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「エイプリルフールって嘘を吐いていいのは午前中までって言うやない?」
「そうらしいですね。子供のころは知らずに一日中嘘を吐いていましたけど」
ただただ嘘を吐いても許してもらえる日だとばかり思っていたから。それを知ったのはこの世界に入ってからだ。
「ふふ、私もそうよ。周りに知っている人がいなかったんやね。若い頃は午前中にしか嘘を吐いたらあかん事と、その日についた嘘は叶わへんって事は全然知らんかったから」
「エイプリルフールに吐いた嘘は叶わないって言いますもんね。だから敢えて叶えたくない事を口にしたりして」
その話が広まってから『実は俺、彼女が出来たんだよね』って嘘はあまり聞かなくなった気がする。もちろん、俺もその一人だったりするわけだけど。
「まぁそれも悪い嘘を吐かないためのものでしょうしね」
「うん、きっとそうやね」
それから、ふ、と小さく笑って、紫織さんは視線を外した。
「だから私はこの日があまり好きやないの」
「どうしてですか?」
「嘘か本当か分からなくなるから」
丁度曲と曲の間だったからか、紫織さんの言葉の後はシンッと沈黙が落ちた。それに気づいたのか、彼女はパッと顔を上げてニッと笑って見せて言った。
「明日のレッスンはいつもより早い時間なんよ。今日はこれでごちそう様にするわ」
いつも通りスマートの会計をして紫織さんは店を出て行った。
紫織さんは今でも独身だ。あんなに綺麗な人なのに、どうして結婚しなかったのか。きっと引く手は数多だったろうに。
そんな紫織さんは以前、自分は人生を謳歌していると言っていたことがある。自分の人生を全うして生きているからか、したいことをして生きているからか。その道にただ結婚という行動が無かっただけなのか。俺には分からないけれど、四月一日が嫌いな理由にもなにか関係があるのかも、なんて。野暮に考えてしまうわけで。
でも、今の詩織さんが存在しているのは、間違いなく今の道を歩いてきたからであって。それが無かったらきっと今夜は詩織さんの顔を見られなかったはずだから。
俺だけでも、今夜はご一緒出来て良かったと言わせて欲しい。なんてね。
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