「思いっきり顔にぶちまけてしまいました」

「ばかにしないで!」


手にしていた紙コップのコーヒーを、思いっきりヨシキさんの顔にぶちまけて、わたしは怒鳴った。

クルマのシートやダッシュボードに、コーヒーのしずくがほとばしる。

反射的に顔を覆ったヨシキさんは、大声をあげた。


「あちちちち! なにするんだよ!!」

「このくらいで済んでよかったと思って下さい。

最悪!

ヨシキさんなんか、、、死ねばいい!」


狼狽うろたえながら、ハンカチで顔や頭を拭いてるヨシキさんを尻目に叫んだわたしは、クルマを飛び出すと、荒々しくドアを閉めて歩きはじめた。


『死ねばいい!』


こんな汚い言葉を吐いて、、、

自己嫌悪。

口のなかがジャリジャリする。


「凛子ちゃん?! 待ちなよ!」


クルマを降りたヨシキさんは、『TOYOTAbB』のボンネット越しに、わたしを呼び止める。

それを無視して、わたしは歩を速めた。


「帰ります! さよならっ」

「帰るって、ここからどうやって…」

「歩いて!」

「歩いてって?! 家までかなりあるぞ」

「そんなの、ヨシキさんに関係ないです」

「送ってくよ」

「結構です!」

「結構じゃないだろ。そんな格好で、風邪引くぞ!」

「放っといて下さい!」


ヨシキさんのことは、今でも愛してる。

ほんとはケンカなんかせずに楽しく過ごしたいんだけど、暴走する自分を止められない。

ヨシキさんの方を振り向いて立ち止まると、わたしは大声で言い放った。


「もう別れましょっ! ヨシキさんなんか、受験の邪魔です!!」


そう言うとわたしはきびすを返し、早足で歩きはじめた。

背後で、走り寄ってくる靴音がする。

振り返りもせず、わたしも走り出す。

草むらを走り抜けて、河原の土手を駆け上がる。

背中からは、追いかけてくるヨシキさんの足音が迫ってくる。

なりふりかまわず、わたしも全力で駆け出した。

クルマの通れないような狭い横丁へ入り込み、迷路のような裏路地を、右へ左へと走り抜けていく。

ヨシキさんも必死でわたしの姿を探してるらしく、カツカツとせわしない靴音がしばらくは追いかけてきたが、それも次第に遠ざかっていった。


しばらく走って、ヨシキさんを巻いたと確信したわたしは、元の河原沿いの道に戻り、物陰から河川敷の方を見てみた。

トボトボと肩を落とし、広い原っぱの隅に止めた『TOYOTAbB』に引き上げていくヨシキさんの背中が、小さく見えた。


もう、終わりにしよう。

ヨシキさんとは、なにもかも。

今度こそ、さよならだ。

あんなやつ。

桃李さんに、くれてやる!


そしてわたしは、受験に専念する。

絶対、志望校に受かってみせる!

そして絶対、モデルになる!

こんなことで受験を諦めたり、失敗したりして、モデルへの道が閉ざされれば、それこそ負け犬だ。

ヨシキさんにも桃李さんにもバカにされ、笑われる。

わたしは絶対、だれにも負けたくない!!


つづく

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