第6夜 名も知らぬ彼と僕らの話 1

 『キミ……大丈夫ですか?』


 聞こえた音に、バッ、と振り返れば、そこには、二人の人影が、立っている。


「びっ……?!」

 『それよりも、凪!』

 『ああ』


 色素の薄い少年が、傍にいた焦った顔をした少女を見て、着ていたコートをバッ、と脱ぐ。


 『リリスはコレを』

 『凪は?!』

 『……僕は平気』

 『でもっ』

 『心配いらないよ』


 少年と少女は、何かを言っている。

 けれど、それがなんと言っているのかが、全く分からない。

 日本語でも無い。英語でもない。

 聞いたこともない、不思議な言葉。

 少年と少女が一言二言の会話をしたあと、少年が自分たちの前に立つ。


 ヴンッと何かが風を切った音がする、と自覚した直後、目の前に黒い影ができる。


「なっ?!」


 驚き思わず目を瞑った瞬間、ビュンッ、と強い短い音が耳元を通りすぎる。


 やけに甘い香りがする。

 そんな誘惑にかられ、目を開ければ、目の前に広がるのは、茶色と幾重にもある線。


「……木?」


 っていうか何で木。

 思わずツッコミをいれるものの、返ってくる言葉などはない。

 けれど、それよりも、木と思わしきものについている黒いものが、気になる。

 べったり、ボタボタ。

 そんな表現がぴったりなほどについている黒いものに、つい、好奇心が膨らむ。

 そっと、手を伸ばしたけれど、その黒いものが、自分の指先が触れる直前に姿を消す。


「あっ」


 あと少しで触れたのに。

 突然うごきだした木と、木についた黒いものに、触れなかった、と「ちぇっ」と小さく声をこぼす。

 その直後にさきほどの少年がまた長い棒を、振り回している。


「棒、というか……オール?」


 テレビで見たことある。舟を漕ぐのに必要なやつだ。


「っていうか何でそんなもの……」


 振り回しているんだ。

 そう呟いた直後、いつの間にか、少年のオールから黒いものが消えている。


「え、何で」


 そう言葉を零すと同時に、また動き始めた少年と、彼のオールの動きを追って、粒つぶとした光が、まるで星たちで線でも描いているみたいにキラキラと舞って、すぐに消えていく。


 それと同時に、グググググ、と地面にあった黒い陰が、地面とともに盛り上がる。


 『どうしてここに』

 『きっと、その人が居るからだろうね』

 『え』

「え?」


 何度目かの会話のあと、驚いた顔をして少女が自分を見て、少年もまた、ちらり、と自分を見る。

 思わず、声を発したら、少年と目が合った。


 降り積もった雪みたいに真っ白な髪に、雪の日の雲の色みたいな灰色の瞳。


 触れたら溶けて消えてなくなる。

 そんな風に見えた少年が、視線が重なった直後に、急に身体をかがめる。


 ドスッ、と鈍い音とともに見えたのは、はためいた布と、その間から見えたあげられた少年の足。それから、彼の足がめり込む黒い物体。

 次の瞬間、黒い物体が容赦なく吹き飛ぶ。


「え……?」


 何が起きた。

 ただ、ただ、その場でパチパチと瞬きを繰り返すばかりの自分に、『    』と厳しい表情を浮かべた少女が何かを言う。


「え、何、なに?!」


 何を言っているのか、さっぱり分からずにいる自分を差し置いて、少女は少年から渡されたコートを自分に被せ、自分の腕を強くひっぱる。

 いつの間にか立っていた階段を、彼女にひかれ駆け下りる。

 その直後、ドンドンドンッ、と鈍い発砲音がすぐ傍で響く。

 いつの間にか少年は手にしていた拳銃で、黒い物体の容赦なく撃っていく。

 けれど、撃たれた黒い物体は、血飛沫があがるでもなく、悲鳴をあげるでもない。

 けれど、身体をよじって、悶ている。

 そして、不思議なことに、撃たれたその物体は、少年に撃たれた箇所から、一瞬光ったあと、黒色が薄くなっていく。

 物体に、少年の撃った弾が当たる度に、何かが弾けている。


 ドンドンドンッ、とまた発砲音が聞こえる。

 黒いものに当たるその度に、

 キラリ、キラリと、舞う何か。


 無性にそれが何なのか見たくなって、被されたコートの隙間から、手を伸ばして触れようとした瞬間。


 『あなたは駄目よ』


 パシ、と指先がソレに触れる直前に、厳しい声をした少女が自分の手を掴む。


 ダメだと、言われた。

 そう思った。



 『ありがとう、凪』

 『……仕事だからね。怪我は?』

 『無いわ。凪のコートが守ってくれたから無傷よ。凪も無事で良かった』

 『あれくらいで僕は怪我しないよ』

 『万が一、っていうことがあるでしょう?』


 身体についた何かを祓うように、少年がこちらへと歩きながら手を身体へと滑らせる。

 そんな彼に、少女は声をかけ、少しのあいだ会話をしたあと、二人が自分を見やる。


 相変わらず、何を言っているのか、やっぱり、さっぱりだけど。


 『それにしても、どうして此処に』

 『どちらにしてもGATE通過前で良かった』

 『そうね……万が一でも迷い込んでしまうと……ね』

 『うん。ところでリリス、僕は彼を桟橋へ連れて行こうと思っているけど、リリスはどうする?』

 『ええ。わたしもそう思っていたところよ』

 『良かった。じゃあ、えと……』


 少年と少女の間で、何かが決まったらしい。

 気になる、気になる、気になる。

 ここの全てが、気になる。

 ここは何処? 君たちは誰?

 何を喋っているの、それは何処の国の言葉なの。


 思わず、前のめりになって腕をつかみかけた時、少年が自分と少女の前に、スッ、と手を差し込む。

 その行動に少し驚きはしたものの、それよりも気になるアレコレに、ありったけの質問をぶつけてみたものの、『    』と何かを言って困った顔をした少年が、背に回した少女を振り返って、何かを問いかけている。


 そして、やはり、また一言二言、彼らの間で話をしたあと、少年が自分へと向き直った。



 大きな大きな扉の前。

 そこに行くための階段。

 朝とも夜ともなんとも云えない空の色。


 階段を降りた先は、地面かと思いきや、どうやら水辺らしい。階段が、水に埋まっている。


 『   』


 トントン、と階段を降りていった少年を眺めていれば、何かを言った少女が、階段の下を指さす。


「一緒に行くってこと?」


 そう問いかけた自分に、少女は頷く。


「え、あ、君は言葉が分かるの?!」


 こくり、と彼女はまた頷き、先に行った少年を指差して、何かを言う。

 彼もだ、と言われた気がする。


「そう、なのか……え、と、とりあえず君たちについて行けばいいの?」


 驚きを隠せないまま、もう一度、問いかけた自分に、彼女は頷いたあと、微笑んだ。

















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