断つ鋏折る

 届かぬ、窓の外の明るさに、手をかざした。賑わいが耳を壊していく気がして、意識が遠のく。未だ元気である真夜や、その隣を一歩下がって歩く葛木等、それが異世界の人間にすら見える。ふと、周囲を見た。そんな中で、羚が不思議そうに一夜を見やった。

「どうしたんだい」

 フッと、しっとりとした声色で、耳に直接響く。

「あぁ、いや、あれ?」

 一夜が、自分の周囲の人間の、人数を数えた。第一に羚、真夜、葛木、自分自身。一夜が放った人数数えのそれを聞きつけた真夜が振り返り、中学生の群衆は立ち止まった。人の多い高校の廊下で、少し窮屈に感じて、人の少ない談話スペースに寄って、初めて声を上げた。

「みっちゃんがいない!!」

 みっちゃん、と聞いても、一夜にはそれが誰なのかわからない。思考をくるくると回す。みっちゃん、光、光廣。そう、違和感の元は、彼の存在がないことだ。先程までは確かにいた。真夜と葛木の食事風景に若干気持ちの余裕を吸い取られながら、彼はいたのだ。目立たない方ではないだろう。男子の学生服を着こんだ、女顔の少年だ。その上に、目立つ、淡い儚い、空の色が透ける髪。それが、迷子になって長いこと気が付かないことなんて、考えきれない。

「そこまで遠くには行ってないんじゃないですかね」

 葛木がそう言って、視界を動かした。

「探さなきゃ。あの子戦えないし」

 真夜が自然に、戦闘を意識して言葉を吐いた。ほんの少し前に、異常と面と向かって立ったのだ、それは仕方がない。

「そこまで心配することじゃないと思うけど」

 一夜が、そんなふうに目線をずらす。光廣の心音は覚えていた。何処にいるのか、すぐにわかるだろう。他人の多い場所で、覚えがある音を探すのは、ごくごく簡単なことで、特に、光廣や自分たちのような、少々特別な人種の音は、聞こえがいい。スッと、耳を澄ませる。普通の、日常の音を掻き消して、生き物たちの音に集中を淘汰した。

 だが、そこで見つけた音は、確かに知り合いのものではあるが、今、探しているものではない。

――――ヒヨと、フセ、それに、三輪達とかもいる。

 お馴染のメンツが揃っている。それに加えて、先日より顔見知りとなった者たち。そして、知らない鼓動。その音は、大宮家である自分に近いような、そんなものが濃く、音としてではなく、全体的な感覚として身に引っ付いていた。

「一夜君って、耳持ってるの?」

 真夜が、一夜の顔を伺いながら言った。集中を既に切っていた一夜は、顔を見て頷く。

「何歳から?」

「生まれつき」

「……あぁ、そっか、天才だもんね」

 塞ぎこんだような、くぐもった声で、真夜が唸った。ふと、それを見ていた羚が、一夜に尋ねた。

「耳って何?」

 不思議そうに、風を受けながら、表情のトーンを落とす。そんな羚の青い目を見て、一夜は息を吸う。

「異形聴覚。そんな名前がついてるんだけど、まあ、言ってしまえば、普通の人間が聞こえないものが鮮明に聞こえる。それこそ、宮家もわからないような音を選んで拾って聞き分けられる。お前の音とか、凄い特徴的だから遠くにいても集中しなくてもすぐわかる」

 淡々と、息を吐いた。息を吐くと同時に感じる音は、やはり、耳障りで痛い。その音は、周囲にいる赤の他人たちであったり、羚の音、であったりと、幅が広い。

「……ともかく、さ、光廣だっけ、あいつ、どうにもおかしいんだけど」

 一方の手の反対の着物の裾に手を通し、布に隠して腕を組む。

「いない。この学校の中にはいない」

 何を言っているのかわからない。そんな顔だ。その顔を強く主張する、真夜。葛木はただそれを聞いて、眉間に皺を寄せただけだった。

「裏があるような人間には見えないし、変だな。外に一人で出て行くわけでもないだろう。近くにいると思ったんだけど」

 一夜がブツブツと呟いて、聞き取った人々を思い起こす。学校の中にいる、知っている人間の中に、光廣はいない。知らない人間の中には、ゲン以外に、光廣と似た音を出している人間はいなかった。

