ファイル No2


 昔から裕福といえる生活はできず、生活するので手一杯であった。生まれた家系が貧しかったということもあり、高校には行かずにすぐ就職した。もちろん、中卒の僕が就ける仕事なんて、肉体労働くらいしかない。それでも僕は一所懸命に働いている。


 結婚し、子供が産まれてくると、これまで以上にお金が必要になり、僕は副業を始めた。始めのうちはどうにかやっていけたのだが、40歳になる手前で僕は骨折してしまった。


 足を滑らせ、約2メートルの位置から転落。左腕と左足を骨折し、約2ヶ月は仕事ができない状態になってしまったのだ。


 幸い保険に入っていたため、大打撃とまではならなかったものの、家族の生活は苦しくなったのはたしかである。そして、この2ヶ月で僕の勤めていた会社は倒産に追い詰められていた。理由はいろいろあるが、一番大きな理由はこの会社が法律を無視して、いろいろな悪さをしていたことだ。僕は会社を辞めざるをえなかった。


 すぐに他の仕事を探したが、学歴も中卒で、こんな40歳のおじさんを採用する場所はなかった。コンビニのアルバイトを掛け持ちして、なんとか妻と子を養っていた。


 ある日、仕事の疲れからイライラしてる時に妻と喧嘩をしてしまう。本当にしょうもないことで喧嘩して、勢いで離婚してしまったのだ。数ヶ月経った後になってたくさん後悔したし、たくさん泣いた。妻にやり直そうと言っても、すでに遅く、元妻はすでに再婚していた。


 もう、僕には帰る場所さえ残されていなかった。途方に暮れながら、夜道を散歩していると、懐かしいお寺があった。


 たしか、僕が骨折する数週間前に家族で行った場所だ。ここは世界的にも有名なお寺で、世界で一番御利益があるとか。もしかすると、妻と離婚しなければ、もっと最悪な人生になっていたのかなと自分に言い聞かせた。


 そして、通ったついでに、僕はお参りしようとお寺の敷地内へ足を踏み入れる。家族で出かけたのはここが最後だったもので、たくさんの思い出が涙となって溢れてくる。もう戻れないと知っていても、まだ思い出にしがみついていたくて、またあの頃のような家族で暮らす生活に戻りたいと思って。


 本堂まで来て、賽銭箱になけなしの金を投げ入れる。小銭と木の擦れ合う音が鳴り、最後には小銭同士がぶつかる音が一瞬だけ聞こえ、すぐに止んだ。


 これは悪い夢でしょうか。夢であれば覚ましてください。そして、僕を幸せにしてください。お願いします......!


 手を合わせて力強く願い続けた。


 ――ぎぃぃぃ。ぎし......ぎし......。


 背後から何かが迫ってくる音に気づき、振り返ってみると、目の前にはずっしりと構える巨大な門があった。本堂から門まである程度の距離があるのにもかかわらず、なぜこんなところに門があるのか。その理由はすぐにわかった。


 門はを器用に動かして歩いているのだ。その光景は実に奇怪的で、あんなに固くて丈夫な木がここまで曲がるのかと、どうして歩く必要があるのかと、次々と疑問が浮かぶ。


 驚いて、呆然とした僕に容赦なく近づいてくる。さすがに、身の危険を感じて本堂の裏に逃げようとした。このお寺は両サイドに高い塀があるため、本堂を上手く利用してこの門を巻こうと思ったのだ。


 そして、本堂の裏側へ行くと、いつもは賽銭箱の上の方に吊るされている鐘があった。その鐘は妙な輝きを放ち、僕の足を止めさせた。


 しかし、後ろから未だに追ってくる門の足音で我に返り、門との距離を一定に保ちながら出口に向かおうとした時だ。物凄い強さで急に足首を掴まれ、動けなくなってしまう。


 足首を掴む存在がなんなのか確認しようと恐る恐る下に目をやった。すると、さっきまで本堂の前にあったはずの賽銭箱があり、その側面から腕らしきものが生えている。


「――う、嘘だろ⁉︎」


 その異様な光景に吐き気すらも感じ、門のことをすっかり忘れてしまった。恐怖のあまり、意識が朦朧とし、立っていることすらままならない状態になってしまう。そして、本当に恐ろしいのはここからであった。


 賽銭箱が僕の足を勢いよく引っ張り、僕は地面に倒れ込んでしまう。空の方向には鋭利な足裏が写り、刹那、僕のお腹を強く踏みつける。皮膚の表面が破れ、内臓をいくらか潰ぶされ、鈍い音が脳内に響くと同時に僕は地面に固定された。


 痛いという叫び声を上げる余裕はない。鮮明な血を見させられ、めまいと生存本能だけが僕の中に残る。しかし、どれだけ生きたいと叫んでも、声にはならず、心の中でただ虚しく響くのみ。


 お腹に足が刺さったまま門に持ち上げられる。そこでようやく気づいた。僕はこのお寺の餌にすぎない。ということを。


 鐘が中を見せつけても、すでに恐怖は絶望へと変わっていて、大して何とも思わなかった。僕の人生、理不尽だったんだなぁ、と嘆くと、血の味すらも美味しく感じた。僕は大きな口に吸い込まれるように入ってゆき、むしゃむしゃと美味しそうに食べられた。


 今日もまた、無垢な夜空に鐘の音が鳴り響いた。

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