別世界線編 5話 下準備
ゼファーに地上へ送られ、欲望に満ちた笑みを浮かべながら家に帰った。その後、穏やかな眠りについた。すでに、幸せを感じていたのだ。
翌日、目が覚めたのは太陽が南の空を過ぎた辺りであった。外から聞こえる喧騒に耳が苛立ちを覚えて目を開けた。圭吾、匠、美紅、実乃利の4人が行方不明になっていて、大騒ぎしていたのだ。
試しに外へ出てみると、大衆の目が4人と仲の良かった蒼に向いた。
「蒼、圭吾たちがどこにいるか知らない?」
蒼の母が尋ねる。
「知らない」
あくまでも、知っていることは口に出さないつもりだ。
「東与賀先輩! お姉ちゃんは、お姉ちゃんはどこに行ったんですか?」
実乃利に似ている少女が涙目で問いかける。蒼はその様子を嘲笑うように見下ろし、彼女の頭に手を置いた。
「俺が探してくるからさ、心配するなって。存美ちゃんだって、大切な人がいなくなったら何をしてでも探すだろぉ?」
「うん」
「身を粉にしても探すさ。だから、おまえも命を賭けてでも探してごらん。絶対に見つかるから......な」
蒼は笑いを懸命に堪えて、考えを悟られぬように努めた。こいつ、騙されているとも知らずに、ここまで真剣に人の話を聞くなんて......。本当にお姉ちゃんが大好きなんだなぁ。まぁ、俺の愛には勝てないだろうけど。心の中では、こんなにまで薄汚いことを考えていた。
「......わかりました。ありがとうございます、東与賀先輩」
まだ幼さの残る少女は、蒼の言葉の意味を考えることなく頷いた。他の親たちも、お騒がせしてすみませんと言って帰っていった。
蒼に与えられた能力。それは、自分の言い分を肯定する、もしくは、自分のお願いを実行しようとした人物に、不幸を吸収する『種』を植え付ける能力だ。
この『種』を植えられた人は、不幸を全て吸い取られ、幸運になれる。不幸の量が一定値まで溜まると、植えた人の元へと帰ってくるという仕組みだ。
夜になり、ゼファーの降臨する時間がやってきた。部屋の窓に広がる夜景が普段の何十倍も美しく感じられた。今まで、自分を押し殺して生きてきたが、それも今日でおしまいなのだ。
『さぁ、時間ですよ』
精神世界というべきか、現実とは異なる場所にゼファーはやってきた。そして、ゼファーは蒼の体を操って自身の首を締めた。
『地獄で、2人だけの世界を作る上で必要なものを仕入れておいてください。まぁ、簡単に揃えられるなんて思わないことですね』
ゼファーに首を絞めるように指示された体は、すでに蒼の言うことを聞かなかった。段々と意識がなくなり、視界が狭まる。苦しくて暴れようとしても、体は微動だにせず、歯がゆいだけであった。
気づいた時には不思議な工場らしき場所の真ん中に倒れていた。
***
ゼファーは蒼の提案した場所で、そこに合う物に擬態した。というよりも、元々あった物に意識の一部を憑依させた。魔物に準備させた匠と美紅への脅しも上手く働き、早速、狩りを始めた。
一部には幸福を与えて、一部には不幸を与える。このバランスが安定するだけで、飛んで火に入る夏の虫が大量発生した。
闇夜に浮かぶ真紅が輝く星々を背景に咲き誇り、耳の中でこだまする金属音が静寂を破る。鐘は芸術的な作品を欲望のままに食べ尽くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます