「理性の鍵がひとつずつはずされていく様です」

 ベッドに横たえられたわたしは、瞳を閉じて、ヨシキさんにすべてを委ねることにした。

こうして目を瞑ってしまうと、開けているとき以上に、周りの気配を敏感に感じることができる。

ベッドのスプリングが軋んで、深く沈み込む。

ヨシキさんはベッドのへりに膝をつき、わたしのことを真上から見下ろしている様だ。

微かに伝わってくる息遣い。

目を開けてヨシキさんの姿を見てみたいけれど、なんだか怖くてできない。


「怖い?」


その問いに、わたしはかぶりを振った。

思わず、からだに力が入る。


「大丈夫だよ。オレも緊張してるから」


そう言って、ヨシキさんはわたしの頬をすっと撫でた。

ピクンと、からだが震える。


「凛子ちゃんのなにもかもが、綺麗だよ。すべすべした頬も、つややかな唇も。こうして触れるのさえ、もったいないくらいだ」


頬を包んでいたヨシキさんの指先が、固く結ばれていた唇をめくる。

好きな人から顔を触られるのって、すごく癒される。

まるで猫でも扱うかのように、ヨシキさんはわたしの首筋やうなじを撫で、そのおかげでわたしの緊張は少しずつやわらいでいった。


「愛しているよ。凛子ちゃん」


そう言いながら、ヨシキさんはわたしのからだに覆い被さり、頭を抱えるようにしながら唇を重ねた。

濃厚なキス。

唇を噛み、舌を絡めて、ふたりの唾液が混ざりあう。

こんなこと、以前のわたしなら『汚らわしい』と思っただろう。

だけど今は、ヨシキさんのすべてを受け入れたい。


キスをしながら、ヨシキさんは指先をわたしのからだに這わせていく。

肩から脇、そして胸へと、ヨシキさんの指が触れるたびに、快感のパルスが脈打ち、からだがピクピクと反応する。


「凛子ちゃんって、すごく敏感だね」

「いや。そんなこと、言わないで下さい」

「確かに、凛子ちゃんは清らかなお姫様なんかじゃないな」


そう言って、ヨシキさんはわたしの乳首をクイッと押し込んだ。

甘い神経のスイッチが入ったみたいで、思わず声が漏れてしまう。


「はんっ」

「ふふ。これくらいで気持ちよさそうに反応してしまうくらい、凛子ちゃんはいやらしい女だったんだ」

「ヨ、ヨシキさん…」

「感激だよ。こんな淫らで美しい凛子ちゃんを見れて」

「恥ずかしい」

「その声も、すごく可愛いよ」

「…ぃや」


やさしくなぶるその言葉は、わたしの羞恥心を煽るのとはうらはらに、快感にも火をつける。

背中に腕を回し、ブラのホックを慣れた手つきではずしたヨシキさんは、あらわになった胸のふくらみをやさしく揉みしだいていく。ため息が出そうなくらい、うっとりとした気分。

そうしながら、ときおり、胸の先をキュッとつまんだり、指で弾いたりと、まるで、熟練のミュージシャンが楽器を操るように、わたしのからだから快感の音色を奏でてくれるのが、あまりにも心地よかった。


心のどこかにかかっていた理性の鍵が、ひとつずつはずされていく。

指先がおへそを撫でて少しずつ下がっていき、ショーツの上から秘めた部分をなぞる。


「脚の力、抜いてごらん」


そう言いながら、ヨシキさんはわたしの脚を開いた。

太ももの内側から這い上がってきた指は、そのままショーツのなかへと忍び込んでいき、固く閉じられた蕾を、やさしく開いていく。

あたたかな泉が、あふれてくる。

もうこのあたりから、『どうにでもなれ』と、開き直っていた。


“カチャカチャ”と、ベルトを緩める音がして、ヨシキさんがわたしの脚を割って、その間にからだを入れてきた。

腰をわたしの下半身に当てると、ゆっくりと、からだを沈めていく。

わたしのなかへ、ヨシキさんのものが進んでくるのがわかる。

ほんの少しずつ、でも無理矢理押し広げられ、自分じゃない別のものが、からだのいちばん深いところまで、めりこんでくる感覚。

怖いけど、もう戻れない。

歯を食いしばって、わたしはヨシキさんのなすがままにしていた。


「つっ!」


そのとき、焼き火箸みたいに熱いものが、おなかの下で膨れ上がった。

今までとは較べものにならないくらい強烈で、からだが引き裂かれるほどの痛み。

わたしは思わず呻き声を上げた。


「いっ、痛いっ。ヨシキさんっ!?」

「凛子ちゃん… やっぱり、はじめて?」

「う、うう…」


言葉にならない唸り声を発しながら、わたしはきつく眉をしかめて、ヨシキさんの背中にしがみついた。


「感激だよ、凛子ちゃん。すごく可愛いよ」

「ううっ… ヨ、シキさん」

「もっと力抜いて」

「そん… 無理」


押し寄せる痛みの波と、そのなかでときおり、チカチカときらめく光。

なに?

なんなの? この感覚。

言葉なんかで表現できない。

異次元へトリップするみたい。


混沌とした意識のなかで、わたしは薄目を開けて、からだの上にのしかかり、薄明かりのなかでうごめいているヨシキさんを見た。

これまで見せたことのなかった、切なそうな表情。

額には、うっすらと汗が滲んでいる。

一瞬も逸らすことなく、ヨシキさんはわたしを悩ましげに見つめている。

この瞬間の、わたしのすべてを記憶にとどめておこうとするかのように。


「オレ、最高に幸せだよ。凛子ちゃんとこうして、ひとつになれて」


これまで見せたことのなかったやさしい微笑みを浮かべ、ヨシキさんはささやく。

なんだか、余計に愛おしさが募ってくる。

好きだという気持ちが溢れ出て、止まらない。

涙が出そう。

彼の首に腕を回し、わたしは思いっきり抱きしめた。

どんなにきつく力を込めても、足りない。

もっと彼のこと、包み込みたい。

からだのすべてで、受け入れていたい。

ヨシキさんのすべてがほしい。

ひとつになりたい。


この世に生を受けて17年と9ヶ月あまり。

それは、はじめて芽生えた感情だった。


つづく

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