「……ここって、黒稲荷高校だよね?」

 真夜が、そう、顔を青くしながら口を開いた。

「あぁ」

 一夜の無機質な返答に、真夜はふと、少々顔を明るく戻しながら、また、息を吐く。

「なら、ここで神隠しにあうっていうことは、無いよね。うん、あるわけない」

 一人で納得をして、一人で安堵する。確かに、黒稲荷高校というのは、宮家の中では謂れがある。この奇々怪々な亥島で、最も安全な場所。それが黒稲荷高校という土地である。大宮家が理論を組み立てた強固な結界に守られ、教師の中には守護者を引退したものを数名起用し、土地そのものを黒稲荷神社と直接的に繋げている。神域と言える場所ではないからこそ、夜も昼も、神に守られた土地なのである。だからこそ、宮家の関係者は、真夜たちのように高校生活をここで過ごそうとする。十二歳から十五歳は、力持つものとして不安定で危険な時期であり、それを乗り越え、安定した心身を持った上で、初めて一般人と近い暮らしが出来るようになる。学校の中でいつ異界に行くかもわからない生活をしなくても良い。それだけで、おそろしく安心できるのだから。異界に巻き込まれないということは、つまり、神隠しなんてものがあり得ない、ということだ。それが大前提にある。

「まあ、俺も変な感じはしなかったし、耳が調子狂ってる時もあるし、その辺のどっか、人混みの中にでもいるんじゃないか」

 一夜も自己完結をして、それを噛み締めた。人ひとりがいなくなることに、慣れているからだろうか。四人の中でも最も歳は下であるはずだが、酷く、落ち着いていた。

「……別れようか。手分けして、探そう」

 羚が、そう手段を急ぐように言った。それには賛成だと、一夜も頷く。それに圧されるように、真夜も、少しの間を置いて、頷いた。ただ一人、葛木だけは首を傾げていたが、それでも、真夜に着くように、一歩前に出た。

「分け方は一夜君と僕、真夜ちゃんと龍ノ介君で良いね? 一時間後に、見つかっても見つからなくても、ゲンさんのところに一度、集合しよう」

 そう、羚が言ったのを合図に、四人は二人となって歩いた。一人一人をくまなく見ながら歩くのは、少々、嘔吐感を誘発させる。目の色や、その体臭、一夜であればその音が気になって来る。それは、方向感覚を次第に消し去っていった。目まぐるしく、体感が飲み込みづらくなり、全てが残像で覆いかぶされたような、どれがどれだかわからない、そんな感覚だ。頭が痛い。眩暈に近い症状が、一夜を襲った。この感覚を、一夜は二か月ほど前に感じている。そう、それは、一種の呪いのような。柳沢邸で受けたそれにそっくりであった。心配してくるはずの、羚の声が聞こえない。それこそ、いつもなら聞こえる心音も聞こえない。

「羚!」

 呼んでみるが、答えの声が聞こえないのだから、意味がない。視界は暗くはないが、歪んでいて、何か、何かが傍にいても気が付かず、何度か、自分より大きな体躯の少年やら少女にぶつかった気がする。それはもしかしたら大人だったかもしれない。ただ、ガンガンと頭が唸って、意識というものを動きながら失って、それでも、無感覚に対する恐怖心だけが残り、本当に、何が起きているのかがわからない。異物を脳味噌の中にたたきつけているような感覚。頭の痛みが引かない。波のように、ただ打ち付ける。そんな中で、ふと、がっしりとした大きな手が、一夜の小さな手を掴んだ。

 咄嗟のことで、ハッと、意識が戻る。何かが澄みゆくような、そんな感覚だ。いや、どちらかと言えば、自分に力が、その手から分け与えられ、どうにか、回復できた、というようであろうか。

