「こんな形で過去を知りたくなんかなかったです」
途中でコンビニに寄って、ふたり分の挽きたてホットコーヒーを買ったヨシキさんは、陽の沈んだ河川敷の端にクルマを止めた。
サイドブレーキを引いて、ぬるくなってきたコーヒーの入った紙コップにひとくち口をつけ、ヨシキさんはいきなり本題を口にした。
「桃李ちゃんと会ったんだろ?」
「もう知ってるんですか?」
「まあね」
「なんでも話すんですね、桃李さんとは」
コーヒーの入った紙コップを両手で握りしめたまま、皮肉を込て返す。
「長文メールもらったんだ。オレも凛子ちゃんに謝っといてくれってさ」
「どうしてヨシキさんが謝らなきゃいけないんです?」
「まあ、、、いろいろあったからね」
「いろいろ… そのいろいろを、わたしにも話して下さい」
「え?」
「ヨシキさんの過去のこととか、ご両親のこととか、どうして一人暮らししてるかとか。どうして、愛が信じられないか、とか」
「…」
「話せませんか? わたしには」
「そんなことはないけど…」
「じゃあ、話して下さい。今すぐ。桃李さん
「、、無理だよ」
「どうしてですか?」
「『オレのこと知れば知るほど、凛子ちゃんはオレを嫌いになる』って、以前言っただろ」
「それでもわたしは、話してほしいです」
「オレは凛子ちゃんに嫌われたくないし。凛子ちゃんの前では、いつだってカッコいい男でいたいんだ」
「つまんない見栄、張らなくていいんですよ」
「見栄とかじゃなく。オレはだれにも弱みを見せたくないんだ、特に凛子ちゃんには」
「…桃李さんになら。見せられるんですね。弱み」
「…」
「桃李さんが喋ってくれたヨシキさんの過去って、本当のことなんですか?」
「…」
口にした瞬間、後悔した。
『嘘だ』と答えられれば、そんな作り話をしてまで、桃李さんの同情を引こうとするヨシキさんのクズさ加減に、わたしは失望するだろう。
『本当だ』と答えられれば、完全にわたしの負けが決定。
どっちにしても、わたしとヨシキさんとの終わりのはじまり。
それを、ヨシキさんもわかっているのか、言葉を探しているようで、たっぷり1分間は返事をしなかった。
「桃李ちゃんって、、、」
気が進まなそうに、ヨシキさんは切り出した。
「彼女は情に脆いだろ。すぐに同情してくれるし、頼られたら自分を投げ出してでも、相手に尽くすタイプだし。
そういう相手を落とすには、自分の不幸話をするのが一番効果的なんだよ」
「そんなくだらないナンパテクニックを訊いてるんじゃありません。
ヨシキさんが桃李さんに話したこと。
ずっと家庭不和で、お父さまの不倫が元でご両親が離婚したってことや、お父さまからネグレクト受けて、家から逃げ出したこと。お母さまもすぐに愛人を作って、家にいられなくなって一人暮らしをはじめたってことが、ほんとの話なのかを訊いてるんです!」
「おしゃべりだな。桃李ちゃんも…」
「それで。本当はどうなんですか?」
「ん~、、、」
「ちゃんと言って下さい!」
「そんなこと、白黒つけて、どうなるんだ?」
「わたしが納得できないんです」
「…」
しばらく考え込んでいたヨシキさんは、ようやく重い口を開いた。
「、、、本当のことだよ。全部」
「…」
一瞬、めまいがしそうになった。
頭が真っ白になり、なにも考えられない。
ヨシキさんは続けた。
「凛子ちゃんにだけは知られたくなかった。いや。だれにも言いたくなかった。
他人の不幸なんて蜜の味じゃん。そんな
「わたしって、、、 『他人』なんですか? ヨシキさんにとって」
「違う! 凛子ちゃんは、オレの最高の恋人だよ!!」
「じゃあどうして。どうして打ち明けてくれなかったんですか?!」
「…怖かったんだよ」
「怖い?」
「オレは凛子ちゃんには、全然似合ってないから」
「え?」
「生まれも育ちも、オレは凛子ちゃんの足元にも及ばない。
凛子ちゃんは超絶美少女で才色兼備で文武両道。由緒正しい島津のお姫様で、しっかりと教育してくださる立派なご両親が揃っている。
例のお仕置きのとき、オレにもお母さんから電話がかかってきただろ。
『娘を傷物にして!』とか、めっちゃ怒られるかと思ったけど、すごく理性的な口調で、理路整然と話してて、なのに威圧感があって、立派なお母さんだって感心したよ。
凛子ちゃんの家庭がすごくしっかりしてるってのを、肌で感じた。
それにひきかえこのオレは、愛欲まみれのグダグダな家庭に育って、卑しくて醜いバカ親の血が流れてる。そう考えると、どうしても言えなかった」
「、、、がっかりです」
「がっかり、か」
「ちゃんと話してほしかったです。
なのに、生まれとか、育ちとか、、、
わたしってヨシキさんにとって、その程度の存在だったんですか?
わたし、こんな形で、ヨシキさんの過去を知りたくなんか、なかったです」
「はは、、、」
自嘲気味にヨシキさんは笑う。
が、そのあとにはまた、静寂が訪れた。
つづく
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