第2話 白雪姫ってどんな話
「
「わっ?!……ケビン、何で此処に」
バタン、と扉を閉めた瞬間に、バッ、と自分よりも体躯の大きい青年が自分に抱きついてくる。
「ニルスがさっさと行けって云うから」
「だからって、此処で待ってなくても」
「此処なら確実に湊が居るし!」
ぎゅうぎゅう、と抱きついてくる青年、ケビンに「はぁぁ」と大きな溜め息をつくものの、彼は全く気にすることなく、「あー、湊の感触久々ぁー」などと言いながら抱きつく手を緩めようとしない。
「ケビン、僕も今、着いたばかりだから、色々と準備をしたいのだけど」
「もうちょっと」
「ケビンってば」
すり、と擦り寄ってくるケビンの背を、ぽん、ぽん、と軽く叩けば、『何やってんの、ケビン』と室内にニルスの声が響く。
ちら、と声の方向を見れば、室内に置かれた大きな液晶画面に、1人の女性が写っており、彼女の眉間には、先程、想像した通りに眉間に皺が刻まれていて、僕は1人小さく笑う。
見るからに、不機嫌な顔をしたニルスの『ケビン、いい加減、湊から離れて』と云う言葉は、画面越しながらにニルスの不機嫌さが良く伝わってくる。そして、その映像と音声を見たケビンは、「うわ、出た」と若干嫌そうな表情を浮かべながら呟く。
「出たって……ケビン、ニルスはお化けじゃないだろ?」
「知ってるよ、そんな事。ニッポンでは、オニって云うんだろ?」
「鬼?」
「そう! 鬼さ!」
ばっ、と僕から離れてニルスを指さしながら言ったケビンに、『チッ』とニルスの盛大な舌打ちが室内に響いた。
「それでケビン。今後の予定なんだけど」
「なぁ、湊。その前に、何で今回はこんなに町中から離れたところなんだ?いつもみたいに町の中心部で良いじゃないか」
オリヴァさんの証言を纏めたノートを開きながら言った僕に、室内のイスに座りながらケビンが不思議そうな表情を浮かべて僕に問いかける。
「それは」
『それについては、あたしが説明する』
「ニルス」
ヴン、という音と共に僕の横に、先程の液晶画面とは違い、ニルスの姿を映し出した立体映像が現れる。
『ケビン、今回の話に、魔法の鏡が出てくることは覚えてる?』
「あれだろ?鏡よ鏡よ鏡さん、この国で一番綺麗なのはだーれ?ってやつ。女王が怖かったのはすごく覚えてる」
『そう。それ。他は?』
ニルスの問いかけに、テーブルに頬杖をつきながら云ったケビンに、ニルスは続きを促しケビンは「あー、それと、あれ!」と指を鳴らしながら説明を続ける。
「それで、成長して可愛くなった白雪姫を、女王が妬んでー、殺してこい!って云うやつだろ?」
どうよ、という表情をニルスに向けたケビンに『説明短いし』と映像のニルスは腕を組んでダメ出しをする。
「仕方ねぇだろ! そんな読んでこなかったからお姫様の話なんて覚えてねぇし!」
ぶう、と頬を膨らませながらニルスに抗議するケビンに、「まぁまぁ」と声をかければ、「湊! 続きは?」と、ケビンがキラキラと瞳を輝かせながら、僕を見る。
その様子に、「え、僕?」と呟きながらニルスを見れば、ニルスもまた、ケビン同様にキラキラと瞳を輝かせて『あたしも聞きたい』と僕を見てくる。
その2人の様子に、はぁ、と小さく溜め息をつけば、『私も聞きたいです。湊君』と云う声と共に、室内のソファに、ニルスと同じように師匠の立体映像が浮かび上がる。
「師匠までそう言うなら……ええと。では、『けれど、狩人は幼い白雪の美しさと、泣き出した白雪に心を動かされ、小さなお姫様が可哀相になりました。白雪姫、早くお逃げなさい、と白雪を殺さずに逃しました。けれど、手ぶらで帰れば、后に疑われてしまう。何か証拠が無いと、后は信じてはくれないだろう、と考えた狩人は、飛び出してきたイノシシの子を狩り、その血をハンカチにつけ、お城へ戻ります。狩人の証言と、ハンカチの血に、とても満足した后は、白雪は完全に死んだものだと、疑わなかった。けれど』」
「お姫様は生きてた!」
「そうだね」
ケビンの声に、一区切りをつけた僕は、室内に用意されている飲み物で、乾いた喉を潤す。
『湊の説明は、いつも、朗読を聞いてるみたいでワクワクする』
「ニルス、褒めすぎだよ」
『そんなことない』
カタン、とイスに座った僕に、ニルスは楽しそうな顔をしたまま、首を横に振る。
『私も、湊君の説明を聞くのは好きですよ』
「師匠まで……」
ふふ、とソファに座って微笑む師匠の言葉に、照れくさくなり、ぽり、と頬をかく。
「でもさぁ、この物語で、俺達がこんな町中から離れた場所に居なきゃいけない理由が、俺、よく分からないんだけど。何で?」