「大丈夫か」

 低めの男声。それを耳にしつつ、一夜は目をカッと開いて、自分の前に、人気の少ない階段があったことに気が付く。へたり込んで、床に倒れそうになるが、その背をまた、おっと、という小さな声で、抱きとめる。さも当たり前のように体に触れられたことに驚いて、目の前にある大きな手に爪を立てた。

「すまん、驚いたか」

 真っ直ぐに見上げて、その男の声の元を辿る。黒縁眼鏡に、短髪。がっしりとした体で、一夜の覚束ない体をしっかりと立たせた。教員だろうか。それなりに整った服装で、シャツとスーツのズボン、上げるだけ上げたネクタイが、彼そのものの性格を現しているようだ。

「あ、いや、すみません」

 心底驚きが隠せず、先程までの混乱もあり、うまく言葉が出ない。そんな戸惑った様子を見てか、男は、一夜を安定した床に立たせて、面と向かって、肩や頭を撫でた。

「驚かせたみたいで悪いな、怪我は無いか。近くの生徒から様子がおかしい子供がいるって聞いて探してたんだ。落ち着いたら話してくれ」

 その男の正面を見てわかったことは、首から下げた教員証から、彼が教員であること、彼が、「中嶋悠大」というらしいこと。だが、一夜は中嶋を知らない。だからこそ、少々の焦りが湧いた。

「あの、中学校三年生くらいの男を見ませんでしたか。眼帯つけてて、見えてる方の目が青くて、天パで、昭和の売れないミュージシャンみたいな髪型なんですけど」

 自分が覚えている限りの、羚の情報を伝えようとするが、あまりにも出る言葉が直感的すぎて、中嶋も、首を捻った。

「いや、すまん。見てないな。探してたのか?」

「はい」

「そうか、いや、迷子か?」

「……の、ような者です」

 最初は、迷子を捜している方であったのだが、そう言われてしまえばそれ以上に言葉を還元することは出来ないだろう。仕方がない、というように、一夜は一人で肩を落とした。

「……放送かけてもらうか? いや、それは流石に嫌か」

「放送は要らないです。一応、困ったときの集合場所は決めてますから」

 そうだ、ゲンのところに、先に行けばいい、そう思った。主人と守護者が離れ離れになったのだ。それはある意味で一大事であり、羚も光廣を探すどころではなくなっているだろう。きっと待っている人間がいると、一夜は思考を整理する。

「何処が集合場所だ。また迷ったら嫌だろ。それに、また倒れかけても困る」

 手を、差し出す。中嶋の大きな手。それに、一夜は躊躇なく手を重ねた。まだ幼いその手は、何となく、ゲンに似ている気がして、少しの記憶が虚ろに、途切れ途切れに頭を過る。その様子が、またぼぉっとしていたか、中嶋が、また覗き込む。

「何処に行く? 教室か? 受付か?」

 尋ねられた問いに、一夜は小さく口を開けて放った。

「お化け屋敷、近江源次のいるところに」

 一瞬、驚いたらしい中嶋は、一度息を飲み込む。ふと、状況を飲み込むと、彼は微笑んだ。

「何だ、君、近江の下宿先の子か。あぁ、成程。確かに聞いてたのとそっくりだ」

 何を言っているのだろうと、一夜は首を傾げたが、その笑う声が心地よくて、口元が緩む。ゆっくりと、手繋ぎ歩いて、進む。その先は、問題なく、ゲンのいるクラスだろう。

「近江は俺が担任をしているクラスの生徒だ。問題児って言われてるけどな、根はいい奴なんだ」

「知ってます」

 一夜は落ち着いて、そう言う。それを聞いて、ほう、と、目も合わせずに、中嶋が相槌打つ。

「まだ一緒になってから一年くらいしか経っていないけれど、兄のようなものだから、知っています。前の奴よりも理性的で、人間的に優しくて、俺を甘やかさない。何の躊躇もなく、身を挺して守ってくれる」

