「女の戦いなんかに巻き込まないでください」

「そうなんですか」


桃李さんの言葉に納得しながら、わたしはヨシキさんの様子をうかがった。

これだけ綺麗な女の人に囲まれているのに、そんなことはまったく意識していないかのように、ヨシキさんは自然な態度でみんなと平等に会話していて、それが全然違和感がない。

美女からどんなに褒めたたえられても、あたりまえのように受け流している。

なんて余裕。

カメラマンのバイトをしていて、いつも綺麗なモデルさんや女優さんと接しているみたいだし、きっとこうやって、美女に囲まれることにも、ヨイショされることにも慣れているのだろう。


『は〜ぁ…』


桃李さんではないけれど、わたしも心の中で、思いっきり大きなため息をついた。

どうしてわたしは、こんな場所にいるのだろう。

なんだか、馬鹿みたい。

アフターになんて、ついて来るんじゃなかった。

こんな人、好きになるんじゃなかった。


たった3つしか席が離れていないのに、ヨシキさんが遥か遠くに感じる。

コスプレ初心者で、有名モデルさんや女優さん相手どころか、ここにいるコスプレイヤーさんたちと較べても、メイクも下手でファッションもダサいわたしなんか、ヨシキさんから相手にもされないだろう。

なんだか、よくあるパターンの少女マンガみたい。


学園一のモテ男君に恋する、冴えない主人公。

地味で目立たない存在で、なんの取り柄もなく、ただ、モテ男を遠くから見ているだけ。

なのに、モテ男は他の美女には目もくれず、さえない主人公を好きになる。

そんな乙女妄想… 現実にはあるわけがない。


『なに弱気になっているの凛子! あんたは取り柄のないダサ女なんかじゃないわ!』


心の中でそう叫び、わたしは自分を鼓舞した。

わたしは地味でも冴えない女でもないはずだし、人から認められる美貌を持っていると、ひそかに自負もしている。

意志が強そうで凛々しい顔立ちは、『怖い』と言われることもあるけど、なぎなた部の後輩の女子からは憧れの目で見られ、ファンレターをもらったこともあるし、他の学校にもファンがたくさんいると、聞いたことだってある。

ファッションセンスやメイクだって、これから頑張ればきっと上達するはず。


わたしはだれにも負けたくない!


と言っても、ここにいる人たちを押しのけて、自分がヨシキさんの隣に座ろうなんて、思ってもいないけど。


…本当に、思ってもいないのだろうか?

わたしはヨシキさんを、ただ遠くから眺めているだけで、満足なのだろうか?


「ヨシキさん、今度、海撮うみさつしてよ! わたしもうすぐ二十歳はたちだし、10代のうちに綺麗な海で、ビキニでエロっぽく撮ってほしい!」


そのとき、わたしの思いを吹き飛ばすように、強烈なアピールが耳に飛び込んできた。

発言者は、わたしの向かいの席に座っていた、『ナンバー8』の女の子だ。

『10代』という彼女の言葉に、魔夢さんや百合花さんが、一瞬ピリリと反応したのがわかる。


「お~、ビキニいいね! 恋子ちゃんは相変わらずアピってくるな~」

「そりゃぁね。自分からお願いしないと、いつまでたっても撮ってもらえないじゃん」

「そんなことないよ」

「じゃあ夏休みの間に、どっかの綺麗な海に連れてってよ!」

「こんな真夏に海撮とかしたら、一発で日焼けするよ。夏はあまり野外で撮影しない方がいいな」

「大丈夫。あたしまだ10代だから、お肌の回復も早いし。日焼けしてもシミとかならないし。やっぱりギャラリーに水着フォトアップするなら、ピッチピチの若いっしょ!」


こっ、この人、喧嘩を売っているの?

百合花さんが呆れた顔をし、魔夢さんが怖い目で彼女を睨んでいる。

だけど、『恋子』と呼ばれた眉の太い猫顔の勝ち気そうな女の子は、お姉様方の威圧などお構いなしに、ストレートに自分をアピールしていて、見ているこちらの方がヒヤヒヤしてくる。


「そう言えば、美月さんは高校生だっけ?」


魔夢さんがなぜか、矛先をわたしに向けてきた。


「え? はい、そうですけど」

「何年生?」

「高3です」

「え~、じゃあ17か18?」

「17歳です」

「若いわね~。羨ましぃ~! やっぱり高校生っていいよね~」

「はあ…」

「身長も高いわね。いくつ?」

「167cmですけど」

「やっぱりカッコいいコスするんだったら、そのくらいタッパがないとね~。恋子さんももう少し背があればよかったのに」

「…」


なに?

恋子さんより若いわたしをダシにして、彼女を貶めようとしているわけ?

しかも、努力じゃどうにもならない様な、身体的指摘をするなんて。

わたしをそんな、くだらない女の戦いに巻き込まないでよ!


「ヨシキさんダメだからね。高校生に手ぇ出しちゃ。未成年なんだから」

「え? なんでそこでオレが出てくるわけ?」


横から口をはさんだ百合花さんが、突然、話の方向を変えた。

ヨシキさんも意表を突かれた感じで、目を丸くしている。

百合花さんは追い打ちをかけるように続けた。


「だってヨシキさんって女好きだし、チャラいから。美月さんみたいなスレンダーな子は、ドストライクでしょ」

「でも美月さんってお嬢様でマジメそうだから、泣かせるようなことしてほしくないし。

美月さんの『江之宮憐花』って凛々しくて素敵で、わたし、ファンになっちゃったんだから」

「そうね。美月さんってすっごい美人だから、もう恋人とかいるわよね。残念だったわね、ヨシキさん」

「は、はは…」「ははは…」


魔夢さんと百合花さんの連携プレイに、わたしとヨシキさんの乾いた笑いがハモった。

女ってどうしてこう、陰湿なんだろう?

明るく冗談めかしているものの、ふたりとも、わたしや恋子さんに対する牽制がありあり。

『ファン』だなんて、適当なこと言わないでよ。

勝手に『恋人がいる設定』にするのも、やめてほしいんだけど。


つづく

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