頬杖をついて、僕を見るケビンに、「それは、多分」と言いながらニルスを見れば、立体映像のニルスが、大きな紙を僕達がいる室内のテーブルの上へ置く。
『今回の修復【白雪姫】の国の大体の地図。そして、この赤い線は、后が所有する魔法の鏡の干渉エリア、だと思われる範囲』
トン、とニルスが自身がテーブルに置いた紙に映し出された地図を指し示しながら、僕たちへ説明する。
◇◇◇◇◇◇◇
修復屋リコルヌ。
またの名を、修復屋 一角獣とも呼ばれる。
先程から
潰れそうで潰れない。
そんな風によく言われる古本屋は、あくまでも副業として行っているだけで、本業は、別にある。
世の中には、作品の、作者の思いと、大勢の読者たちの思いを集めてしまう本が、一冊だけ、存在する。
それは、初版であったり、改稿されたり、重版されたものであったりと、その作品の、どの本が該当するのか、決まってはいない。
そして、その本の持ち主は、自分の本がそんなに強い力を持っていることなど、大半は気がつくこともない。
けれど、自分が持っているその本が、実は、同じ作品の、すべての本に影響を与えるとしたら、どうだろう。
例えば、本にいたずら書きをしたり、本の一部を不注意で汚してしまったり、ページを破ってしまったり。
そうしたことが、世界中の、自分以外が持つその本に影響を与えているとしたら。
そして、その影響により、本来、終わりを迎えるはずの物語が、終わりを迎えることが出来ず、困っている者たちがいるとしたら。
修復屋リコルヌ。
ここに集まる本は、そんな風に、作者の意に沿わず変わってしまった物語の、本の中の住人達からの依頼によって、本を修復し、元の状態に戻すための、店である。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『実際、今、あたしと店長、湊とケビンが、【此処】で話が出来ているってことは、此処はあの鏡の干渉エリア外であることは間違い無いと思う』
「なるほど。結構広いね」
「なぁ、干渉エリアって、何だ?近くだと困るのか?」
ニルスと僕の会話に、ケビンが折れそうなくらいに首を傾げながら僕とニルスに問いかける。
「お后様が持っている魔法の鏡は、多分だけど、空間干渉系統の魔法を利用している可能性が非常に高いと思う。その場合、干渉出来るエリアは無限では無いから」
『あの鏡の干渉エリア外ぎりぎりの場所に、今回の拠点を設置した、っていうわけ。今回みたいなパターンだとバレたら動きにくくなることも多いし』
「へぇ……」
今回の依頼の場合は、お后様側に不利になる依頼では無いため、問題は無いかとは思うけれど、不安要素は少ないに越したことはない。
『まぁ、鏡ごときに、店長の魔法が破られるわけが無いけど、負担はかけたくないし』
「まぁ、そうだね」
そう呟いて、僕が師匠と尊敬してやまない修復屋リコルヌ店長ユーグをちらりと見れば、師匠はにっこりといつものように柔らかく笑う。
『私の心配は不要ですよ?』
『そんなこと言って、この前倒れたの誰ですか、全く』
『あははは』
師匠を見ながら言うニルスに、師匠は相変わらずにこにことした笑顔を浮かべて答える。
師匠が営むこの修復屋は、現実世界で、僕達が【原盤】と呼ぶ、傷ついた本の修復と合わせて、物語内部に入り、【原盤】の物語を元の状態へと修復することが仕事なのだが、修復活動するためには、まず、現実世界と物語の世界の出入り、それから物語内部での活動、修復が完了した最後には、今後、同じようなことが起きないための【原盤】の封印など依頼の都度、相当量の魔力が必要となる。
修復担当の僕とケビンには、こことは異なる世界へ入るための鍵を持つ権利もなければ、鍵が無くても異世界へ移動するための呪式を行うほどの、膨大な魔力も持っていない。
ニルスは現実世界からの僕とケビンのバックアップが担当のため、物語の世界に入ることは滅多にない。
僕が師匠と尊敬してやまない店主ユーグは、異世界を繋ぐ鍵を持ち、僕達を行き来させ、【原盤】に封をすることを、たった1人で行っている。
一つの依頼が終わるごとに、師匠は数日間、長くて1週間近く眠り続けることもあり、僕とケビンの仕事が長引けば長引くだけ、師匠への負担は大きくかかってくる。
「何はともあれ、なるべく早く終わらせて、そちらに戻ります」
ソファに座ったまま、のんびりと紅茶を飲み始めた師匠に、そう伝えれば、『待っているよ』と師匠はまた、柔らかく微笑んだ。
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