 それは全てが事実である。中嶋は、おそらくはこちら側の人間ではなかろう。普通の、ただの人間であるはずだ。普通に話せば、日常的にそういう関係なのだと思い込む。

「普通の下宿先と下宿人の関係じゃなさそうだが、親戚か?」

 少々、鋭い指摘から、多少の頭の回転の良さが伺える。情報を埋め込んだはずなのに、それを掘り起こされたようである。

「親戚、の、ようなもの。かもしれない。父親の紹介ですから」

「知らないのか」

「親戚が多すぎてわからないんです」

 これもまた、事実だ。例に出せば、先日、真夜が従姉であることを初めて知ったし、元治に双子の弟以外の兄弟姉妹がいたことに驚いている。もしかしたら、探せばもっといるのだろう。

「何か、金持ちっぽいなあ」

 中嶋が、少し間の抜けた声を上げた。

「神社ですから。税金あんまり払わなくても良いんでね」

 皮肉っぽく、現実を突きつけた。ハハハと、多少は乾いた笑いが聞こえたが、暖かい声のままではある。安心感が、高揚に代わって、中嶋の、彼の隣にいるだけで、何故だか力が湧く。今なら、音を聞きつけることも可能だろう。

「ほら、ここだ」

 いつの間にかついていた、お化け屋敷という看板の建てられた教室からは、恐怖からの叫び声と、少女臭い雄たけびが聞こえた。受付と書かれた紙を張り付けた机には、学ランを着こんだ少年が一人、足を机に乗せて座っており、その隣に、セーラー服の少女が一人、うつ伏せで眠っている。やる気のなさが見て取れるその様子に、中嶋が溜息を吐いた。

「……異夜! 寝るな! 銃夜! 足をどけろ! 二年達に失礼極まりないぞ!」

 叱りつけるのを渋るように、抑えた声で中嶋が言った。少年と少女の名は、銃夜と異夜と言うらしい。ふと、そんな名前に覚えがあって、一夜は首を捻った。顔をこちらに向けた二人の瞳と、髪の色を見て確信する。

「おう、何だ、中嶋せんせー。隠し子か?」

 銃夜が、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべて、そうおちょくる。おそらく、彼は一夜のことを一方的に知っているだろう。なぜならば、その、黒い前髪に隠れて隙間隙間から見える赤い瞳は、夜、とつく名は、大宮家のものなのだから。同じく言ってしまえば、異夜の方も、そうであろう。彼女については、鼻で笑うように、こちらを見て見下しているように見える。

「あまりふざけるな。近江は何処に行ったか知らないか」

 中嶋が、そう、二人に言うが、銃夜は表情を崩さないままに、手振り身振りを大きく、そして立ち上がって、演説するように言う。

「知らないね。俺達がここに戻ってきたら既に先輩はいなかった。既に、消えてたよ。あの人のことだ、一夜を待っているはずなのに」

 何かを知っているような、そんな雰囲気。そういうのには、一夜は慣れている。

「消えたってことは、何か、知ってるのかよ。お前ら」

 突然、子供から発せられる、明らかな年上に対する態度に、中嶋が、一瞬、びくりと体を震わせる。そのまま、一夜は中嶋の手を軽く振り払って、前に出た。

「……話をしよう。人気のないところで」

 異夜が、体を起こして、初めて声を発する。その声は、落ち着いた男声で、見た目との差に、一夜も一瞬、戸惑った。

「トイレで良いな。他人を入れない方法もある」

 淡々と、話を進めていく黒髪赤目の三人に、中嶋が、流石に声を荒げた。

「いや待て! お前ら! 何する気だ!」

 お前らとは、おそらくは銃夜と異夜の二人のことだろう。だが、その答えには、一夜が一声上げた。

「大丈夫。こいつらがどう足掻いても、俺に屈服するしかないから」

 少年らしい笑みを、初めて向ける。離れる中嶋は、心底驚いた表情であった。




 人混みを掻き分けて、二人に自力でついていく。その先に、男子トイレを見つけて、三人で入り込んだ。誰もいないことを確認すると、異夜が、奥の清掃道具入れから、清掃中の進入禁止マークを持ち出して、入り口に置いた。

