
「そ、そうなんですか? じゃあ…」
「いいわよ。話しても。
ううん。聞いてちょうだい。
あたし、学校のなかでレイプされちゃったのよ」
「レイプ?!」
「正確には未遂に終わったんだけどね。川島君が助けに来てくれたから」
「そうなんですか。よかった」
「でも、そこであたしは思わず川島君にしがみついて、キスしちゃったの。その現場をさつきに見られて…
あとは、修羅場へ真っ逆さまよ」
「すっ、すみません。変なこと訊いて」
「いいのよ。あたしが好きで話したんだから」
「…」
「不倫とか浮気とか、人の感情は理性じゃ止められないものがあるのは、しかたない。
でも、ほんとに相手が大事なら、絶対その気持ちを悟られちゃいけない。死ぬまで秘密にしておかなくちゃいけない。それだけのものをひとりで
気づいた時にはもう、なにもかもぶち壊したあとだった」
「…」
「最低の女でしょ。あたしって。さつきにも言われたのよ。
『今までみっこに友だちができなかった理由が、よくわかった。
みっこみたいにワガママで嘘つきで、親友の彼氏でも狙うような女。友だちなんかできないわよ!』
ってね。もう、図星すぎて…」
そう言うとみっこさんは、瞳を閉じてうつむいた。
膝に置かれた空のティーカップに、水滴がひとつ、ほとばしる。
え?
みっこさん、泣いてるの?
いつもは凛として気丈なみっこさんに、こんな脆い面があるなんて。
「す、すみません。わたし、デリカシーなくって」
「…もう、20年以上も経つってのに。ダメね、あたし」
潤んだ目元を指で拭い、彼女はわたしに微笑んだ。
「生きてるといろんなことがあって、泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだり。
いろんな感情が心の中を通り過ぎるけど、一番哀しいのは、忘れることね」
「忘れること、、、」
「あたしはさつきにひどいことしちゃって、血みどろに傷ついちゃったけど、だからその痛みを忘れないで、生きていきたいの。
それが彼女に対する償いだと思うし、自分への罰なのよ」
そう言って、彼女はうなだれた。
いつも、自信たっぷりでわたしを指導してくれるそのカッコいい姿とは、まるで違う弱々しい彼女。
なんか…
守ってやりたい!
「え? ちょ… 凛子、ちゃん?」
みっこさんをぐいと引き寄せ、わたしは彼女を抱きしめる。
今にも折れそうで、華奢なみっこさん。
すべてが愛おしい、
びっくりしたみっこさんだったが、わたしのするがままになっていた。
抱きしめたまま、わたしは言った。
「、、、もう、時効じゃないですか?
20年以上も前の出来事を責めることなんか、ないと思います」
「凛子ちゃん…」
「そんな純真で、心の痛みをいつまでも忘れないでいるみっこさんが、わたしは好きです」
「あ、ありがとう」
「もう、軽くなって下さい。みっこさんはなにも壊してないと思います。
だって今は、川島さんとあんなに仲いいし。
そういう事件があったからこそ、今の素敵なみっこさんがあるんだと思います」
「そう… そうよね。さつきも今は二児の母で、幸せになってることだし」
安心した彼女を見て、わたしは腕の力を緩めた。
今さらながら、頬が赤くなってくる。
な、なんてことしちゃったんだろ。
ふた周りも年上の女の人を、『可愛い』とか思うなんて、、、
「そっ、それでみっこさんは、川島さんとは結局…」
取り繕う様に、わたしは彼女に訊いた。
抱きしめられたことなんかさらっと忘れたように、みっこさんは冷めた口調で答える。
「つきあってないわよ。ただのいいお友達」
「そうですか。なんか、意外です」
「全然意外じゃないわ。あたしの美意識に反するし、道義的にもできないわよ。これで川島くんとつきあってたりしたら、それこそ三流ドラマの略奪愛みたいじゃない。そんなの、プライドが許さないわ」
「なんか、、、尊敬します」
「尊敬?」
「だって、そうやってドロドロとした三角関係を乗り越えて、20年も友達でいるなんて。しかも男女の友情なんて。
みっこさんと川島さんの関係って、なんだか素敵です」
「素敵か。ありがと」
「いえ、、、」
「だからね。あたしもよくわかるのよ。その、桃李さんって子の苦しみが」
「え?」
「いい子なのね。その子」
「…ええ」
桃李さんの笑顔が、わたしの脳裏をよぎる。
いつだってテンション高めで、アニメっぽいオーバーな仕草だけど、なんだか癒される微笑み。
「彼女といるといつも癒されました。わたしには、、、 真似できないです」
そう応えて、わたしはみっこさんの顔を見た。
彼女はわたしをじっと見つめ、暖炉の炎のような、あったかな微笑みを浮かべる。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます