優しすぎる嘘

カゲトモ

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「昨日、何か嘘は吐いた?」

「エイプリルフールですか?」

「そう、何か面白い嘘は吐いた?」

 ゆるくカールの付いた髪を揺らして紫織さんが訊いた。

「いいえ、実は昨日がエイプリルフールだってこともすっかり忘れていて」

「あらあら、そうなん?」

「気づいたらもうお昼でしたし、嘘も吐けずじまいで」

 って言うより午前中に他に人に会う用事とかなかったし、嘘を吐くとか吐かないとか以前の問題だ。仕事以外で人と話すときってあんまりなくない? 独身の三十路だと。

「そっかぁ、それは残念やったなぁ」

「いえいえ、私が考え付く嘘なんて面白くありませんから。逆に良かったって言うか」

「そんなことないやろ、マスターならなんか美味い嘘とか吐きそうやもん」

「どんなイメージなんですか私って」

 普通のバーテンダーだぜ?

「んー」

 紫織さんは桜色のネイルが彩る指先を頬に当てながら、目を細めて考えるような素振りを見せて答えた。

「プレイボーイ?」

 なんでやねんっっっ。

 あっぶねぇ危うくツッコんでしまう所じゃないかっ。

「え? 違うの?」

「私の印象ってそんな感じなんですか?」

「だってマスターイケメンやないの」

「良く言って下さいますね。そのお礼に、この後どうですか? 二人っきりになれるところでも」

「ふふ、おばちゃんがそれを本気にしたどうするん?」

「紫織さんなら大歓迎ですけどね」

「よう言うわ」

 そう言ってふふふ、と淑やかに肩を震わせる。紫織さんは元クラブのママで、今は琴と三味線の先生だ。確かに年代としては“おばちゃん”ではあるけど、全然違う。綺麗で上品で、余裕があって。若造のバーテンダーで遊べるほどに。

「バーテンダーってのはそうやないとね」

「そう、とは?」

「ちゃんと“遊び”を知っていること、やね」

 ちゃんとした遊び?

「遊びやって、ちゃんと分かるもん」

 紫織さんはそう言って目を細めて微笑んだ。

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