「さて、話す場所は整った。まあしかし、金糸屋のお嬢が一緒じゃなくてよかったよ。こんなところに案内できないからな」

 銃夜が、洗面台に腰を下ろして、足を組む。一夜は立ちっぱなしで、銃夜を睨む。

「……お前は鋸身屋か? 羽賀屋か? どちらがどっちだ。答えろ」

 大宮家には、金糸屋と同じように、もう二つ、分家がある。一つは鋸身屋。一般人との接触による被害、損害を徹底して避けるために動く一族。もう一つは羽賀屋。主従の関係性を保ち、管理する。また、大宮家やその支族の婚姻に関して管理し、純血を守る。そんな一族がある。二人が大宮家であることは確かであり、一夜に対してここまで大きく出るということは、そこそこの地位にいるということだ。それはつまり、その分家のどちらかの当主の二人であるということ。

「……銃夜君が鋸身屋、異夜君が羽賀屋だねー、一夜君」

 突然の、コツコツという足音と、白い感じの、声。

「やあ。カツアゲかぁ、青春だ。中学一年生にカツアゲされる高校一年生とは滑稽滑稽」

 カツアゲは青春と言えるだろうか。だが、その、声の主は、三人の力関係を知っている。と、いうよりも、正確には、一夜のことも二人のことも知っているのだ。

「安芸先生?」

 異夜が、その、茶髪に茶目、如何にも一般人を装う風貌の男性を、見て、呟く。

「ある日は亥の島中学校に勤務、ある日は黒稲荷高校に勤務の数学講師の安芸せんせー参上。何かあったのかな、三人とも」

 背に、黒い塊を乗せておきながら、非常に内容的には高いテンションを保ち、そうやって、ぐいぐいこちらの領域に踏み入れる。

「……清掃中ですよ?」

 銃夜が、少々困った顔で、安芸の顔を見るが、本人はびくともせず、にっこりと笑った。

「いやあ、自分の教え子が三人もトイレに入って、そのうちの女装君が清掃中なんてパネル出してたら、入っちゃうよねえ」

 クスクスと笑い、それに合わせて、黒い塊も揺らいだ。彼は一般人ではない。見える側の人間。特に、一夜の知っている人間であれば、テトリンに近い。

「これだから宮家じゃない霊能力者は、管理しにくいから嫌いだ」

 異夜が本気で、苦虫潰したように、顔に皺を作って放った。それは残念、と、安芸も言う。

「何をしようとしていたのかは聞かない。でも、とりあえず、君らだけでもここから出て行った方が良い。注意喚起はもうしてある」

 ここから、の意味が分からず、一夜は安芸に対して、黙って首を傾げた。更なる情報を求める、と。

「神がキレた。今日は血祭だ。死なないように気張らなくちゃね」

 ふと、そう言われて、安芸が消えた。瞬時に、存在が消えたというべきか。影も形も無い。嫌な予感がして、身震いした。

「あぁ、クソ、時間がねえな」

 銃夜が、そう言って、一人でキレていた。一夜は安芸のいた床を足で撫でるが、何もない。本当に、何もないのだ。そう思った矢先、床が、崩れた。

「うわっ」

 崩れたそのヒビは、白く、濁った光で包まれており、一夜は、その中に足を突っ込んで、バランスを崩して落ちる。焦って、周囲を見渡すと、落ちながら、共に、異夜と銃夜の二人も一緒に落ちていることに気が付く。仕切りがないため、ゆっくりにも感じられる、その落ちる先で、何度も見た顔を三つ見つける。

「一夜!」

「一夜君!」

「一夜君!?」

 一番に一夜を呼んだゲンに受け止められて、二番に声をかけた羚に心配そうに見つめられ、三番目に寄り添った真夜に、頭を撫でられた。あぁ、今回は濃いものになりそうだと、一夜は、一度、瞬きした。

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