「もののけに取り憑かれてしまったようです」

「美月ちゃんにも、魔法をかけられたかな」

「え?」

とりこにされちまったよ」

「なににですか?」

「昼間に見ていた美月ちゃんとは、まったく違う魅力に惹き込まれて、ファインダーから目が離せなかった」

「え?」

「美月ちゃんって、爽やかで清楚なだけじゃなく、こんな妖しくて艶っぽい魅力もあるんだな」

「あ、ありがとうございます」

「今日は撮れてよかった」

「…わたしも、です」

「最高に幸せだった」

「幸せ… って」

「美月ちゃん」

「はい…」

「…」

「…」


わたしの瞳の奥をじっと、ヨシキさんは探るように見つめている。

その視線から目が離せない。

都会の夜が、ヨシキさんの瞳のなかに写っている。

キラキラと光がまたたいていて、吸い込まれてしまいそう。

そんな夜景を映した瞳が、ゆっくりと少しずつ近づいてきて、ヨシキさんの長い睫毛が、緞帳どんちょうが降りるように、閉ざされていくのが見えた。


『キス… される?!』


本能的にそう感じたが、金縛りにあったように、わたしは固まって動けなかった。

甘い雰囲気に、呑みこまれていく。

瞳を閉じるだけで精いっぱい。

ヨシキさんは、そのままわたしの唇に、そっと自分の唇を重ねた。


あたたかくて、やわらかな感触。

しびれるように甘く、頭がぼうっとなってくる。


それはほんの一瞬だったけど、永遠にわたしに刻みこまれた感覚だった。


「ごめん。可愛いすぎて…」


唇が離れたあとも、頬と頬が触れあうほど顔を近づけたまま、ヨシキさんは耳元でささやいた。

甘い吐息が耳を撫で、立っていられるのもやっとなくらい、からだの力が抜けていく。


「いえ…」


辛うじてそう答えたわたしは、からだを支えるように、ヨシキさんの胸元に軽く手を添えて、うつむいた。

そんなわたしの背中に、ヨシキさんは両手を回し、軽くポンと押す。

崩れるようにわたしは、ヨシキさんの胸のなかになだれていった。

ヨシキさんは両腕でやさしく、わたしを包み込んでくれる。

広くて頼りがいのある胸と、太い二の腕。

ヨシキさんに… 男の人に抱きしめられる感覚ははじめて。

緊張のあまり、わたしの心臓は思いっきり鼓動を速め、熱い固まりが喉の奥から込み上げてくる。

目をふせていても、ヨシキさんの熱い視線を感じる。

そんな彼と目を合わせるのはなんだか怖かったけど、わたしは思い切って顔を上げ、その瞳を見つめ返した。


やはり、ヨシキさんはじっと、わたしを見つめていた。

せつないくらいに、憂いがあって、心が高鳴る表情。

なんて魅力的で、素敵な人なんだろう。

もっともっと、この人を感じていたい。

羽が触れるようなキスだけじゃ…

こんなゆるい抱擁だけじゃ、もの足りない!


反射的に、わたしはヨシキさんの首に両腕をまわし、グイッと力を込めて引き寄せた。

ヨシキさんは一瞬、驚くように目を見開く。

わたしは自分からヨシキさんの唇に、きつく唇を重ねた


長いキス。

ずっとこうしていたい。

からだ全体で、この人を感じていたい。

そんな想いとはうらはらに、からだが麻痺するようにガクガクと震えて、膝に力が入らなくなってきて、わたしはヨシキさんの首にしがみついた。

そんなわたしを、彼は今度はしっかりと抱きしめてくれる。

汗と体臭の混じったヨシキさんの匂いが、鼻腔をくすぐる。


この人の匂い、本能的に、好き。

もう、どうなってもいい。


逢魔が刻にわたしが出会ってしまったものは、ヨシキさんだったのかもしれない。

一瞬でわたしのからだは、この物の怪に取り憑かれてしまったのだ。


つづく

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