美味しければいいってもんじゃない

佐倉奈津(蜜柑桜)

第1話 サンドイッチ

 お昼のお弁当の定番はサンドイッチである。

 嘉穂は、初めは「楽だから」という理由から作り始めたサンドイッチという魅力的なお弁当にすっかり取り憑かれてしまった。

 はじまりはベーグルサンドだった。もともとパン好きの嘉穂は、複数の有名デパートの地下に店舗を構えているベーグルのチェーン店で六つセット売りされていたベーグルを買い込んだ。

 朝食に食べるのは甘いベーグルで、そのままでも美味しそうだ。しかし、嘉穂の脳裏にしっかりと焼き付けられたのは、嘉穂の足をベーグル屋の前で繋ぎ止めたショーケースだった。そこには「サーモン・クリームチーズサンド」やら、「アボガド・シュリンプ」やら、いかにも「Cafe」で出てきそうな魅力的な名前をいただき、鮮やかな切り口をこちらに向けて挨拶している洒落者たちがいた。

 食べてみたいが、一パック五四〇円。

 五四〇円あれば、ベーグルは二つ買ってお釣りがくる。中に挟まれている海老とアボカド、クリームとチーズ、サーモン、をそれぞれベーグルサンド一つ分だけ買ってもお釣りが来よう。

 学生身分、贅沢はできまい。

 手を伸ばすのに躊躇していたところで、嘉穂に先攻を仕掛けたのが店員だった。

「お客様、よかったら新発売のストロベリー・チョコレート・ベーグルのご試食はいかがですか?こちらのベーグルもセットに入れられるんですよ」

 セット売り、の言葉に嘉穂は負けた。甘いベーグルを二つ、セイボリーを四つ。お財布との戦に負けたが悔いはない。

 ついでに生鮮市場へ向かい、ボイル海老とシュゼットハム(サーモンとの対峙において百グラム二九八円の値段に嘉穂の鎧は強固だった。勝利である)、アスパラにアボカドを買って帰宅である。戦利品、十分なり。




 翌日、大学は二限から。いつものお米のお弁当から一味変えて、お昼はベーグルサンドで決まりである。

 ベーグルを二枚に下ろす(切り方はどうしても、魚のおろし方に似ていると嘉穂は思う)。さらに半月型にカット。

 アボカドはスライスでとどめてはならない。サイコロ状にまで変化を命じる。

 レンジで加熱した海老を取り出し、小さな器にアボカドと入れて山葵醬油であえる。彼ら双璧は放さぬが吉と相場が決まっているのだ。

 さて、店頭のアボカド・シュリンプは見たところこれで終わりである。しかしここをどこと心得るか。嘉穂の牙城でその程度の輩が許されるなど冗談を。

 そう、五四〇円の上をいくサンドイッチが創出されるのである。

 嘉穂は水気を拭いたレタスをベーグルの上にのせ、昨日の夕飯で残ってしまったスイート・コーンもアボカド・シュリンプに少し混ぜた。山葵の辛味に少々甘みのアクセント。これは店にはあるまい。

 さて、次の半分である。サーモンもといシュゼットハムは、ベーグルにそのまま置く。そして海老と同時加熱しておいたアスパラガス、マッシュルームをマスタードとマヨネーズ和えの刑に処し、シュゼットハムの上に載せる。そしてスライスチーズを被せてベーグルの蓋。

 五四〇円を遥かに超える。添加物もハム以外にない。もういっそプライスレス。

 いや待て。しかしこれでは野菜不足。

 いやしかし! 憂慮されるな。小さなタッパーにプチトマトと昨晩作っておいたセロリと胡瓜の浅漬けを入れて蓋を。参謀。よくやりました。

 ベーグルはもともと入っていたビニールへ再度入れ、パッキング完了。エコロジーもったいない精神。

 ここまで所要時間十分。本日も守備よし。


 大満足の嘉穂は、加熱した海老から出たエキスを朝食のスープに回し(シーフードの旨味は天才的! 捨てるなんて勿体無い)、甘いベーグルをトースト、バターと蜂蜜で朝ごはん。お米のお弁当に比べてだいぶ早く仕上がったものの、見た目からして雑誌に出てきそうな「カフェごはん」である。

 しっかり洗い物をして、「カフェKAHO・テイクアウトランチ」をお気に入りのサブバッグに入れ、アパートを出る。出席カード配布に余裕で間に合う。

 あと三十分くらい寝てても良かったかな。 自前魅惑のベーグル・サンドが、嘉穂のサンドイッチ・ランチの口火を切った。

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